銃に触ることは幾度となくあったが、人を撃つことは当然初めてだ。またその初めての経験を仲間に対して行うことになろうとは花京院も思っていなかった。神頼みで火事場の馬鹿力を望んでみても意味はなく、銃を抜くのは当然のこと、銃口を千里に向けるまでかなり躊躇ったし、また震える指先が安全装置を外して引き金を引くまでにかなりの時間を必要とした。当然のことながら結果は非常にお粗末なものであった。標的にかすりもせずに鉛玉は闇夜の彼方に飛んでいく。無駄玉である。残り五発。
花京院は脳内でスタンドを扱う千里を思い出す。彼女の指先には迷いがなく、また躊躇いもない。体幹がぶれることもなく発砲してみせる。それをイメージしたところで簡単にトレースできれば苦労はない。だがそれを真似をする必要がある。
最後の一発の存在は覚えている。花京院はゆっくりと慎重に鉄槌を上げた。迷信だと、気休めだと言っていた銀の銃弾。これで千里が止まるなら、殺す覚悟はないが黙って見てもいられない。彼女の体が吸血鬼のウイルスに侵されているのならば、もしかしたら銀の殺菌作用による効果が現れるかもしれない。千里はそれを使用せずずっとキープしてきた。最初は御守り代わりでも、どこかの時点で可能性を見出したのだろう。なにせ彼女は無駄なことをほとんどしない。当然無駄な持ち物など持つはずがなく、威力に欠ける銀の銃弾も通常ならば持ち続けるはずかない。だが千里は持ち続けていた。そしてジョセフに渡すはずだったリボルバーにも一発装填している。
千里は旅の間SPW財団の研究資料を読んでいた。少しばかりなら花京院も読んでいる。またカイロでジョセフたちと合流するまでの間に可能な限り目を通した。千里がリボルバーに銀の銃弾を込めた理由、それを知るためには彼女の行動を追って推測するしかない。
それが正しいかどうかわからない。だが花京院は千里が立てたであろう一つの仮説を見出した。石仮面は骨針によって脳の活性化を促し人間を吸血鬼に変える。それがDIOだ。だが彼の部下の吸血鬼は彼の血によって吸血鬼に変化した。吸血鬼のエキスと呼ばれるそれによって感染した。花京院はそこに着目する。吸血鬼化はウイルスもしくは細菌による感染ではないかと。感染し、侵食されることで生態が変化した。それが吸血鬼のエキスによって誕生した吸血鬼ではないかと。
そこに吸血鬼は銀に弱いという伝承を結びつける。銀は古くから未知なる存在への対抗策とされ、また殺菌作用がある。怪物を倒す際に出てくる武器でもある。ゆえに吸血鬼のエキスというウイルスに反応する可能性があった。だが吸血鬼のエキスを攻撃された吸血鬼がどうなるか、花京院もそこまではわからない。しかし覚悟はできていた。千里が承太郎を攻撃したその瞬間に彼は決断せざるを得なかった。
リボルバーに込められた銀弾はシリンダーの六発目だ。ロシアンルーレットのようにシリンダーを回してすぐに撃てるようにできればいいのだが、素人の花京院からすれば容易ではない。ならば素直に五発目まで発砲してしまえばよく、今しがた発砲したのを抜けばあと四発。それだけ撃てばお目当ての銃弾が来る。
「きみは実に自分勝手だ。ぼくたちの気も知らないで、どれだけ諌めたって聞きやしない。自分のスタンドがDIOに通用しないと知ってる癖に勝手に単独で敵陣に乗り込んで、勝手に交戦して、勝手に敵になって――」
一旦口を開けばとめどなく溢れ出す花京院の声は非常に厳しい。傷の残った双眸も険しく千里を睨めつける。アスワンの病院で別れて以来彼の中で数多のものが蟠っては渦巻き、千里に言いたいことも積もりに積もって山ほどあった。もちろん足手まといと言われたことも忘れていない。だがそれを含めで散々に言おうとしていたことはすべて飲み込まざるを得なかった。どうにか退院してカイロで仲間たちと合流してみれば千里がいない。聞けば単騎敵陣に突入したようだと言うし、ポルナレフから死んだと聞かされたと思えば敵としてDIOの前に跪いているし。どれだけ花京院が心配して心を砕いたところで無意味であり、なにもかもが滅茶苦茶だ。
