sleep or sleep

これの続き。


「チャンピオンレイコ、熱愛か!?お相手はあの人」

という見出しが液晶の右上に出ていたので、父としては見過ごせなかった。

私はニートの娘を持つ悲しい父親である。しがないポケモン研究員だが、このたび娘のレイコがガラル地方のチャンピオンになって、何やらいつになくスター扱いをされているみたいだから、わざわざガラルの番組が映る配信サービスと契約をした。

無職とはいえ大事な娘…海外で健やかに過ごしているかどうか、親としては気になるものである。あと研究の手伝いをサボってないか確認できてそれもよかった。このまま脱ニートしてくれりゃいいんだけど…と希望を抱きつつ、作業用BGMとしてニュースを流していたら、突然熱愛なんて単語が出てきて衝撃を受けるはめになった。何故ならレイコは、熱愛などとは無縁の冷め切った無職だからである。

どういうこと?早速芸能人の洗礼を受けてしまったのか?
有名になれば何かと露呈していくものだが、してもいない恋愛が暴かれる意味がわからず、そしてレイコが恋愛とは縁がないという事実を親が感じている事にも悲しみを覚えた。ニート以外の情熱を知らない哀れな娘に、目頭が熱くなってくる。

熱愛よりはまだ反社との繋がりとかの方が有り得そうだが…と娘への信頼ゼロでテレビを見ていると、どうやら今朝何かがあったみたいだ。シュートシティの映像が映し出され、その横にレイコとネズさんの写真が貼り付けられている。謎の取り合わせに、仕事の手を止め二度見した。

…え?
熱愛の相手って、まさかのネズさんなの?

私はテレビにかじりつき、やたら焦らす報道に地団駄を踏みながら、想定外の展開に衝撃を隠せない。

えー!?マジで?意外〜。ネズさんってあれでしょ、この前までジムリーダーだった超有名歌手の人でしょ?確か母さんがCDを持ってた。
ポケモンも強いし歌も上手い、しかし見た目がすごいあのネズ?アンコールはないあのネズか?さすがに恋愛相手を選ぶ権利はアンコールした方がいいと思うぞ。そいつニートだからな。

何故噂になっているのか定かではないが、菊池桃子の結婚相手を見た時の、あっこういう相手を選ぶんだ…感を彷彿とさせる二人に、私は戸惑った。経産省ならまだ良いが、無職の女とフライデーされるなんて、ネズさん的にはあんまりだろう。
可哀想に…と同情しながらテレビに釘付けになっていると、全てはヒーローインタビューがきっかけだったらしい。

今朝、シュートシティの観覧車上空で、アーマーガア同士の抗争が勃発したようで、たまたまトーナメント帰りに駄弁っていたレイコとネズさんが対応したと報じていた。
激しい戦いに観覧車は巻き添えを喰らい、車体を大きく揺らしながら、乗客たちが怯える中、レイコのルカリオが颯爽と駆けつけ、アーマーガアを容赦なく蹴り付けた。その横でネズさんのズルズキンがもう一体を仕留め、下に待機していたカビゴンが二匹をキャッチし終了という、なんとも華麗な解決劇であった。さすがチャンピオンと元ジムリーダーと言わざるを得ない神業に、手前味噌ながら鼻が高い。

めっちゃ真面目にチャンピオンらしいことやってんじゃん。レイコのくせにやるな。
こんなに持て囃されて担がれちゃったら、もう元のニート生活には戻れないんじゃないの?地位と名声を手に入れたら人は変わるというのがこの世の常である。いかに性根の腐ったクソニートといえど、輝かしいスター生活に慣れてしまえば、無職になりたいなんて言わなくなるのでは…と期待をした。

もし本当にガラルで変わったんなら、熱愛報道が出てもおかしくはないのかもしれない。あの鈍感夢主がそう簡単に治るとは思えないけど、バンドマンに迫られたらさすがにクラっと来るかもね。しかもバンドマンは何故か陰気なほどモテるらしいし、アングラ同士で気が合った可能性もある。
娘の恋愛事情を推察するという薄気味悪いことをさせられた私は、映像が事件後のインタビューに切り替わったのを見て、再びテレビに集中した。
ポケモンセンターの外で、レイコとネズさんが無数のマイクに囲まれている。二人並ぶと画面が暗くて失笑した。
いや陰キャすぎでしょ。特に帰りたそうな顔を隠す事なく晒しているレイコのやばさがすごい。露骨か。

