SPW財団職員の乗るヘリコプターが遠ざかり、一行は動き出す。財団職員に渡された旅に必要な物資をバギーの荷台に積んだあと、運転席にジョセフが乗り、助手席には承太郎が座った。それよりも先に、一行が荷物を積み込んでいる最中にはすでにイギーに後部座席を奪われてしまっていたために、残る四人は旅行物資と一緒に荷台に乗るはめとなった。何度かポルナレフが後部座席からイギーを追い出そうと努力していたが徒労に終わる。コーヒーガムで誘導しようとしてみても、あっさり奪われてしまっただけだった。
大の男が三人と少女が一人、そして人数分の物資を収めるためには荷台は少々狭い。一番身長のある男たちが運転席と助手席に座ることになったのは当然と言えば当然ではあったが、それでも残る三人の男たちも充分体格はいい。彼らの中で花京院が一番背が低いとはいえ、それでも日本人男性の平均身長をゆうに上回っている。一行の中で唯一の女である千里がもっとも背が低く細いとは言っても、それでも女性にしては身長があるため決して小柄とは言い難い。ゆえに四人は身を寄せ合うようにしてお世辞でも快適とは言えない荷台に収まるしかなかった。
突然ジョセフが急ブレーキをかけたために一行は体勢を崩した。滑る荷物と人間に押され、千里は頭部を強打する。のろのろと彼女が顔を上げるのを他所に一行はバギーから降りた。
「み……見ろッ、あ、あれを!」
ジョセフが指差す先には見覚えのあるヘリコプターが墜落している。つい先ほど彼らに物資と助っ人を届けにきたSPW財団のヘリである。飛行している状態からそのまま地面に落ちたかのような様子が、敵スタンド使いの存在を示唆していた。
「見ろ、パイロットだ」
パイロットが操縦席から上半身だけを外に出して死んでいた。もがき苦しみながら死んで行ったのか、ヘリコプターに爪を立てたまま死んでいる。よほど強い力でヘリコプターに無数の引っ掻き傷をつけたのか彼の爪ははがれ落ちてしまっていた。死体の口の中は水で満たされている。それどころか肺の中まで水がたっぷりと入り込んでいたのか、顔を傾ければ流れ出る水の量に皆は顔をしかめた。砂漠のど真ん中で溺死するなどありえないことだからだ。
ヘリコプターが墜落したときに投げ出されたのか、少し離れた場所にもう一人の財団職員が倒れていた。ポルナレフが見つけて近づく。まだ息はあるようだ。
「お、おい……もう一人はここにいる! 生きてるぞ!」
その声に皆が彼に駆け寄った。千里だけがヘリコプターの検分を続けている。息も絶え絶えに水、と呟いた財団職員にジョセフが水筒を近付ける。その瞬間、財団職員は狂ったように叫び出した。
「ヒィィィィィィィ違うゥゥゥ〜ッ! 水が襲ってくるゥゥゥゥウウウウウ!!」
その瞬間、財団職員の叫び声に呼応したかのように水筒の中から小さな手が飛び出した。それは彼の顔面に爪を立てて掴み、いとも容易く首をねじ切ってしまった。そして水筒の小さな口から中へと首を引きずり込む。血をまき散らしながら水筒が地面に落ちた。
敵の潜む水筒から距離を取り、一行は地面に伏せる。それまでヘリコプターを検分していた千里も財団職員の叫びに振り返り、その瞬間をしっかりと見ていたため、すぐさま片膝をついて身を低くした。いつでも攻撃ができるよう、プラネット・スマッシャーズを発現させる。
「千里、動くんじゃあないッ」
ジョセフの警告を耳にしながら、彼女の目は首なし死体の側に落ちている水筒の蓋に向けられていた。すぐさま脳内に自身の取るべき行動順序を構築し、シミュレートする。どちらが水筒に攻撃するべきかとポルナレフと花京院が言い合いを続けているのを横目に注意深く水筒の様子を眺めたのち、千里は身を低くしたまま地面を蹴った。プラネット・スマッシャーズを投げ捨てて蓋を拾い取ったかと思うと、未だ血液が流れ落ちる水筒を掬い取って素早く蓋をした。そしてあらん限りの力をもって遠くへと投擲する。その勢いでフードが脱げるも千里は微動だにせず砂の上に落ちる水筒を睨み続けている。その手にはすでにライフルが握られており、銃口は水筒に向いている。
