「ええ知ってますとも。ポルナレフさんなら、どこにいるかよーく知っていますよ。承太郎さん」
承太郎にポルナレフの居場所を問われてエンヤ婆はにこりと笑み、答える。下手にとぼけたところで承太郎を騙し通すことはできないと判断した結果だ。トイレにいると正直に答えながらも彼が背を向けた瞬間に袖に隠した鋏でちょっとでも傷を付ければエンヤ婆の勝ちだ。霧のスタンド、ジャスティスは敵でも死体でも操れる。そうやってポルナレフもホル・ホースも簡単に自由を奪った。
しかしそう簡単に承太郎が敵の策にかかるはずがない。トイレに行くと見せかけて「そうだ思い出した」振り返り、ついでにエンヤ婆の足を引っかける。転んだエンヤ婆の手から離れた鋏が床に突き刺さった。一歩間違えていればあと少しで顔面にも突き刺さっただろう未来を想像し、冷や汗が吹き出る。しかしそれを涼しげに一瞥し、承太郎は問いかけた。
「今どうしておれの名前を承太郎と呼んだ?」
誰もおれの名をあんたの前で呼んでないのによ。先ほどとは違う冷や汗がエンヤ婆の額から流れ落ちる。己の失態を察したのだ。だがまだ根拠はある。宿帳だ。確かに一行は宿帳に名を書いた。宿帳にさっき一人ずつ自分の名をお書きになったじゃありませぬか。
「ジョセフ・ジョースターさん、花京院典明さん、J・P・ポルナレフさん、千里さん、そして空条承太郎ってねええ〜〜っ」
目の前で冷や汗を流して必死に言い繕うエンヤ婆を冷ややかに一瞥し、承太郎は懐からそれを出した。該当のページを開き、目の前に見せつける。
「ほう。宿帳ってもしかすると――これのことか」
あっ! エンヤ婆が声をあげる。空条Q太郎、花京院テンメイ、シーザー・A・ツェペリ。承太郎と花京院と千里のみが偽名を記していることにようやく気が付いたようだ。そしてそれが罠だったのだと悟る。
「とぼけてんじゃねえ。もうスタンド使いの追っ手ということがバレてんだよ、ババア」
証拠を突きつけられて動揺し、スタンドを出すかと思いきや、エンヤ婆は黙って承太郎を睨みつけるばかりだ。それはチャンスを窺っているようにも、すでになにかをしているようにも見える。あんたの「スタンド」を見せてこないのか。承太郎は挑発する。どんなスタンドが飛び出してこようとも迎撃する準備はできていた。
「もう、すでに見せてるよーッ!」
トイレへと向かう扉から溢れ出る死体が承太郎に襲いかかった。その皮膚にわずかでも傷を付けようと蛇のような舌を伸ばす。だが承太郎にとってそれほど驚くことでもない。街の住人の異様さを思い出せば逆に納得がいった。エンヤ婆はそのスタンドをもって住人たちを操っていたのだと。単純な攻撃しかできない敵に対して行うことはシンプルだ。スタープラチナを発現させ、片端からラッシュで殴り飛ばす。窓を突き破り外に吹っ飛ばされた死体もあれば、壁に激突した死体もある。それでもなお後ろの扉から、窓の外から、至る所から死体は湧き出る。死んでいるのだからスタープラチナに吹っ飛ばされたところで怪我も死もない。エンヤ婆がスタンドを発現させている限り、死体は立ち上がる。わしのスタンドは無敵の軍隊をも作り上げる無敵のスタンドじゃ。エンヤ婆の高笑いが響く。その言葉も決してはったりなどではなく、スタープラチナが吹き飛ばした死体は再び立ち上がり、承太郎に向かって手を伸ばす。
一瞬耳元をなにかが通り過ぎたと承太郎が思ったと同時にパアンと目の前の死体の頭が弾け飛んだ。続けて四体の死体が弾ける。承太郎は振り返った。部屋の入り口で構えていたライフルを下ろす千里が立っていた。慣れた手付きで弾込めの動作を行い、再び承太郎に向けて構える。その意図を理解した承太郎は咄嗟に横へと飛び退いた。今にも彼を襲わんとしていた死体の頭が弾け飛ぶ。