早く帰ってリングフィットアドベンチャーの続きやりてぇ…的に虚な表情をしているレイコの横で、ネズさんもわりと帰りたいらしく、この状況を迷惑がっている発言を繰り出した。

「…君といるとこうなるから厄介なんですよ」
「いや逆にネズさんのせいってことないですか?私の方が巻き込まれているのでは?」
「まさか!」

レイコの反論に、心外だという顔をして、彼は首を振った。確かに絶対レイコの主人公属性のせいだと思うから、言いがかりでしかないだろう。
一歩外に出れば知り合いに会い、何かしらのフラグを立てて帰ってくるレイコである。事件を起こす事に関してはプロ中のプロであった。
ということはネズさんとの熱愛報道もそういう類かもな。誤解を招く発言をしてフラグを立ててしまっただけなんじゃない?今のところそれっぽい雰囲気はないし、軽口を叩けるくらいには仲良しってだけみたい。

そんな事を考えている時に、プライベートでも会ってるような口振りでネズさんが喋るものだから、普通に仲いいんだな…と父は娘の交友関係が良好な事に安堵した。友達いないクソニートだと目も当てられないからだ。

「この前も吹雪に遭うし…」

その言葉に、レイコは突然黙って、何ともバツが悪そうな顔を向けた。気まずいとか申し訳ないとか思っている時は大体こういう顔をする。きっと主人公属性を炸裂させて、ついに天候まで動かしてしまったんだろう。
もはや主人公属性なんて言葉で片付けていい問題とは思えないが、次に訪れた展開で、属性や天気など一瞬でどうでもよくなってしまう。

「寝てる時まで落ち着きがないとは思いませんでした」
「ちょっと!」

呆れた表情で呟いたネズさんに、レイコは思い切りツッコミを入れた。裏拳で肩を叩き、天下の元ジムリーダーに向かって堂々と暴行を働いたクソニートは、何故か羞恥の声色で抗議する。

「今そんな話しないでくださいよ…!デリカシーの概念消えた!?」

キレ気味のレイコが何の話をしているのかわからず、私はテレビをただ呆然と眺めていた。誰もお前にデリカシーとか言われたくないだろ…と思う父とは裏腹に、ネズさんはハッとした様子で、己の失言に気付いたみたいに報道陣から目を逸らす。レイコも頭を抱えながら、この世の終わりだわ…的な表情をしていた。

何を二人で焦ってるんだろう。情緒不安カップルかな?
確かにバンドマンはメンヘラを製造しがちと聞くが…と首を捻り、しかし、意味がわかっていないのは私だけだったようで、報道陣は何かを察し、しっかりとざわついていた。そしてマイクをかざすと、意味深な発言をすぐに聞き返す。

「寝てる時…とは?」

その言葉で、私もハッとした。ここでやっと熱愛報道のフラグが回収されたからである。

そ、そうか!そういう事だったのか!
思わず作画が青山剛昌になってしまった私は、想像よりハードなフラグに衝撃を受ける。
どうせレイコだし、熱愛なんて有り得ないな…と決めつけていたものだが、まさかのまさかが来たかもしれないとテレビを強く掴んだ。

ね、寝てる時って?寝てる時ってどういうこと!?

私は想像した。寝姿を見るシチュエーション第一位は、同じ部屋で寝泊りする、で間違いないだろう。
他には、突然気絶する、毒林檎を食べて仮死状態になる、糸車の紡錘が指に刺さって死ぬ、などがあるけど、さすがのレイコもそんな非日常的な状況に陥るわけがないので、現実的に一つ屋根の下で一晩過ごしたと考えるのが正解だろう。

つまりネズさんと最低でも一泊したってこと!?どこで!?いつ!?なんで!?何の革命が起きちゃったの!?

確かにレイコは、もう親の手を離れて暮らしていける年齢だ。ていうかマジで離れてくれよ。もう齧る脛もなくなりそうだよ。
そんな妙齢の娘なので、恋人の一人や二人や十人や二十人いたっておかしくないだろうけど、でもやっぱり思うじゃん!?ニートだしな…って!無職の駄目人間が他人とよろしくやっていけるわけないよなって思うじゃんか!実際そうだし!どんなアプローチも鈍感夢主でかわしてきたし!