投げ飛ばされた水筒の行方に気を取られたためだろう、千里の足元の砂を濡らしながら湧き出す水に彼女は気付けなかった。じわりと色が変わっていく砂に気が付いたポルナレフが叫ぶ。
「足元だッ!」
はっとしてそれを千里が意識の中に入れた瞬間には敵は姿を現していた。手を象った水の鋭い爪がぎらりと光る。狙っているのは足の腱だ。咄嗟に花京院が起き上がって千里を突き飛ばす。それに一歩遅れて爪は空を掻いただけだったが、すぐさま向きを変えて千里から花京院へと標的を変更する。千里を突き飛ばして体勢を崩した花京院の両目を引き裂いた。血が吹き出る。ポルナレフが叫んだ。
「かっ! 花京院!」
「もうすでに水筒からは外へ出ていたんだッ! 血と一緒にッ!」
「『スタンド』が水筒の中に潜んでいたのではなくて! 『水』がスタンドなのだッ!」
気配のない敵による不意打ちと騒ぎを前に千里の思考が一瞬止まる。だがそれもほんの一瞬のことだ。一秒と間を置かず彼女の意識はすべて敵の存在によって塗り替えられる。なぜ敵が水筒内に留まっていると思い込んでいたのか、なぜ水筒から流れ出る血液と一緒に外に出ていた可能性に考え至らなかったのかと、反省も後悔も今はしない。花京院を傷付けた水はすでに砂の下へと潜り込んでしまっている。次はどこから現れるのか見当もつかない今、悠長にしていられる時間はない。
花京院がやられたことで狂ったように叫ぶポルナレフを尻目に千里は鋭く周囲を見回す。どうやって敵は彼女の存在を掴んだのか、そして次に現れるとしたら誰の下か、どれだけ神経を尖らせて意識を張り巡らそうとも匂いも気配もない水の存在を捕らえることはできない。
「ポルナレフッ! パニックになるんじゃあないッ! 『戦車』を出して身を守れッ!」
ジョセフが叫んだ。その声でポルナレフが正気に戻ったことはよかったが、少々遅すぎた。地面につくポルナレフの掌の下から水が湧き出て、すぐに花京院の目を潰した手の形になる。鋭い爪が迷うことなくポルナレフへ向けられた。危ないと誰しもが思った瞬間、死んだ財団職員の腕時計のアラームが鳴り響く。ポルナレフに向けられていた水の手が突如くるりと向きを変え、死体の腕を切り飛ばした。
「時計だ……時計のアラームを攻撃したんだ」
「音だ。音で探知して攻撃しているんだ!」
敵はポルナレフが地面に手をついた音を聞き取った。だから彼の掌の下から現れた。千里の足下から現れたのも同様の理由だ。水筒を投擲する際に強く踏みこんだ音から居場所を把握されたのである。些細な音でも探知できるらしい。彼らの謎解きを耳にしながら千里は花京院の目から未だに流れ落ちる血液に気が付いた。素早くマフラーを抜き取って彼の目元を押さえつけ、器用に頭部に巻き付けた。止血の意味をなさずともマフラーが流れる血を吸収してくれる。しかし敵スタンドの標的は花京院を抱き起こすポルナレフに向けられた。
「やばい……ポルナレフ、千里、今度こそ襲ってくるぞッ! 車まで走れッ!」
ジョセフの声とプラネット・スマッシャーズの発砲音を合図にして、弾かれたようにポルナレフは花京院を抱きかかえて走り出した。それに次いで千里も走り出す。しかし隠しきれない足音を探知して敵は彼らを追いかけ始めた。ポルナレフは花京院を抱えているためにどうしても走る速度が遅くなる。しかも踏み込む度に二人分の体重が片足にかかるのだから、足が砂に沈む分だけ足音が大きくなる。千里が敵に対して何度か発砲したが、水相手に弾丸は無意味だ。すぐに考え直して彼女は手榴弾を発現させてヘリコプターに向かって投げつけた。大きな炸裂音が砂漠に響き渡り、敵の動きが一瞬止まる。しかしすぐに敵は再び動き出す。
先に千里が車に到達した。承太郎が彼女の腕を引っ張って車の中に引き込む。すぐにポルナレフが追いつくも、敵スタンドの爪が彼の足を切り裂いた。大きくバランスを崩すも、ハーミットパープルが彼を捕らえて車へと引き込む。標的を見失った水は砂の中へと沈み込んでしまった。