若い令嬢のためにノルマンディの騎士によって催された祝宴

 結果として、水を操るスタンド使いに対し千里はなにもできなかった。アスワンの病院で額に包帯を巻かれながら彼女は考える。それは決して自身の失態に対する後悔ではなかった。冷静に自身の行動を振り返り、どの行動がいけなかったのか、また他の策はなかったのかと分析をする。力業で勝てない相手はいくらでもいるのだから今回の敵に対してどう立ち回るべきだったのか、考える余地はいくらでもあった。彼女の思考は常にドライである。
 千里の額の傷はそこまで深くなく、痕もほとんど残らないだろうとの医師の診断だったため検査を含めた一日の入院ですむとのことだった。アヴドゥルも同様の診断だったが、目を切り裂かれた花京院は入院の必要があるという。どうやら失明までには至らないらしいが、それでも数日の入院を要するほどの傷であることには間違いない。ここで一旦花京院は一行から離脱することとなった。

「千里もここに残るんじゃ」

 ジョセフの一言は千里の意識を引くことに充分すぎるほど効果があった。千里の怪我は対したことのない程度のもののため入院も一日ですんだにも関わらず、ジョセフは彼女に病院に留まれと告げる。それを聞いて花京院は包帯の下で瞠目した。なぜなら千里が病院に留まる理由がなに一つないからだ。それにその程度の理由で彼女は止まらない。止めることなどできるはずがないとジョセフもわかっているだろうに、彼がそう指示を出したのは至極単純明快である。
 白い病室の隅で立ったまま一度だけゆっくり千里は瞬いた。なぜ、と言葉にせずともその灰色の隻眼は雄弁に物を言う。彼女の性格からしてそれを素直に受け入れるはずがなかった。目指す敵までもう少しのところまで来ている今、歩みを止める理由はどこにもない。その揺るぎないまっすぐとした視線を受けてジョセフとアヴドゥルが顔を見合わせる。彼らにとっては想定の範囲内であった。結論だけでは千里が大人しく従うはずがないとわかっていたため、すでにいくつか理由は用意されていた。そこに嘘や詭弁はない。

「病院に敵が襲撃してこないとも限らん、千里には花京院の護衛を頼みたい。――それに左目の義眼を作るためには事前に検査しておかねばならんじゃろう。やはり片目が見えんと不便が多いからな」

 義眼を作る話は以前からあった。ゆえに親切心からなのか牽制なのか千里には判断しかねたが、しかしどちらであろうと指し示す意味は同じだ。足止めであることには間違いない。だが、確かに目の見えない花京院はいい的になる。怪我をした相手には決して攻撃しないなどと敵が律儀に決めているわけでもないため、花京院に護衛がついても不思議なことではない。アヴドゥルの時は死を偽装したからその必要はなかった。しかし花京院は擬似的にも死んでいない。しっかり生きてしまっているため敵の視界から存在をけすことが不可能だ。そしてSPW財団職員は一般人ばかりである。ゆえにスタンド使いの敵が来た場合を考えるとこちらもスタンド使いである必要がある。

「わたしもジョースターさんの意見に賛成だ。花京院一人では危険だ」
「ですがアヴドゥルさん、ぼくにはハイエロファントがいます。スタンドの目があれば不自由はない」
「だが五感の一つが欠けているのは大変危険な状態なんだぞ。それに千里は気配に鋭い。花京院、これ以上の目もないぞ」

 当事者に反論されても覆らない結論は最初から決められていたことなのだろう。取りつく島もない風な年長者たちの反応に花京院は悔しそうに唇を噛み締める。ただでさえ一時離脱という一行の荷物となっているのに、さらに千里個人にまで迷惑をかけるのかと思うとやりきれない。

「それと以前千里からもらったこの銃なんじゃが、どうやら砂が入り込んで調子が悪いらしいん。暇なときにメンテナンスを頼む」

 茶目っ気を含んだウインクを一つ。それは決して悪意から来るものではなく、どこまでも純粋な誠意なのだと千里は理解している。もっともらしい理由をつけた足止め。その行為に罪はないが、自身に向けられることが気に食わない。渡されたリボルバーもあの霧の町で死体から拝借して以来、一度も使われていなかった。それをなぜ今さらメンテナンスをしなければならないのか。理由など考える必要もない。こうして詭弁にも似た説得が積み上げられていく。
 千里がなんと言おうとも、決定されたことであるため覆りようがない。ならばと彼女は考える。数日だけ大人しくしていて隙を見て病院を出ればいい。そんな面倒な手段を取らずとも強引に抜け出すことも可能だろう。だがそれを見越して監視をつけるだろうことは容易に予想できた。だがそのようなこと、千里にはまったくもって関係がない。今までもそうしてきたように、これからだって彼女は自身の邪魔になるものは排除して先に進む。そもそも大人しく言いつけを守る義理からしてどこにもないのだ。
 ジョセフたちが病院を経ってから数日後、宛がわれたホテルの一室で千里は一体なにを考えているのだろうと花京院は何度目かわからないそれを考える。一晩の入院ののち退院した千里はSPW財団が用意したホテルを宛がわれた。検査があれば病院へ行く。あとは花京院の護衛という役目があるが、彼女が見舞いに現れたことなど一度もなかった。そもそも唯々諾々と従うような性格ではない千里がなぜ旅路をともにしているのかからして不思議ではある。だがだいだいのことを花京院は予想していた。メリットがあるから彼女は同行しているのだと。利用価値がなければいつでも離れていくことだろう。彼女はいつだって合理的だからだ。花京院はそれを心配する。なぜなら合理的でありながら無鉄砲としか思えないようなことを千里がするからだ。たった一人でDIOに挑んで勝機はあるか。否、吸血鬼に銃は効かない。
 真っ白な視界の中で溜め息を一つ。入院してからいくつめの溜め息かなどもうわからない。彼はいつも無力である。慰めにハイエロファントグリーンを発現させてみたところでなんの意味もなしはしない。仲間はおろか、たった一人の少女の足も引っ張ってしまっている現実が息苦しかった。そう思うことならいつでもできるが、足掻こうとしたところで花京院は入院している。ベッドに横になって歯噛む以外になにもできやしないのだ。