それがようやく…お前の人生変わり始めたの?
私は娘の心変わりが信じられず、開いた口が塞がらなかった。だからってなんでバンドマン選ぶんだよって感じ。もっと父さんの研究に必要な太いパイプ持ってそうな奴にしてよ。そしたら心の底から祝福したってのに…。このクズ親にしてこのクズ娘ありという感じであった。

まぁお前が真実の愛を見つけたってんなら嬉しいんだけどね…。私はレイコが人間として成長している事を喜び、しかしどうにも液晶の向こうで様子がおかしい姿を見せる娘に、いまだ疑惑は渦巻いていた。そしてそれを確信に変える会話が、レイコとネズとマスコミの三者によって繰り広げられる。

「それくらい親しいご関係という事なんですかね?」
「いや…そうじゃないから恥じてるんですけど…」
「君ちょっと黙っててもらえますか」

問題発言をするレイコに、今度はネズさんが裏拳を繰り出して制した。さらにどよめく報道陣のおかげで、段々と子供には見せられない状況に陥っていく。もちろん親にも見せてほしくないが。どういう感情を抱いたらいいんだよ。

私はこの瞬間、恐らく人生で最も苦悩した。どう受け止めたらいいかわからなかったからだ。

ちょっと待ってよ…親しくないのに寝姿を知ってるって…どういうこと?
まさか…ワンナイトラブなの…?

この時のショックといったら、レイコがニートになると言い出したとき以上のものがあった。働かないクズに育てた覚えはあっても、ケジメのない生き方をする子に育てた覚えはないからだ。

やだーもう!信じてたのに!マジなの!?本当に!?朝までUNOやって寝落ちしたとかいうオチじゃなくて!?これがニアミスな事にこの時の父は気付くはずもなかった。

清純派と思っていた娘が、とんだバンドマンに引っかかってしまった事に、私は膝をついて落胆した。
ニート入り前の娘に何をしてくれてんだ哀愁のネズ!いや一夜限りのネズ!大人として最低限度の文化的なやり取りくらいしてもらわないと困るんですけどねぇ!?これだからバンドマンは常識がなくて嫌なんだよ!それ以上に常識知らずはレイコ!お前だよ!

私はバンドマンへの強い偏見で憤慨しながら、喜怒哀楽の入り乱れる情緒に混乱していた。何だかんだとレイコは、自分を安売りしない人間だと思っていたからだ。
ニートが高嶺の花気取ってんじゃねーよって感じだったけど、でもそんな誠意のないことはやめてくれない?父さんの沽券にも関わるしさぁ。さらにバンドマンだし!娘の彼氏バンドマンとか言いづれぇよ!しかも彼氏でもなさそうっていうね。地獄。この世は修羅。令和最大のテンサゲですわ。
紅蘭を娘に持った草刈正雄ってこんな気持ち?と勝手に同調し、ショックを隠せずにいると、何やらまたしても事情が変わりそうな発言が飛び交って、感情の起伏がとんでもないことになっていく。

呆れ顔のネズさんが、平静と動揺の間で、はっきりと事実無根を主張した。

「彼女が疲れて寝てるところに遭遇しただけなので」
「言わないでくださいよ!」
「言わないと誤解されるでしょ!」
「何を!?」

あ、これは何もないな。
いつもの鈍感夢主だったわ。

無、を感じさせる二人のやり取りに、私は落ち着きを取り戻した。冷ややかな視線でテレビを見つめ、ネズさんも所詮レイコの被害者である事を知り、常識知らずと罵った事を心の底から謝罪した。

本当に申し訳ない。すまんどころの話じゃないね。この状況でただ一人何も理解していないレイコに、父親として情けなさがピークに達した。何故ワンナイトワンチャンを想像してしまったんだろう…絶対ないと今ならわかるのに…レイコもガラルで少しはマシになったと期待した私が愚かだったよ。

きっとネズさんは、本当にレイコが爆睡してる現場に居合わせただけなんだろうな。そしてレイコは、人前で爆睡ニートの姿を見せた事を恥じて、その事を人に知られたくないと感じているに違いない。
あれで世間体を気にするタイプである。客人を前にして寝落ちするなどという無礼をかました事がガラル中に報道されるのを、レイコは嫌がっているんだ。でもそんなこと誰も気にしてねぇから。それ以上にやばい誤解を生んでるからね、お前の意味深な反応で。

レイコが鈍感夢主なせいでネズさんに大変なご迷惑をおかけしている…とハラハラしながらテレビを見つめ、いまだにマスコミが沸いている理由を理解していないレイコは、何でバラすんですか?何が誤解なんですか?二位じゃ駄目なんでしょうか?と蓮舫のようにネズさんに詰め寄っていた。
二位じゃ駄目でしょ…と思いながら見守っていると、察しの悪いレイコにもどかしさを感じた様子で、ネズさんはニートに詰め寄り返す。

