あなたたちは世の光である

 千里はリサリサが波紋を使っているところを見たことがなかった。なにかを媒体にして波紋を使う場面など、シーザーのシャボン玉くらいだけだ。師範代たちだって足や拳に波紋をまとうくらいだった。
 舟のオールを水柱で支え、鉄棒のように利用し回転して男にマスクをつけるリサリサのそのしなやかで流れるような動作を見た千里は思わず感心してしまった。波紋を応用すればあのようなことができるのかと思いつつ、もしかしたらスタンドに匹敵するほどの力なのではないかと考える。精神力を具現化したスタンドより生命エネルギーそのものである波紋の方が強いのかもしれないと。
 それまで彼らに気付かれない場所からそれを眺めていた千里だったが、リサリサに呼ばれて彼らの前に姿を現す。相変わらずの無表情で大きな紙袋を抱えた千里の登場に当然シーザーは驚いた。

「千里! きみも来ていたのか!?」

 そして近付き、顔の下半分を緑色のマフラーに埋めた彼女の手から荷物を取る。なにも思わせない瞳がシーザーを見上げる。実に数日ぶりの再会だ。ローマでなにか土産を買ってこようと彼は画策していたのだが、柱の男たちとの遭遇によりすっかり忘れていたことを今更ながらに思い出す。そんな後ろめたさもあって荷物を取ったのだと口が裂けても言えやしない。

「誰だァ? その女」

 ジョセフは疑わしげに千里の顔を覗き込むが、まったく意に介さない彼女はその存在すらも意識に入れていないのか、完全にスルーである。では行きましょう、とのリサリサの声かけを聞いて、ジョセフを一瞥すらせずに桟橋に向かって歩き出す。

「なんだァ、あのムッツリ女。すました顔しちゃってよォ……あなたなんかと話す気なんてありません、ってかあ〜?」
「やめろジョジョ。彼女につっかかるな」
「どうせあいつも波紋が使えるんだろ? どんだけの実力かこのおれが試してやるぜ」

 シーザーが静止するよりも早く、ジョセフは足音を立てずにそっと千里の背後に近寄った。ジョセフよりもはるかに小さい背中は彼の気配に気付いていないのか近付いても反応はない。ジョセフはマスクのせいで普段より不安定ながらも右の拳に波紋をまとわせ、千里めがけて殴りかかった。しかし拳が頭部に直撃するよりも先に千里は身を屈め、体を反転させる。頭上を拳が通り過ぎたことでジョセフの懐にやすやすと入り込む形となったその瞬間を彼女は見逃さない。掌底を突き上げ、彼の喉元に押し込んだ。波紋の技術は呼吸法である。呼吸を乱せば波紋は弱まる。それが矯正マスクをつけているジョセフならなおさらだ。一瞬にして呼吸が乱れ、息が詰まる。その一瞬を狙わない千里ではない。それまでの修行から大柄な男に対しての立ち回り方を心得ていた彼女はジョセフの襟首を掴み、最小限の動作で彼を地面に転がした。重心の位置をずらせば千里程度でもジョセフのような大柄な男を転倒させることはできる。
 視界の端で揺れる緑、ひっくり返った天地。背中に広がる痛みを感じてようやくジョセフは自身になにが起こったのかを理解した。

「ッてて……ますますムカつく女だぜ。波紋も使う気がねえってか」
「ジョジョ、今のはおまえが悪い」

 ジョセフは一つ大きな勘違いをしている。千里はリサリサに付き従う女だから波紋を使えて当然と思い込んでしまっている。そして波紋を使わずにジョセフを転倒させたことで彼は屈辱を覚える。しかも千里はすでに彼を見ていなかった。転んだジョセフに対して冷ややかな一瞥すらよこさなかったのである。まったくの無関心を貫かれれば当然ジョセフのプライドを刺激する結果となる。

「あの女、ぜーったい泣かしてやるからな!」

 憤るジョセフは自身の危機を理解しているのか。そう思いながらシーザーは溜息を吐くのだが、同時にジョセフが千里に突っかかることを心配する。彼女は馴れ合いよりも己の修行を望む。詳しいことをなにも聞かされていないためにシーザーは蚊帳の外であるが、一心不乱に強さを求める千里の姿に不安を抱いていた。リサリサの凛とした揺るぎない強さとはまた違う。気のせいだろうが死に場所を求めているようにも見えなくはない。
 シーザーは荷物を抱えて女性陣を追いかける。その後ろでジョセフが喚いていたが、彼にとって優先すべきは常に女性だ。