間違いだらけの呼吸をしていた
 スタンドが使えないというその圧倒的に不利な中、それでも変わらず戦えるのは承太郎と千里くらいのものだ。そもそも花京院は喧嘩慣れしていないし、まどかに至っては論外である。
 オフェンスとディフェンスに分かれるとしたら戦闘員と非戦闘員でペアを組むのが妥当であり、また単純に人間として力の強い承太郎がオフェンスになるのも当然である。ならばパートナーは彼についていける花京院になるだろうし、自然まどかは千里と共にディフェンス側だ。
 本物の銃一丁では歩が悪いと千里はどこかから調達してきたダガーナイフを二本、逆手に構える。どちらかと言えば刃物は不得手であったが贅沢は言っていられない。苦手と言っても素人ではないから、それなりに使いこなして敵の首を掻き切る。彼女の任務は至ってシンプルだ。承太郎と花京院が敵本体を倒すまでひたすらまどかを守るだけ。敵はアンデッド。どういう能力か幻覚か、殺しても殺してもきりがない。だが彼女に躊躇いはない。

「千里、」
「出てくるな」

 邪魔だと言われたような気がして、まどかの胸の奥が締め付けられる。なにもできない無力さに歯噛みしたところで無駄だった。それを余所に革靴の踵がアンデッドの脳天に叩き付けられた。嫌な音がして首が変な方向に折れ曲がる。その拍子に頭皮の皮が剥がれたのか踵に無数の髪の毛がこびりつくも千里は止まらない。頭を割ろうが眼球を潰そうが、彼女にとって大したことではなかった。
 息一つ乱す様子のない千里の暴力は一方的だ。承太郎どころか花京院よりも筋肉はないくせに、しなやかに動く手足は確実に一発一発を敵に打ち込んでいく。どれだけ牙を向けられようともお構い無しだ。

「……ねえ」

 しかし言い澱む。まどかに敵を直視する勇気はなかった。なるべく見ないようにするのが精一杯。千里の動きを目で追うことができない。
 スタンドが使えたところできっと戦力にはなれないだろう。仲間を守るためならまどかとて非情になることは多々あったが、今回の敵はその見た目が少々厄介だった。人の心の奥底を抉るような。

「見たくなければ見るな。耳も塞いでいろ」

 散々敵を屠っても、数は減るどころか増える一方だ。まどかの近くに戻ってきた千里が呟き、血脂を吸って切れ味の悪くなったナイフを一振り、血糊を払う。そして近付く敵の眉間目掛けて投擲した。二本のダガーナイフを失えば、廃材を探し出して構える。鉄パイプを下段に構えるその姿も堂に入っていた。
 アンデッドの腐った血で濡れた千里の姿は現実なのだろうか。もしかしたら幻覚なのかもしれない。もうまどかにはそれがなんであるかすらも分からない。一方的な蹂躙。一方的な虐殺。アンデッドを再度地獄に叩き落とす少女はまさに死神だ。

「千里にはなにに見えているの……?」

 本当は聞きたくなかった。しかし聞いてしまう。なぜならまどかにはそれらが自身の両親に見えていたからだ。遠い昔に亡くした大切な人たちの顔をしている。敵だと分かっていてもそれを次々殺される様子は見るに耐えない。だから必死に自分に言い聞かせる。これは敵スタンドが見せる幻なのだと。
 きっと千里も似たようなものを見ているはずだと彼女は思う。相手の心の奥底から引っ張り出したそれらを模写して対峙させる。卑怯な手口だと頭で理解できてもまどかは行動に移れなかった。仲間のために非情になれても、目の前の敵の顔は。断末魔から逃れるために耳を塞ぐ。

「知らない方がいい」

 敵の懐に飛び込む直前に残された呟きは小さい。その横顔はどこか青ざめて見え、またなにかに耐えているようでもあった。だが鉄パイプの動きに迷いはない。躊躇いもなかった。敵の顔は見えているはすだ。断末魔だって聞こえているはずなのに、彼女は止まらない。ただ敵を倒すだけの人形だ。

「千里!」
「見るな」

 鉄パイプを振り回す千里の表情は酷く硬い。またアンデッドの頭部が陥没する嫌な音が響く。
 それから承太郎と花京院が敵のスタンド使いを倒すまでさほど時間を必要としなかったが彼らと合流した時、ようやく現実が戻ってきたとまどかは思った。その横で真っ赤に染まった千里は茫洋とした瞳でどこかを見ているばかりだ。