「それに極めて無責任だ。きみはそうやっていつもぼくたちを困らせる。少しくらい振り回されるぼくの気持ちも理解してくれたっていいじゃあないか」
どれだけ花京院が訴えても千里の耳には届かない。耳障りなノイズを一切合切無視した千里が地を蹴る。気をつけろとイギーが吠えた。だが花京院は慌てない。千里の動きは目で追えても人間である花京院よりはるかに早いが、すでに展開されている法皇の結界によりその動きを捕捉できる。DIOのスタンドの正体を見極めるためのときのように半径二十メートルも展開させる必要はない。十メートルもあれば充分だ。結界が小さければそれだけ張り巡らされるセンサーは密になり、目で追えなくてもその居場所は手に取るようにわかる。
急接近する気配に向かって花京院は二発目を発砲した。銃声が響く。今度は先ほどと違って千里の左肩を掠めた。命中した、と表現するには非常にお粗末なものである。今の千里ならば銃弾など避けるのも容易いが、彼女はあえて避けなかった。当初より自身のダメージを気にするどころか肉を切らせて骨を断つ戦法を地でいく彼女は吸血鬼となっても変わらない。多少攻撃を受けても勝手に治癒されてしまうため、避ける必要がなかったとも言える。三発目も同様であった。命中するも効果はない。丸く穴の空いた傷口は内側から治癒していき鉛玉を外へと押し出す。
千里の足がハイエロファントグリーンに向かって振り上げられる。直撃する瞬間プラネット・スマッシャーズが彼女の足先に発現し、それを介してハイエロファントグリーンに蹴りが直撃した。酷く重い一撃に花京院の腕の骨がみしりと悲鳴を上げる。骨折か、もしくはひびが入ったか。骨の髄から膨れ上がるような激痛が彼を襲う。しかし即座に触脚が鞭のようにしなり千里に襲いかかる。だが彼女はその中で至近距離から敵スタンドに向かって発砲した。焼け付くような痛みとともに花京院の腹部から血が噴き出る。肺から押し出された息とともに花京院は呻き声を漏らした。対してそれ以上のダメージが千里の全身に叩き込まれる。
後方へ跳躍して距離をとった彼女に対して花京院は再三引き金を引く。弾丸が千里の頬骨を抉っていくも傷口はすぐに修復され、吹き出した血液だけが残る。残り二発。残弾数を覚えるだけでも精一杯だ。しかも最後の切り札を確実に千里に当てる自信など花京院にはない。だが彼は千里が辿り着いたであろう仮説を踏襲するつもりであったため、そのための策は考えてあった。法皇の結界で動きを把握しつつエメラルドスプラッシュで行動範囲を限定して追い詰める。行動範囲を限定すればするだけ同時に逃げ場も少なくなり、銃弾を当てるチャンスが増す。そうでもしないと当てられないというのはなんとも情けない話であるが花京院は拳銃の扱い方を知識でしか知らないため、形振り構ってなどいられない。
五発目は千里の右耳を吹き飛ばしていった。耳元から噴き出る生温い血にも臆すことなく千里はサブマシンガンを乱射するも再びエメラルドスプラッシュがそれ相殺し、流れ弾が全身に降りかかる。同様にハイエロファントグリーンの体にも無数の銃弾の礫がぶつかり、そのダメージは花京院へとフィードバックされる。激痛とともに全身が悲鳴をあげた。直接的な攻撃ではないためスタンドが受けるそれよりは幾分か軽いかもしれないが、それでも骨の髄まで激痛が走る。口内に鉄の味が広がった。
追い打ちのために新たなマグナムを発現させた千里の体が大きくよろけ、彼女は膝から崩れ落ちた。突然の変化に戸惑う花京院を尻目千里は立ち上がろうとするも、うまくいかない。足に力が入らないのだ。それどころか平衡感覚がおかしい。全身が思うように動かない。それが表面上に現れずとも確かな不調が彼女を襲う。
千里は気が付いていなかった。あまりにも血を失いすぎたのだと理解していなかった。身体の再生に消費した上にDIOに吸血され、明らかに供給が間に合っていないことを失念していた。自身の負傷は顧みずに敵に突っ込んでいく戦闘スタイルだからこその落とし穴である。しかし彼女はそれに気が付いていない。つい先ほどDIOにも似た症状が出ていたにも関わらず、よもや自身の身にも起こっていようなどとは思いもしない。チャンスだとイギーが吠えた。