「だから、俺とお前が…」

そこまで言って、ネズさんは黙った。レイコの何も考えてなさそうな顔を見て、話す気も失せたのかもしれない。

わかるよ、この鈍感クソ女に懇々と説明する虚しさと気恥ずかしさ…まるで自分が不届きな事を考えているような気持ちになり、理不尽に頭を痛める…そういうところあるよね。何故何も悪くない自分がこんな思いをしなきゃならないんだ?そう感じたに違いない。かわいそうにネズさん…ニートと熱愛報道の上に一夜の過ちを疑われるなんて…人生の汚点だろうな。

報道陣も何かが狂っていると気付いたのか、もはや抽象的な質問をやめ、単刀直入に切り込んでいく。マイクを向けられた二人は、それぞれ異なる反応をしていた。

「お付き合いされてるわけではないんですか?」

記者の露骨なインタビューに、ネズさんは呆れ気味に首を振った。もちろん横にだ。この鈍感クソ女と何かあるわけないでしょ、そう言いたげな瞳がかなり説得力を帯びている。
その横でレイコは、何言ってんだこいつ的に眉をひそめて宙を見ていた。やめろその顔。何言ってんだはこっちの台詞なんだよ。

レイコが混乱している間に、トップアーティストとしてこういう誤解は困ると思ったのか、ネズさんは畳み掛けるようレイコとは無関係であることをアッピールした。しかし誠実さを忘れない態度に、バンドマンのわりにはいい奴じゃねーかと偏見を改める父であった。

「レイコは友人で…良きライバルだと思ってますよ、俺はね」

真面目なアンサーに感動する私とは裏腹に、レイコはマジ?みたいな顔をして半口を開けていた。さっきから品行方正とは程遠い反応ばかりしている娘に頭を抱え、頼むからカメラ映りを考えて…と懇願する他ない。
お前みたいな奴を友人と言ってくれてんだぞ、もっと嬉しそうな顔しろや。恋人といる時の雪って特別な気分になれて好きですと言われた彼女みたいな顔とかいろいろあるだろ。

そうやってぼーっとするレイコに、マスコミはコメントを求め、お願いだから語彙力のないその女に話を振らないでくれと思うばかりである。低学歴が露呈しちゃう!

「今のお言葉を聞いてどうですか?」

するとレイコは驚きと照れを交えた表情を浮かべ、ネズとカメラを交互に見ながら、やっぱり語彙のない感想を述べるのである。

「ネズさんがそんなこと言うとは思わなかったので…びっくりですね…光栄っていうか…」

友達の少ないニートである、トップアーティストに友人と言われて嬉しかったのかもしれない。しばらくニヤついたあと、何か思い至ることがあったのか、レイコは顎に手を当てて、考える素振りを見せた。どうにも嫌な予感がし、固唾を飲んで見守っていると、ネズさんをじっと見て真面目な顔をする。
そして、やっと解けかけた誤解を台無しにする発言をし、私とネズさんの気を遠くさせるのであった。

「…友人なら別に寝ても良かったのかな?」
「おい!」

またしても誤解を招く言葉を紡いだレイコに、ネズさんはいよいよ裏拳ではなく真の拳でニートの肩をド突いた。哀れすぎてとても見ていられなかった。

「言い方!」
「は?」

は?じゃねぇよ。何も良くねぇよ。全ての意味で良くねぇよ。
何もかもを無に帰したレイコに、ネズさんはもう諦めたらしく、虚な目をして頭を抱えていた。私もテレビの前で平謝りし、マッドマックス怒りのデステレフォンでレイコを叱責せねばと決意する。

いや申し訳がなさすぎるって!お前はもう絶対に他人の前で寝るな。ただでさえ寝ぼけてこの父を殴ろうとするし、いろいろと危険が多すぎる。
本当どこで教育間違ったんだろう…いやもう生まれた時からだろうな…DNAの時点で敗北。夢主人公遺伝子を持って生まれたばっかりにこんな事になってしまって…無念です。全世界に謝罪したい。
まぁトレーナーとして優秀な力を手に入れた代わりに大きなものを失ったって事かな…と無理やり自身を納得させ、私はテレビから遠ざかる。

やっぱ親しき仲にも礼儀ありだから駄目ですよね、と通常テンションで言うレイコに、友達やめましょうか…と頭を抱えるネズさんを見ながら、遠い目をして電源を切る父であった。