彼女もまた、霧の街の異様さとエンヤ婆の怪しさに気付いていた一人である。それまで千里は自室の窓から町の様子を眺めていた。相変わらずの静寂ながらもざわざわと街の雰囲気が静かに騒がしく、建物の陰から一つ二つ人影が現れたかと思えばその数は次第に増し、ゆっくりながらもホテルに向かってきている様を確認したため、ロビーに降りてきたのである。どうせ承太郎も早からず遅からず登場するだろうと思っていた。騒ぎの渦中にはいつも彼がいると千里は気付いてる。
「間違っても当ててくれるなよ」
間違えずとも当てるものか。言葉にせずとも千里の態度がそう告げている。ライフルの銃口を下げて一歩前進しながら身を屈めれば、彼女の頭部があった空間をスタープラチナの拳が突き抜けていく。千里は立ち上がって一瞬で間合いを詰め、承太郎の背中に自身の背中を重ね合わせた。手の中にはすでに新たなライフルが発現している。
共闘らしい共闘はこれが初めてではないだろうか。喧嘩慣れした承太郎とナマエの息は面白いほどに合った。ナマエが屈めばそのうしろからスタープラチナの拳が現れ、承太郎が体を捻ればその隙間からプラネット・スマッシャーズの銃口が向けられる。ライフルでよろめいた敵をスタープラチナが吹っ飛ばし、起き上がろうとするところを至近距離からショットガンでとどめを刺す。また、サブマシンガンで複数の敵の動きを止めたところで、スタープラチナが一掃する。だが室内の敵をどれだけ倒そうとも、街の住人すべてが敵だとでもいうのかぞろぞろとホテルに集まってくる。これではきりがない。
「雑魚は任せた」
返事代わりの銃声。承太郎に向かって来る死体の頭を撃ち抜き打ち砕き、強烈な蹴りで吹っ飛ばす。倒れた死体を踏みつぶし、新たに発現させたソード・オフ・ショットガンで至近距離から散弾をばらまく。銃身を短小化し室内などの狭い場所での戦闘に特化させたショットガンだ。銃身を短くすることで飛距離を犠牲にした代わりに散弾の拡散範囲を広げることが可能となり、同時に本来減少されるはずの破壊力もバレルが短いことで殺されずすむ。至近距離から腹部に当てれば胴体全体が吹っ飛ぶほどの威力だ。痛みを知らない死体とはいえ、上半身と下半身を引きちぎられれば自由に動き回ることはできない。
「一人で戦争でもできるんじゃあねえのか」
うしろからかけられた承太郎の声はショットガンの激しい銃声に掻き消される。連射性に欠けても一発一発の威力は大きい。サブマシンガンと使い分けながら千里は敵の足止めに専念する。
突然エンヤ婆の甲高く嗄れた笑い声が銃撃の合間に聞こえ、トリガーから指を離さずちらりと千里は振り返った。承太郎の足には舌を突き刺した赤ん坊の死体が取り付いている。即座に腰からS&W M19を抜いて、撃つ。距離がある上、赤ん坊の頭部は的が小さいため胴体を狙わざるを得なかったが、銃弾を受けて腹から血を撒き散らし、赤ん坊は承太郎の足から離れてエンヤ婆の腕に飛び付いた。承太郎の足からは霧状になった血液が吹き出る。
死体が飛び出てきた部屋に倒れているポルナレフとホル・ホースの姿を認め、やはり街中で見た黄色はホル・ホースだったのかと千里は思う。彼もまた敵だ。インドでアヴドゥルに致命傷を与え、決着をつける前に逃げられた。ホル・ホースが痛みに顔を歪ませながら呻く。
「そのエンヤ婆のスタンドは「霧」のスタンド! 刺されたその傷はおれのように穴が開いて霧に操られるぞッ! 死体でさえも自由に動かせるんだ……」
