その道筋をまっすぐにせよ

「千里。明日、あいつらの修行に付き合え」

 当然拒否権などなかった。夕食の片付けの最中にそうメッシーナに告げられ、また面倒なことをと思いながら千里は次の日の午後、ジョセフと対峙していた。午前中にいつもの狂気じみた修行をしていたにしては余力充分な彼を前にして、そのグリーンの瞳が爛々としていることになんとなく理由を察したような気がした。正々堂々と千里をブチのめせるぜ。ジョセフの考えなどすでに見通されている。

「泣いたって知らねーんだからなあ〜?」

 マスクの下でにやける口元。指を鳴らしながら目の前の千里をジョセフは見下ろす。スージーQよりは背が高いと言ってもジョセフからすれば充分に小さい彼女は彼の視線をぼんやりと受け、興味がなさそうに目をそらした。緑色のマフラーが揺れる。こんにゃろー。内心毒づく。どこまでも余裕を失わないどころか視界にジョセフの存在を入れようとしない。興味を持つほどの価値もないわ。そう言われているようで気に食わないのである。ぎゃふんと言わせてやるだとか、絶対に泣かせるだとかの決意も虚しく、そこまで彼女が考えていないことをジョセフは知らない。
 なんでもありで倒れたら負けだと、恐ろしくシンプルなルールをメッシーナが提示する。そしてジョジョに勝てばそのパワーアンクルを外してやってもいいと意味ありげな視線を投げかけられて、暗にスタンドを使えと言われているのだと千里は察した。両手足に負荷をかけられたままでは成長したジョセフに勝つことはできないと分かっていて、あえて彼女を不利な方へと追いやったのだ。陰湿な嫌がらせである。
 彼女の能力がスタンドと呼ばれるものだと知っているのはリサリサのみだが、そこまで知らなくともロギンズとメッシーナは彼女が特殊な力を持っていることだけは知っている。鍛練中彼女は決してそれを使おうとはしなかった。ゆえに興味本位が八割は占めている。波紋使いが相手である上になんでもありの模擬戦なら嫌でも使うだろうとメッシーナは考えた。それをシーザーが聞いていたら勝負自体を止めただろうが、あいにく彼は現在ロギンズに修行をつけられている。
 開始の合図を皮切りに先手を取ったのはもちろんジョセフだ。初めて会ったときの恨みから積りに積もった鬱憤と八つ当たりが原動力となり、彼を動かす。師範代から「なんでもあり」とお許しが出ているのだから尚更だ。さらさら正攻法を取る気などなかったジョセフの手にはお手製のアメリカンクラッカーが握られている。しかしその手は背中の後ろへと回されているため、千里のいるところからでは見えない。奇襲は彼の得意分野だ。

「くらえ! クラッカーヴォレイ!」

 左手を突き出すようにしてジョセフはクラッカーを打ち出した。ワムウのときと同じ戦法である。当たればそのまま鈍器として殴り続ければいいし、仮に避けられたとしても次の手の布石となる。今のところ実力が未知数である千里と対峙するのだからそれなりに考えはいるものの、必ず一度は泣かせると決意しているジョセフに躊躇いはなかった。なにせリサリサの弟子でもないようだが師範代に修行をつけられており、しかしジョセフとシーザーと共に修行をするわけでもない。スージーQと同じく召使いというわけでもないのだ。波紋を使った姿を見たことはなかったが、一般人だとしたら彼女がここに滞在する理由がない。修行をしているのだからやはり波紋使いなのだろうとジョセフは思っている。それまでだって時間は充分にあっただろうにタイミングがなかったせいか、未だにジョセフは彼女が波紋使いではないことを知らない。
 ジョセフが正々堂々と正攻法で来るはずがないと彼女は読んでいた。出会ってからさほど時間が経っていなくとも、壮年の彼を知っているのだから予測するのは容易である。なにせあまり性格が変わっていない。年老いた彼は豊富な経験と年長者らしく責任感やリーダーシップなどは持ち合わせていたが三つ子の魂百までと言うべきなのか、根本的な部分はまったく同じである。
 しかしそこまで読めていてもどのような手段をもって来るのかわからず、ジョセフが手の内を見せて初めて把握する以上、千里が後手に回ってしまうの致し方ないことである。それでも心構えをしているのとしていないとのではかなり違う。ゆえにアメリカンクラッカーを目視した瞬間に千里は動きだす。彼女とてなにもこの島で悠々自適に過ごしてきたわけではない。隻眼であろうともその右目は確かにクラッカーの動きを追っている。そして大人しく攻撃を受けるわけでも避けるわけでもなく、アメリカンクラッカーの軌道から体を反らしつつプラネット・スマッシャーズを発現させ、クラッカーのワイヤーを絡め取る。銃身の長いハンドガンならばワイヤーを絡め取ることもそこまで難しいことではない。
 スタンドを人前で発現させるのは久々のことだ。自身の鍛練では決してスタンドを使わないと決めていたのだからなおさらである。この時代に存在しないハンドガンだがどうせスタンド使い以外には見えないのだし、実際に発砲するわけでもない。だが大人しく丸腰でジョセフの攻撃を受けるつもりもなかった。他人の修行の付き合いでわざわざ自分にハンデを課すほど千里も親切ではない。アメリカンクラッカーを絡みつかせたままスタンドを手離す。
 ジョセフの目にはクラッカーが勝手に予想外の回転をして動きを止めたようにしか見えなかった。一瞬だけ千里がなにかを持っているのが見えたような気がしたが、それを確認する前にクラッカーだけがぶらんと彼の手元から力なく垂れ下がる。彼女がスタンドを消しただけなのだが、当然ジョセフの目には映らない。千里がなにか手品でも使ったのかと怪しむも、そのような様子も種も仕掛けも見当たらない。騙しは自分の専門であるはずなのに逆に手玉に取られたとなれば彼の矜持が黙っていない。すぐに次の手段に打って出た。