人はうわべを見るが、主は心を見る

 リサリサは千里を柱の男たちとの戦いに巻き込むつもりはなかった。波紋の使えない少女ではまったく戦力にならないからだ。それでもDIOを倒すために戦い続けていると聞き、かつての自身の姿と重ね合わせてしまったことは否定できない。思春期を波紋の修行に捧げた彼女にとって千里はまったくの赤の他人とは思えなかったのである。波紋の才能はなくとも戦闘の才能はある。完成しきっていない体術にはまだまだ可能性を秘めていた。
 リサリサと千里、二人の人生に多大なる影響を及ぼした男。その存在がなければリサリサも千里を島に留めてはおかなかっただろう。すぐにSPW財団に引き渡さなかったのも、財団創設者の男もまた件の吸血鬼と並々ならぬ因縁を持っているからである。一般職員が処理しきれる問題ではない。ゆえにリサリサは千里とスピードワゴンを引き合わせるまでは責任を持って預かる気でいる。そう遠くないであろう柱の男たちとの戦いを控えながらも千里の修行に付き合うのも、彼女が吸血鬼と少しでも対等に渡り合える程度には強くしたいと思ったからだ。なにせ千里は波紋が使えない。なにか目に見えない力を持ってはいるようだが吸血鬼に有効な力ではない様子だった。簡単に説明は受けていたがリサリサにはぼんやりとしかそれが見えなかった。

「どうですか、修行の方は」

 船の上からでも肉眼で歩き行く人々が見えるほどにヴェネツィアに近付いたころ、リサリサは船縁で遠くを見つめる少女に声をかけた。そう口数多くない彼女は 視線の向ける先をリサリサに変える。明確に師弟関係を結んだわけではないが、それでも厄介になっている自覚はあった。敬意を表すべき相手くらいは千里でもわかる。

「理屈を理解しても対策が見つからない、と言ったところです」

 淡々としたアルトボイス。感情に現れていなくても非常に努力しているのだとリサリサは知っている。修行の仔細は師範代たちから聞いていた。理屈は教えていなくても、身体の先端から放った波紋の方が強いと千里はすぐに理解したという。ゆえに拳も蹴りもすべて受け流すか掻い潜って懐に入って反撃するか、数少ない攻撃手段で師範代に立ち向かうも、やはり彼らからすれば千里はただの一般人、まともに相手をしていないようだ。

「道具を使うことは許可しているはず。なぜ使わないのです」
「−−最後に頼れるのは自分自身だからです」

 波紋の戦士にスタンドが通用するか千里にはわからない。しかし銃で人を撃てばどうなるかは知っている。使えば修行にならないと理解していた。ならば荒療治でも中途半端となっている自身の体術を重点的に訓練した方が効率がいいに決まっている。射撃の練習ならば毎晩ひっそりと近くの島で行っている。

「千里。あなたにはまだわたくしの使命を話していなかったわね」

 本当はなにも知らないままがよかったのかもしれないが状況が変わってしまったとなれば話さねばなるまい。スピードワゴンから連絡を受け、彼女はこれからジョセフとシーザーを迎えにいく。三十日で二人を柱の男を倒せるほどの戦士に鍛え上げねばならない。つまり時間がない。DIOの件についてはこのことが終わってからになってしまうだろう。それだけ急を要することなのである。三十日で千里も使い物になりそうなら戦力に加わって欲しいとリサリサは思っている。
 リサリサの口から告げられる話を千里は眉一つ動かさずにじっと聞いていた。資料で読んだ柱の男、エイジャの赤石。彼らが何物で赤石がなんなのかすでに彼女は知っている。ゆえになんとも面倒な時期に飛ばされてしまったとも思った。どう足掻いても彼女に平穏な時期は訪れないらしい。
 だが一方でこれはチャンスだとも千里は思った。柱の男たちの配下は吸血鬼で構成されている。SPW財団の資料ではそれらがスタンド使いだとは書いていなかった。つまりプラネット・スマッシャーズがただの吸血鬼に通用するか試すことができる。DIOとのファーストコンタクトで見せつけられたあの力がスタンドが否かを見極めることができる。

「あなたにはあの吸血鬼の情報をとある人物に伝えるまで生きねばならない。だが誰もあなたを守る余裕はない……わかりますね」

 リサリサが言わんとしていることを千里は理解した。誰も他人を守る余裕などない。自分の身は自分で守れ。そういうことだ。
 だが、と桟橋に横付けられた船から降りながら千里は考える。読んだ資料は歴史書ではないため、これからの流れはまったくわからない。結果的に柱の男たちは敗北するその結果と、シーザーが死ぬその事実だけは知っている。彼を見殺しにすべきか否か。海底に眠るDIOを仕留めるつもりでいる時点で歴史に介入する気でいる彼女にとってシーザーの死を食い止めることは可能だ。
 シーザーを見殺しにしたくないとは思っていない。そこまで千里は彼に対して思い入れもしていないし、なんの感慨もないからだ。だが脳裏にちらつく祖父の横顔。この先、柱の男との戦いでシーザーが死ぬならば、すでに千里の祖父とは知り合っていることになる。短い人生で初めて尊敬した祖父にあのような寂しそうな表情をさせるのは寝覚めが悪い。

「それじゃあ二時間後、船着場で」

 桟橋で二人は別れた。千里にはスージーQから頼まれた買い物をしなければならないという任務があるため、そこで一旦考えることをやめた。