承太郎たちと合流して花京院が最初にしたことといえば、承太郎を殴ることだった。平時冷静な彼の理性はぼろ雑巾のような千里の姿を見た瞬間に一気に崩れたのである。一瞬の瞠目のあと射殺さんばかりに承太郎を睨みつけ、そして拳を振りかざす。意識のない千里を片腕で支えたまま、承太郎はそれを黙って受け止めた。罪悪感からくる贖罪だったかもしれないし、負い目だったかもしれない。あえて避けようとは思わなかった。
慌ててポルナレフが間に割って入る。なおも拳を振り上げる花京院を押さえつけた。それでも彼は承太郎を睨みつける。
「きみがいながらどうして! どうして千里が傷付いているんだ!」
「花京院やめろ!」
「彼女がただの女の子だってきみも知っているはずじゃないか。彼女が自分の身を守らないとわかっているはずじゃあないか!」
だが承太郎はそれを一瞥するのみでジョセフの手を借りて千里を背負い、早急に彼女を医者に見せた方がいいとジョセフに告げた。ダンの言っていたことが正しいのならば千里は左目を失明している。治療によって回復するのかどうか、医者ではない承太郎にはわからない。
花京院の言葉について思うことはいくらでもあった。しかし今それを考えるべきではないと彼の理性が働きかける。その程度の判断ができるくらいには冷めきってきたとも言えた。花京院が憤っている。それがあまりにも場違いに見え、承太郎の中でなにかがすうっと冷えていくのがわかった。結局花京院はなにもわかっていやしない。
「それをこいつに言ってみろ。ブン殴られるだけじゃあすまないぜ」
「承太郎、行くぞ」
ジョセフに促され、花京院に背を向けた。背負う千里は酷く汚らしい。意識を失っているとはいえ、こんなときまで無表情を貫く彼女の寝顔など珍しかった。夜は勝手に出回り、移動の際には仮眠を取っていることの多い千里だが、なにをされても目覚める気配がないのだから、やはり気を失っているのだ。無防備すぎて逆に違和感ばかりだ。鋼鉄の鎧を脱いだように隙だらけである。そして改めて彼女が女であることを思い知らされるのだ。
男だから女だからと区別されるのを嫌がるきらいのある彼女だが、純粋な力比べをすればこの中で一番弱い。そのくせそれを微塵も感じさせないのは彼女なりのプライドなのだろう。
「−−くそっ」
呟き力なく項垂れた花京院に抵抗の意思がないと確認し、ポルナレフは拘束を解いた。彼は知っている。花京院がハイエロファントグリーン越しに彼らの会話を聞いていたことを。そしてハイエロファントグリーンがしっかりとラバーズを縛り上げていなかったために千里が傷付いたことに後悔していることも。
ラバーズがジョセフから離れたのち、異変に気付いてから顔面を蒼白にしながら最初に走り出したのは花京院だった。千里が自身を犠牲にしてダンに攻撃していることを察したのである。
だからやり場のない自身への怒りを八つ当たりとして承太郎にぶつけるしかなかった。酷く滑稽なことをしていると自覚はしても、事実千里が意識を失っているのは花京院がラバーズを押さえきれていなかったためだ。ただの女の子を傷付けたのは承太郎ではなく、花京院である。
「ぼくがもっとしっかりしていれば……」
項垂れる花京院の肩をポルナレフが叩いた。常に陽気な彼らしい、不器用な慰め方である。
「承太郎たちを追いかけようぜ。追いつかなきゃあ、謝れねえ」
ああ、と無気力に呟いた仲間の横顔を見てポルナレフは内心溜息を吐く。彼とて思うことは沢山あるが、思春期の少年たちの悩みはそれよりも多い。思春期は微妙な年頃だ。
同じ頃、承太郎もまた深く考え込んでいた。背中に感じる体温は確かに千里が生きていることを証明しているが、それに違和感を抱かずにはいられなかった。馴れ合いをよしとしない一匹狼のような彼女がこうして誰かに身を預けていることが、どうしても居心地を悪くする。
「承太郎」
ジョセフの呼びかけで承太郎は思考の深淵から浮かび上がる。祖父がなにを言おうとしているのか、孫には充分に伝わっていた。
「無駄だぜ。骨が折れようが手足がなくなろうが、それでもこいつはDIOを目指す」
「意識を失うほどの怪我を負っても、か」
「千里の敵に対する執念は異常だ。敵を倒すためならなにも厭わない」
それから承太郎はこれまでのことを淡々とジョセフに説明する。ダンの蛮行と自身の愚行を素直にすべて祖父に告げた。もちろん千里の暴挙も包み隠さずに、だ。そして当然彼女の左目についても端的に述べた。黙って話を聞くジョセフの表情が徐々に険しくなるのを横目に眺めながら、承太郎は理性で感情を押し殺す。元々感情の起伏がそこまで激しいわけでもない彼にとって、そこまで難しいことではない。それでも罪悪感を抱かないほどに無神経でもない。
ジョセフの眉間に皺が寄る。表情は承太郎のそれによく似ていた。
「そうか……無茶をする子だとは思っとったが、ここまで自分を省みん子だったとは……」
「この先もおそらく大怪我を負おうが気にせず突き進むだろうぜ。こいつはDIOしか見ていない」
「骨折程度ならわしの波紋である程度治療することもできるがそれも限界があるぞ」
「大人しく病院のベッドで寝てろと言っても、黙って言うことを聞くようなタマじゃあねえしな」
会話が途切れる。話題は明確になっているにも関わらず、彼らは次に発すべき言葉を見けられずにいた。言い換えれば、千里という存在を持て余していた。ただの少女ならばよかったのかもしれない。だがあいにく彼らの知っている少女像とは遠く離れた少女であったために、扱い方に困っていたのである。そんなことを思われてるなど微塵も知らない千里は意識を飛ばしたまま変わらず承太郎におぶわれている。
「千里がDIOを目指す理由がわかれば打開の糸口が見つかるかもしれん」
「だが答えるかどうかは千里の気分次第だぜ。どうせなにも喋らねえだろうが」
「おいおい承太郎、わしのスタンド能力を忘れたのか?」
悪戯っぽくウインクをしてみせる祖父に承太郎は盛大に溜息を吐いた。悪趣味なじじいだ。そしていつもの口癖を呟いてみる。しかしまったくの無意味な行為として終わってしまった。
確かにこれ以上の千里の無茶は一行の心臓に悪いどころか、支障をきたすおそれがある。ならば問い詰めて、最悪念写してしまえばいい。秘密を持つことは構わないが、一行の行動の邪魔となるのならば対処する必要がある。
「すでにSPW財団に素性を調べさせてると思ったが」
「まさか。わしとてそこまで卑怯じゃあない。千里の口から聞くまで待つくらいはできる」
ならば先ほどの発言はなんだったのかと問うほどに承太郎も熱心ではない。仮に問い詰めたところで面倒な結果しか生まないことをよく理解しているのである。祖父のふざけた性格は今に始まったことではないからだ。