我らはそこに 窪地を抜けて

「だが、あまり無謀なことをされちゃあ迷惑だ。一人で走りすぎるな」

 グレーの隻眼が承太郎を一瞥し、まぶたの奥に隠される。理解されたいと思っていないのだと承太郎は知っている。千里は他人の同意がなければ動けないような軟弱さを持ち合わせていない。世界中が敵に回ったって自身の信念だけを信じ続けて邁進することだろう。片方の視力を奪われても戦意は決して削がれない。
 千里の目的はどことなく花京院のそれと似ていなくもないと承太郎は思った。誇りを取り戻すためと恐怖を克服するため。両人とも自身のためにDIOを目指している。だが少なくとも花京院は死に急いでいないことは確かだ。
 ジョセフが診察室から戻ってきた。二日三日安静にしていれば大丈夫だとの診察結果を二人に告げる。処方された薬は鎮痛剤と軟膏くらいだ。入れ替わるように千里が再度診察室に入る。問診程度だったらしく、十五分程度で薬が入っているのだろう小さな紙袋を片手に出てきた。鎮痛剤だと千里は問いかけるジョセフに対して手短に答える。片目を覆う眼帯は隻眼の生活に慣れるためにつけているだけらしい。それから三人は病院を出た。
 タクシーを使ってホテルにたどり着く。先行した二人がすでにチェックインをすませていたため、三人はスムーズに部屋に通される。いつものように相部屋が用意されていたが、灰色の隻眼は沈黙したまま部屋の相棒と挨拶を交わすわけでもなく、夕食の時間も聞かずにさっさと用意された部屋へと入ってしまった。これから旅程等諸々の話し合いの予定だったが彼女が不在でも行われるのが通例となっている。どのような結論になろうとも千里はなにも言わない。大体は決定した事項に黙って従うからだ。同時に彼女の怪我の具合について承太郎かジョセフが二人に告げなければならないのだが。
 二つ取った部屋の一方に彼らは集合した。ジョセフが自身と千里の診断結果を告げ、承太郎は千里と交わしたわずかな会話の内容を伝える。それからやや躊躇い、スティーリー・ダンとの戦闘について触れた。千里の怪我の理由はすべてそこに集約されているからだ。ジョセフが案外大した怪我ではないことに安堵したポルナレフと花京院であったが承太郎が話し出した途端、絶句し、顔を強張らせていく。承太郎はなにも隠さず、なにも誤魔化さず、仔細すべてを話した。彼とてやはり罪悪感がある。気にするなと千里は言うが、それでもジョセフを守るために千里を犠牲にしたことをなかったことにできはしない。承太郎はおそらく誰かから叱責を受けたがっているのだ。それを悪いことだと強く自覚したいだけなのである。
 隣室の千里はなにをしているのだろうか。承太郎の話を一字一句聞き漏らすまいと聴覚に神経を集中させながらも花京院の思考はそちらへ向かってしまう。一人で部屋にはいるが、どうしても落ち込んでいるとか塞ぎこんでいるだとかの想像はできなかった。どれだけ承太郎が自身を責めようとも、被害者の彼女は些末なこととしか思っていないのだろう。回避しようのないことだったのだから仕方ない、とでも言い出すかもしれない。
 彼自身が驚くほどに花京院の思考は冷静で酷く冴え渡っている。そこに行き着いてしまうほどに彼は千里を見ていたと言えた。千里を知りたいと欲し、理解しようと努力した結果とも言える。この中の誰よりも彼女の代弁者となりえる存在なのかもしれない。後悔し、謝罪したいと思っていても、ラバーズ戦後のように激高し、取り乱すことはなかった。冴え渡った思考は冷静に状況を分析している。ただし、千里に会ったときにそれを維持し続けられるかどうかまで考えが至っているわけではないが。

「気なんか使ったらきっと彼女は嫌がるだろう。千里が気にしないと言うのなら、この話はおしまいだ」
「花京院の言う通りかもしれん。――承太郎、千里には謝ったんじゃろ?」
「……ああ」

 病院のロビーで確かに承太郎は千里に謝った。だが彼はそれを謝罪のうちには入らないと思っている。彼の持つ正義がそれを許さなかった。お互い様と言われようが、承太郎はまだ納得していないのである。許すことと謝らせないことは違う。怒るわけでもなく、かといって気を使わせまいとするわけでもなく。単純に興味がないと、その一言ですまされることが気に食わない。中途半端な状態が気持ち悪い。小さく舌打ちし、さらに深い皺が眉間に刻まれる。承太郎がしばらく落ち着かないだろうことは誰の目から見ても明らかだ。
 花京院は友人の心境も理解しているつもりだ。承太郎と千里は似ている。そっくりとまではいかないし、似て非なる部分の方が圧倒的に多かったが、まったく似ていないわけではない。承太郎は他人と自身の区別もなく厳しい。誠実な男だ。千里は承太郎ほどに誠実とは言い難いが、それでもけじめの付け方は知っている。

「とにかく。千里は片目が見えなくて、利き手には重度の火傷を負っている。重傷ではないにしろ、安静が必要……なんだろ? だったら回復するまで承太郎が面倒を見てやりゃーいいんじゃねえの?」

 それまでベッドの上であぐらをかき、聞き役に徹していたポルナレフが口を開いた。彼とて伊達に年を食っているわけではない。ジョセフから見ればまだまだひよっ子と言われてしまうのだろうが、それでも承太郎と花京院より数年長く生きている。コミックリリーフな立場の多いポルナレフでも常にそうであるわけではないのだ。だから承太郎の悩みを聞いてまだまだ若いと感じてしまうし、世話の焼けるお子様だとも思ってしまう。難しく考え過ぎなんだよ。ポルナレフは感想を言う。ナイスアイディアじゃ。ジョセフがそれに賛同した。

「承太郎、謝ってもまだ納得できんと言うのならポルナレフの言う通り、しばらく千里の手助けをしてやれ」

 祖父の提案を前にして承太郎は口を開いたが、言葉が見つからずに再び口を閉じた。納得はしていないが、頭では理解しているからタチが悪い。そしてなによりもこんな瑣末なことで悩む自身が一番腹立たしい。