シルバーチャリオッツを伴って再び館に突入したポルナレフが最初に耳にしたのは館全体を震わせるような地響きだった。館を出てすぐに会えたSPW財団の職員にアヴドゥルを託してすぐに館に戻ってきた矢先である。地響きが収まりすぐに聞こえてきたのはイギーの鳴き声だった。勇猛な犬の鳴き声にしてはなにかが違う。それは上階から聞こえてきたために千里とイギーがそこで敵と交戦しているのだと察したポルナレフはすぐさま階段を駆け上る。そして階段を上り切ったところでその小さな姿を見いだすことができた。敵の姿はどこにもない。だが同時に千里の姿もなかった。
「イギー、大丈夫かッ! 千里はどこだッ!」
合流したポルナレフを決して見ようともせず、イギーはある一点に向かってひっきりなしに吠えている。疑問に思った彼がその先を追い、目を見開いた。天井が丸ごと抜け落ちたような瓦礫の山。その一端から人間の片腕が見えている。手首まで覆う黒い袖が下敷きになっている人間が誰であるか明確にしていた。ぴくりとも動かず、さらには瓦礫の下から血液が流れて広がっていた。生者の色を失った腕は紛うことなき千里の右腕だ。
「あの小娘は死んだ」
ガオンと瓦礫を大きく削り取りながらヴァニラ・アイスが現れた。そして侮蔑を露に千里の一部だったそれを一瞥する。ぴくりとも動かない傷だらけの腕を彼のスタンドが持ち上げる。瓦礫に潰された際に切断されたのか、腕だけがぶらりとポルナレフとイギーの目に晒された。破れた黒いセーラ服の断片は血液でぐっしょりと濡れていることが一目でわかる。ガオンという音とともに千里の一部はクリームに咀嚼された。汚らしく涎が飛び散る。
「二度もDIO様に楯突いた罰だ……死を持って償うのは当然のこと」
最初は嘘だと思いたかったポルナレフも現実を受け入れざるを得ない。千里が死んだ。切断された腕を見るに、あの瓦礫の山の下ではぐちゃぐちゃに潰れた彼女の体が横たわっているに違いない。生きているとは到底思えなかった。なぜなら生きていれば今すぐにでも瓦礫の下から脱出するはずだろうから。ポルナレフの中で千里とはそういうイメージだ。
危機一髪の瞬間でも千里は必ず生きていた。どれだけの傷と怪我を負おうとも常に彼女は立っていた。猪突猛進にも似た戦いぶりは危なっかしいが。人生の終わりってのはたいてーの場合あっけない幕切れよのォ。不意にホル・ホースの言葉が脳裏をよぎる。思えば千里は承太郎や花京院と同年代の少女でこんな事態に巻き込まれていなければ普通に学校に通っていたことだろう。いつも目を見張るような戦いぶりを見せてはいても結局は女の子だったのだ。
「て、てめえが千里を……千里を殺したのかッ!」
「裏切り者を始末してなにが悪い。あの娘はDIO様に歯向かった……当然の報いだ」
冷ややかに言い捨てるヴァニラ・アイスにポルナレフが激昂するのも仕方のないことだ。シルバーチャリオッツの鋭い突きがヴァニラ・アイスを襲う。だがそれよりも早く敵は自身のスタンドの中に隠れて消えた。姿を見失ってしまえばどこにいるかなど目視するすることは叶わない。そしてそれは同時にポルナレフとイギーが危機的状況に陥ることを意味している。姿が見えない以上、どこから攻撃が来るかわからない。
「イギーッ! おれの背後を見張れッ! おれはオメーの後ろだッ!」
彼らは即座に背中合わせになり、周囲を警戒する。敵はドアや壁を透過することはできず、必ず穴を開けなければ通過することができない。そしてその姿が現れたときがヴァニラ・アイスを殺すチャンスだ。しかしどれだけ四方を見回したところでヴァニラ・アイスが現れる気配はない。
