左前足に怪我を負ったイギーがカイロ市内を彷徨っていた承太郎たちの前に現れた。満身創痍の仲間の様子を前にしてアヴドゥルはすぐに彼が敵に教われたのだと把握する。なぜならこの小さな猛犬は交通事故に遭うようなタマではない。車に轢かれるような間抜けなど決して犯さないからだ。
そしてイギーは敵と遭遇して死にかけ、また彼を手当をしたのはSPW財団の医師だと説明しながら現れたのは花京院だ。千里に二日遅れて病院を出発した彼はSPW財団の手を借りて今日カイロに入ったばかりである。アスワンで別れた仲間との合流にわく一行だったが、その中で花京院はすぐに一人足りないことに気付き、表情を曇らせた。予想はしていたが、それでも期待もしてしまっていた。思い出すは病室でのできごと。面と向かってああもはっきりと足手まといと言われるとなかなか心が痛むものだ。
「千里はやっぱり合流していないのか……」
「カイロにいることは確かだが、SPW財団も足取りが掴めていないようだ」
ふんと小さく鼻を鳴らし、イギーがジョセフの腕の中から飛び出した。彼が先頭に立って一行を導く先は精神に食い込むような圧迫感、どす黒い感覚を与える館。彼らはその館に見覚えがあった。ジョセフがハーミット・パープルで念写した写真に写っていた。彼らはすぐに理解する。また、日本からエジプトまでの長旅の終点を意味していた。
開け放たれた門が一行の訪れを歓迎しているようである。しかしそれが喜べるものではないと皆知っている。警戒して門を潜る。日の光を遮るように館の窓はすべてカーテンが閉められていた。当然館の扉もぴったりと閉じられている。
「わしにヤツの存在がわかるように、ヤツの方もわしの到着に気が付いている。うっかりこの館に入るのは敵の胃袋に飲み込まれるようなもの。さて……どうしたものか」
DIOの肉体ともっとも近いジョセフが誰よりも一番邪悪な気配を察している。ゆえに誰よりも一番慎重になる。しかし入らなければ娘を助けることができないとも重々理解していた。逡巡する彼らを嘲笑うかのように扉が音を立ててゆっくりと開く。ポルナレフが先頭にそっと扉の中を覗いて見ると、長い廊下が目に入った。どこまで続いているのか、奥は見えない。それが幻覚だろうと、スタンド使いの仕業だろうと今の彼らなら判断できる。
「おい、見ろよこの廊下……終わりが見えねーぜ。本物じゃあねーよな……トリックか幻覚だよな……」
「ポルナレフ……ドアの中に飛び込むなよ……DIOの前にスタンド使いが一人や二人いるはずだ」
様子を見続ける彼らの誰が最初にそれに気付いたのか。果てしなく続く廊下の奥にちらりと人影が現れた。足音を立てることなくものすごいスピードでそれは彼らに近づいてくる。目視できる距離に近づいてようやくそれが一人の男だと彼らは理解した。どのようなトリックを使っているのかわずかに浮遊したまま男は一向に急接近し、目の前でぴたりと止まる。それでもやはり足は地面についていない。悪意も敵意も浮かべることなく、背筋をピンと伸ばしてた姿勢を保ったまま男は静かに声を発する。
「ようこそジョースター様。お待ちしておりました。わたしはこの館の執事です」
ポルナレフが怒鳴ろうとも表情一つ変えない執事を自称する男はテレンス・T・ダービーと名乗った。ダニエル・J・ダービーの弟だと告げた途端、承太郎の表情が険しくなる。スタンド能力抜きの心理戦で苦戦させられた相手だ、忘れようはずがない。
兄とは違うと告げる男はあくまでも紳士的な態度を崩さず、彼らを館の中へと誘おうとする。だがそう易々とその誘いに乗る一行ではない。静かに承太郎が問いかける。
「千里は、どこにいる?」
一気に緊張感を帯びた空気の中、にい、とテレンスは口角を上げた。どこか含みのある笑みは千里の居場所を知っているのだと告げている。しかし当然この場で有利なのはテレンスの方だ。力では負けようとも千里の存在を知っているのは今この場では彼だけのため決して不利にはならない。なにしろ彼女は体のいい人質である。その居場所も現在の状態も知っているのはテレンスだけであるから、たかが一人の少女でも酷く便利な手駒になる。
「彼女は……昨日のうちにすでにお着きになっています」
たっぷりと間を置いてテレンスは告げる。その一言がジョセフたちにどれほどの衝撃と動揺を与えるか、彼は充分に理解している。
「千里は無事なのかッ!?」
「さて……無事か無事でないかと問われれば……無事、と言っても差し支えないでしょう」
その返答は彼らを挑発するという一点のみにおいて充分すぎるほどの効果があった。一行の顔に怒りの色が浮かんだことに彼は非常に満足した。千里は彼のお気に入りの作品の一つである。それをまだ彼らに見せられないことがやや残念ではあったが、人形は未だ自分側にある。そう思えばお披露目が後々のことになろうとも我慢できる。
そしてテレンスは言葉巧みに承太郎の隙をついて自身のスタンドの能力を使ってスタープラチナを捕らえ、承太郎を床に開いた穴の中へと引きずり込んだ。突然開いた穴に引きずり込まれる承太郎をジョセフと花京院のスタンドがすぐに捕まえたが、彼ら二人もテレンスに引きずり込まれてしまう。十分経ってなにも合図がなければ館に火を放てとジョセフの声がアヴドゥルたちに指示を残し、床の穴は消えてしまった。
同時刻、一人の少女が目を覚ます。