拡散するスタンドゆえに広範囲の敵を自由に操ることができる。スタープラチナが攻撃したところで実体らしい実体のない霧のスタンドにダメージを与えることはできない。なにをしても無駄だとエンヤ婆が狂ったように笑う。最強最大のスタンドとホル・ホースに評価されたことが嬉しかったのか、勝利を確信したらしい。未だ死体と格闘を続ける千里を一瞥する。今や無傷なのは彼女だけだ。すでに傷を負った承太郎など怖くないと、すべての死体を千里に向ける。
「DIO様はお前に目をかけられていた。それなのに裏切るとは愚かなクオレマ! DIO様に牙を剥く野良犬なぞ殺してくれるうう〜〜」
その瞬間、千里はエンヤ婆にショットガンの銃口を向けていた。いつもは無表情を貫き、茫洋としている瞳が鋭く燃え上がる。しかし銃弾は盾となった死体に命中するだけで一発もかすらない。その一発で弾切れを起こしたショットガンを投げ捨てる。同時に新たなショットガンを発現させたところで死体たちは躊躇なく千里を襲う。逃げろとポルナレフが呻いた。だが承太郎は「や〜れやれだぜ」いつもの口癖を呟く。
「逃げる必要はないな……そのバアさんがあと一回呼吸するうちにその「スタンド」は倒す」
それから承太郎がしたことといえば酷くシンプルであった。スタープラチナが霧のスタンドの頭部を吸い込み、押さえつけるというなんとも単純な方法は意外にも功を奏す。スタンドの頭を押さえつけられてはエンヤ婆にもその感覚はフィードバックし、締め付けられて呼吸ができない。エンヤ婆が意識を失うと同時に千里の周囲に群がっていた死体の群れも糸が切れたように倒れた。倒れた死体に囲まれた彼女は顔に飛んだ血飛沫を拭い、プラネット・スマッシャーズを消す。彼女の頭の中ではエンヤ婆の声がリフレインしていた。いくら常に無感情と無関心を貫こうとも、不快なものは不快である。
ようやくジョセフと花京院がロビーに姿を現した。プラネット・スマッシャーズの銃声により異常を察してはいたのだが、三階に潜んでいた死体に足止めを食らっていたのである。スタープラチナやシルバーチャリオッツに比べて攻撃力の低い彼らのスタンドでは死体の群れを突破するのは難しく、エンヤ婆が気絶してスタンドが消えたことでようやく三階から脱出することができたのだ。そのため一階でなにが起こっていたのかもだいたい把握し、二人は倒れているポルナレフに駆け寄る。血塗れの千里の姿は承太郎の陰に隠れてしまっているために気付かない。三人に背を向け、承太郎は千里を見下ろした。
「ずいぶんと派手にやったもんだな」
承太郎を見上げ、千里は目を細める。雑魚の相手を任されたからな。そう言っているように見えた。酷く忠実だ、そうも思う。茫洋とした双眸は相変わらずの灰色だ。
エンヤ婆は彼女を野良犬と称した。ベナレスで千里にS&W M19を売った女主人も同様のことを言っていた。野良犬ではなく忠犬だと承太郎は思ったが、はたして誰に対して忠犬となりえているのかまではわからない。最低限の協調性しか見せない千里がまさか仲間たちに対して忠実を見せたのかもしれない。
「あのバアさんはお前のことをクオレマと呼んだが」
「――その名で呼ぶな」
吐き捨てるように呟かれた言葉は彼女にしては珍しく、感情らしい感情が込められていた。それはもうこれ以上の不快はなく、不愉快でたまらないと言っているようだった。珍しいこともあるものだ。承太郎は器用に片眉を上げてみせる。千里はますます不快そうに息を吐き出した。
花京院が千里と千里の周囲に散らばる無惨な死体の群れに驚きの声を上げる。彼が駆け寄ってきたためにそこで二人の会話は中断された。