骨壺に近づくな

 空港近くで家出少女と別れたのだが、そこでもまた一悶着あったことは言うまでもないし、想像に難くない。おかげで少女がいなくなったあと皆ぐったりとしていた。いつの間にか学ランを仕立てていた承太郎に驚く元気もない。しかしいつまでもそうしていられないのは確かなことだ。SPW財団が用意した車に向かう。
 朝食のときから千里の様子がどこか違うと皆が気付いていた。一見いつもと変わらないのだが、二週間近く共に過ごしていればわずかでもわかるようになる。これといった特徴はなくても、なんとなくながら彼女を包む雰囲気が違う。いつもより覇気がなかった。

「おい花京院。なにしたんだよ」

 ポルナレフに肘で脇腹を小突かれるも、花京院に思い当たる節はない。彼が知っているのは昨夜のことくらいだ。なにか考えんでいる様子だったが、まさかあれが原因なのかと思っても、それ以上のことはわからない。花京院にわかるのは表面上のことのみだ。
 調子が狂うと承太郎が舌打ちする。気にしなければわからない程度だと理解しつつも、気付いてしまうとやはり気持ちが悪い。しかし尋ねたところで答えが得られないことは目に見えていた。強がりだとか我慢だとか、彼女がそんな殊勝なことをする性格だったら簡単に解決できたことだろう。しかし千里にそのような可愛げなど端からない。

「千里、不便があったら言いなさい」

 ジョセフが気遣うも、一行の最後尾を歩く彼女はなにかを考え込んでいるらしく口を開かない。ディープグリーンのマフラーが揺れる。ポルナレフが声をかけようとも花京院が隣を歩こうとも同じであった。

「ミスター・ジョースター。必要なものはすべて車に積んであります」
「ああ、すまんな」
「それと……これを」

 財団職員が茶封筒をジョセフに手渡す。そこそこの厚みのある茶封筒には書類かなにかが入っているらしい。助かる。ジョセフは礼を述べ、それをそのまま千里に差し出した。灰色が彼と封筒を行き来する。その視線は疑問というよりも驚きに近い。まさに目は口ほどにものを言うものだとジョセフは感心する。最近の彼女はわずかばかりでも感情らしいものを浮かべるようになった。

「ほれ、昨日の夜頼まれたものじゃ」
「……ありがとうございます」
「彼らSPW財団の仕事の速さをなめちゃあいかん。世界の裏側にいたって頼めばすぐに用意してくれる」

 昨夜、部屋を出たあと彼女はジョセフの部屋を訪れていたのだと花京院だけが気が付いた。ポルナレフはジョセフと同室だったくせに封筒の中身に興味を示した辺り、ちょうど彼が部屋にいなかったときの出来事なのだろう。なにかの資料を依頼していたらしい彼女の目的を知る者はジョセフしかいない。封筒の中身を千里は確認しようとはしなかったが、それに向けられているだろう感情は指先に現れていた。封筒の端にしわが寄る。同時に雰囲気がいつものそれに戻ったようであった。

「財団が把握しているDIOの情報はあまりない。ものによっては百年前の情報もある……まあ、情報は少ないが精度は高いぞ」

 ジョセフの脳裏をよぎるのは自身の青春時代や財団の創設者、そして祖母から聞いた祖父の話だ。考えてみればエジプトを目指すメンバーの中で唯一の生き証人のようなものだ。ジョースター家の血筋という意味では承太郎も当事者ではあるが、彼は現代のことしか知らない。しかしジョセフは祖父の時代の話は財団創設者や祖母から直接聞き、実際に石仮面に関わる事件に遭遇し、そして祖父を殺した因縁を目指して旅をしている。ゆえにSPW財団がどれほど信頼できるか誰よりもよく知っていたし、彼らが持つ情報の精度の高さもよく理解していた。

「DIO!? DIOだとッ!」

 その単語に皆が色めき立つのは当然のことである。ああ、とジョセフが説明する。封筒の中身がDIOに関する持てる限りの情報であると。そして一同の視線を一身に受けた千里は呟いた。

「あの男にわたしのスタンドは通用しない」
「それはもう聞いた。どういう意味だと聞いている」
「さあな」

 二度目となるそのやり取りに承太郎は苛つきを覚えた。なぜだか彼女はそれ以上を語ろうとはしない。まるではぐらかされているようだと彼は思った。DIOのスタンド能力を解明するきっかけになるかもしれない情報を千里は提示しようとしない。銃が効かない。それはただ単に当たらないだけなのか、当たっても無意味なのか、当てられないのか、それともまた別の事象が発生して通用しないのか。実際になにが起こったのか知る者は千里しかいない。ゆえに承太郎はその提示を求めた。だが彼女は答えない。

「もしかしてとは思うけど……千里はDIOに自分のスタンドが通用しない理由がわからないんじゃあないのかい?」

 たまらず花京院が口を出す。素直に千里は頷いた。そこでようやく承太郎は理解する。千里は決して答えをはぐらかしているわけではなかった。自分自身が事象の理解と把握ができず、理由がわからなかったために「さあな」と答えただけなのである。情報を必要とするほどにDIOのスタンド能力は不可解だったのだろう。千里の思考はすでに事象の解明から対策に切り替わっていた。当たらない、当てられないは問題ではない。必要なのはDIOを倒すことだ。理解できないことを憶測で語ろうとしなかったからこその回答だったのだろうが、やはり彼女は言葉が足りない。
 スタンドが通用しないとわかれば対策を練らなくてはならないと考えるのは当然のことだ。そのために千里がDIOの情報を欲したことも頷ける。彼女はジョセフにそれを頼んだとき、小さなこともなんでもいいからすべて欲しいと言った。どんな些細なことでも必要だった。最終的にそれが利用できるかできないか、判断するのは千里である。そしてジョセフは彼女に協力した。銃を撃つ。それしかできない千里がメンバーの中で一番無力だったからだ。
 そろそろ行こうかとジョセフが皆を促し、車に乗り込む。やはり今日の運転もポルナレフであり、助手席にはジョセフが座った。後部座席には千里を真ん中に未成年三人が並ぶ。発進した車の中は相変わらずであったが、千里はさっそく封筒を開ける。いくつか束になった書類の一部を出して熱心に読み始めた。灰色の瞳が忙しなく左から右へと動く。
 承太郎が横からそれを覗き込んだ。当然のように英語である。吸血鬼に関する記述があるかと思いきや、柱の男やら赤石やらとわからない単語が羅列している。何が書かれているのか興味がわいた承太郎は詳しく読もうと試みたが、横から覗き込んで読む不便さと千里の文字を追うスピードに阻まれそれは叶わなかった。