ロマンスを紡ぐ六等星
 娘だと紹介された少女は確かに彼らの子供だと千里は思った。花京院とまどかを足して二で割ったような、なんて表現が正しいのかは分からないが、遺伝子的には間違いなく足して二で割っているはずだ。父親と母親の面影を重ねる少女に対しての感想は未だに変わらない。彼女が生まれてからずっと。
 それに今さらだが花京院とまどか、なんて表現は誤りなのかもしれない。彼女はもう舞原まどかではない。今の名前は花京院まどか。正確には典明とまどかと言わなければいけないのかもしれないが、千里にそれを改める気はなかった。そもそも名前を呼ぶことなど滅多にないために不便はない、というだけなのだが。
 父母にしっかりと似ている、それは承太郎の娘も同様だ。やはり父親と母親の双方に似ている。どちらかというと父親寄りらしい。千里からしてみれば母親の血もしっかりと引き継いでいるように見えるのだが。今日は所用でいない彼の細君の顔を思い出しながら二組の親子を見比べる。
 なんともまあ随分と丸くなったものだ。結婚し、人の親になるなんて。あの頃の、命懸けの旅からはまったく想像もつかない姿である。

「こうして皆が集まるのも久しぶりだね」 

 庭先で娘たちがイギーで遊ぶ姿を眺め、まどかは思わず口元を綻ばせる。花京院家に集まった同世代の男女四人。かつての旅の仲間たちは揃って大人になった。あの頃よりも落ち着きが増した。子を成し、親になった。命をかけることもない平凡な日常。それは非常に恵まれたものだ。

「千里は忙しいからね。昨日出張から帰ってきたと聞いたよ」

 花京院がちらりと目を向けてみるも、涼しげな横顔は相変わらずなにを考えているのか分からない。その視線の先に子供たちがいることだけは分かったが。
 ティーカップや手作りの菓子が並ぶ中、真っ白な皿に並べられた焼き菓子をまどかが摘まむ。寡黙な彼女が出張先から土産にと買ってきたものだ。忙しいとわかっていたから駄目元で声をかけて。それに合わせて出張から帰ってきてくれたどころか律儀に手土産まで持ってきた友人に思わず頬が弛緩する。

「イタリア……だったけ、出張してたの」
「ポルナレフが言ってたぜ。そこらの生半可なギャングよりよっぽどギャングらしいってな」
「――成り行きだ」

 酷くつまらなそうに千里が呟く。彼女だけが唯一結婚しておらず、そして仲間内ではもっとも戦いと近い場所に身を置いていた。そもそも結婚どころか恋愛自体に興味がないのかもしれないと仲間内では結論が出ているのだから気にするものは誰もいない。
 ぐったりとしたイギーが逃げるように千里の足元に戻ってきた。成犬を過ぎた犬にとって子供たちにもみくちゃにされるのはやはり大変なことだ。誰よりも小さな体躯のくせに誰よりもプライドが高く、認めた相手に対してはどこまでも義理堅かった孤高の猛犬も今は昔、その面影は今や鳴りを潜めていた。今の住処、財団の手厚い保護に対してそれなりに満足しているようである。
 そんな彼に花京院が包装紙を取ったコーヒーガムを投げてやる。好物を前にしても飛び付く元気すら残っていなかったのか、イギーはのろのろと座り込んでコーヒーガムを口にくわえた。

「イギーもお疲れ様」

 まどかが撫でてやっても抵抗しない。すでには抵抗する元気も失われてしまっているようだった。緩慢にガムを噛む。それだけ老いたとも言える。彼もまた、あのころから大分年を取ったのだから。
 遊び相手が自身の親の元へ逃げてしまったために、二人の娘も室内に戻ってくる。二人の少女はまるで姉妹のように仲良く並んで椅子に座った。そして皿の上の色とりどりの菓子に目を輝かせる。子供にとってお菓子は常に宝石以上の価値を持つ。白い帽子の下で承太郎が小さく笑みをこぼした。誰よりも柔らかくなったのは彼かもしれない。思っても誰も口にはしない。

「ねえ、ポルナレフは元気だった?」
「変わらずだ。今度子供を連れて遊びにこいと言っていた」
「みんなでイタリア旅行なんて素敵ね。ジョセフさんとアヴドゥルさんも誘って、みんなで行くの」

 妻が同意を求めれば夫が頷く。そして亀の中に魂だけをこの世に留めているフランス人を思い出し、夫婦は顔を見合わせて微笑んだ。きっとその旅行も彼らが主体となって動くのだろう。何年経っても変わらないものもたくさんある。

「行くならもちろんプライベートだ。ギャングなんて存在は子供たちの教育上非常によろしくないからね」
「典明たちイタリアに行くの?」

 焼き菓子を頬張りながら承太郎の娘が父親を見上げた。自分も行きたいと訴える瞳はしっかり承太郎の血を受け継いでいる。天真爛漫なお姫様の問いかけに承太郎が答える前に花京院が彼女に微笑んだ。

「徐倫も一緒だ。みんなでポルナレフおじさんに会いに行こう」
「おい」
「当然、承太郎も行くだろう?」

 当たり前じゃあないか。行く気がないなんて言わせないぞ。大小二種類の視線を受けて承太郎はいつもの口癖を呟いた。徐倫を味方につけたときの花京院は強い。なぜなら彼は承太郎が娘に甘いことを知っているからだ。

「イギーも?」
「もちろん。イギーも一緒」

 やや不安げにすがるような双眸の娘の頭をまどかは撫で、微笑みかける。娘たちお気に入りの老犬が小さく鼻を鳴らした。まったく世話が焼けるぜ。そう言っているようだ。
 この生ぬるい、湯冷めしそうなほどにぬるい空気を前にして千里は静かにティーカップを傾けた。この雰囲気を前にして落ち着くと言えば嘘になる。自分の持っていないものを羨む気はなかったが、やはり自分の持っていないものだから慣れそうにない。
 近くにいるくせにいつも一歩離れて第三者を気取る千里の態度が承太郎の目についた。承太郎は知っている。あの頃よりも距離が近くなったとはいえ、彼女は常に一歩引いていると。しかしそれがいつまでも通用するはずがないとも知っていた。なぜなら最大にして最強の敵は目の前の夫婦だからだ。花京院夫妻。敵に回すには厄介な相手である。

「楽しみだね、千里」

 きっとまどかは無意識なのだろう。ただ純粋にポルナレフに会いに行くことも、かつての旅の仲間たちや自身の子供とイタリアへ旅行に行くことも楽しみにしているのだろう。当然そこには千里が含まれている。千里がどう思っていようとも、まどかにとっては大切なかつての旅の仲間であり、大切な友人の一人なのだから。そしてそれに対して千里は諦めることを覚えていた。悪意がないほど厄介なものもないと知っているためだ。