冷や汗を滲ませながら周囲を見回すポルナレフをよそにイギーは冷静だった。ザ・フールがギャラリー全体に砂をまき散らし、舞い上げる。彼はすでに敵の居場所をあぶり出す方法を知っている。それに敵が姿を隠してから壁や床を通過した様子はないため、未だヴァニラ・アイスはこの部屋の中のどこかにいるはずだ。それを見つけ出すための砂である。
だがそんなことなど些細だと言わんばかりにイギーは非常に怒っていた。千里が殺されたから、などという生易しい理由ではない。本調子でないらしい小娘が出しゃばる程度はまだよかった。腹立たしいのはその小娘に守られたことはおろか、彼を守るために命を失ったことだ。人間顔負けのプライドを持つイギーにとってそれは屈辱である。彼よりも弱い者たちがが出しゃばっていいはずがない。
イギーの行動の意図をすぐに読み取れなかったポルナレフだったがそれでもぱらぱらと砂が降り注ぐ中、不自然できる円形の空洞に見えない敵の軌道を見いだすことができた。居場所さえわかれば回避ことは容易い。近づくクリームの軌道をシルバーチャリオッツが避ける。通り過ぎた敵はすぐさま進む向きを変えてポルナレフに襲いかかるわけでもなく、そのまま直進して壁に大きな穴を開けた。追尾してくるかと思いきやそうでもないらしい。そこでポルナレフは一つの仮説を打ち立てる。クリームの中にいる限り、ヴァニラ・アイスは外の状況を知ることができないと。
ポルナレフの居場所を把握しようとクリームが姿を現し、口を開いた瞬間だった。シルバーチャリオッツの操るレイピアの切っ先がヴァニラ・アイスの口内を舌ごと貫いた。
「やったッ! 命中だッ!」
ようやく姿を見せた敵を逃がすまいと、また少しでも多くダメージを与えようとシルバーチャリオッツはレイピアをねじ込む。舌から脳幹を貫かれたヴァニラ・アイスから血が吹き出る。
「しゃぶれッ! おれの剣をしゃぶれッ! このドグサレがッ!」
それはリタイアしたアヴドゥルの分であり、また命を落とした千里の分でもある。ポルナレフは当然ヴァニラ・アイスを許す気など到底なく、殺害することに躊躇いはなかった。それで千里が戻ってこないことは理解している。気分は妹の仇を討ったときのそれに似ている。
致命傷を受けているにも関わらずヴァニラ・アイスは止まらない。クリームの手がシルバーチャリオッツの首を掴んだ。致命傷を負っているとは思えないほどの力で締め上げる。嫌な音がした。シルバーチャリオッツへのダメージはポルナレフへとフィードバックされるため、彼の首も同時に締め上げられる。
「おれは死なん……苦痛を意に介している暇もない……必ずきさまを仕留めるッ! 必ずイギーを飲み込み、ジョースターどもを殺すッ! わたしが死ぬのはそのあとでいいッ!」
DIOへの忠誠心と執念だけで動いているヴァニラ・アイスの力は凄まじく、力だけでは押し負けるとポルナレフは察した。距離を取ろうにも首を掴まれてしまっている。さらにはシルバーチャリオッツの左手を掴まれ、無理矢理クリームの口内に引き込まれそうになる。口内に広がる暗黒空間に指先でも触れようものなら削り取られてしまうことは明らかだ。しかしレイピアをヴァニラ・アイスの口内に突き刺しており、さらには首と片手を掴まれている状態では一旦距離を取ることも不可能である。
それまで身構えているばかりであったイギーが動いた。ザ・フールの前足がクリームの後頭部を殴り付けたのである。ごきりと音がしてヴァニラ・アイスの口内を貫いたままだったレイピアが折れる。同時にシルバーチャリオッツの首を掴む力が弱まったため、シルバーチャリオッツはクリームの手を振りほどき敵の射程範囲から逃れた。そして再度、短くなってしまったレイピアを構える。そして鋭い一閃でヴァニラ・アイスの眉間を貫いた。