月が輝く夜だから

 死穢八斎會の治崎が護送中に襲撃され、重症を負い、重要な証拠品が強奪された。
 世間はそのニュースでもちきりだ。だがマスコミは警察とヒーローの失態を声高に告げ回るだけで、その襲撃によって負傷したヒーローや警察官がいることにはあまり触れない。ヒーローは命がけで戦っているというのに、それは当然のこととして処理される。

 世界を支え続けた平和の象徴が、神ではなく人であったと思い知らされた後でもかわらない、人々の意識。彼らはなにもせず、ただ求め続ける。次なる救世主の存在を。
 この世界は本当にいびつだ。守られることに慣れきった民衆による、歪んだ世界。

 とはいえ、自分もその民衆とやっていることはたいしてかわらない、と小夜は思う。命がけで戦う人間を安全な場所から批判するひとたちと自分の差は、自分は守られていると実感できているかいないか、他者を守るために命をかけている人たちに心からの敬意を払えているか、ただそれだけなのだろうと思う。
 我々民間人は守られている。ヒーローと呼ばれる人たちに、目の前の人に。

「……っちゅうわけでな、あん時の切島君のかっこよさ、君に見せてやりたかったで……あ、君、血ィあかんかったな。見たら卒倒してまうわ」

 身振り手振りを交えながら、ファットガムがインターン生たちの活躍を語る。だが彼の体は、いつもよりも二回りも三回りも小さくなってしまっていた。戦闘で脂肪を使い果たしてしまったからだ。

「環もすごかったで、一人で三人相手してな。完封や。まあ、ルート別やったから、俺はそれ見られへんかったんやけど」

 常と変わらぬ、大きな声と大きな笑顔。
 けれど、と小夜は思う。
 今彼は、あえて明るく振る舞っていると。

 ヒーローは職業がら精神訓練を受けている。人の死にも多く立ち会う。けれど今回はそう簡単に割り切れるものでもないだろう。自分のいた現場で仲間を失ったのだ。この優しい人が、平気でいられるはずもない。
 亡くなったのは、静謐な森の中に降り注ぐ一筋の月明かりのようなひと。

「なんにせよ……エリちゃん救出できて、ほんまよかったわ」

 さりげなくぽつりと漏らされた一言の、なんと重いことだろう。

 するとファットガムが、そんな顔せえへんといて、と短い眉を下げた。
 平静を装ったつもりでいたが、顔にでていたのだろうか。気をつけなければ。

「あないなことがあったんや、心配するなっちゅうんは無理かもしれへんけど……」

 と、続けたファットガムに、小夜は笑みを返した……返したつもりだった。いま、自分は上手く笑えているだろうか。

 今回の出動ではサー・ナイトアイが亡くなった。それだけではない。他のヒーローも決して無傷ではいられなかった。ロックロックは刺され、環は顔面にヒビが入り、切島は全身打撲、そしてファットガムも数カ所を骨折するという重傷を負った。

 個性による治療を受け一日で退院してきたファットガムは、すでに今日から現場に復帰している。と言っても、まだ脂肪が戻りきっていないため、主な仕事は溜まった事務の処理だ。
 それならばもう一日ゆっくり休めばいい、と小夜などは思うのだが、プロの考えは、どうもそうではないらしい。

 死穢八斎會の摘発は、サー・ナイトアイが殉死したことも相まって、全国的なニュースになった。オールマイトの元相棒の死は、マスコミも無視できないということだろう。
 そして、そんな大きな事件に関わったファットガムが帰還しすでに活動を再開している、ということが大切らしい。つまりは、敵に対する牽制だ。

「や、ほんまにな、リカバリーガールに治療してもろたから、すぐ骨くっついたんや。今なら俺、チャールストンでも何でも踊れんで。やってみせよか?」

 ファットガムが両手を胸の前でひらいた。明るくファニーなファットガムがメディアで見せる、お茶目なポーズだ。彼は今、小夜を心配させまいと、そのスタイルを貫こうとしている。
 その優しさは嬉しかったが、同時に少し寂しくもある。
 けれど、と小夜は思う。彼がそうするのなら、自分もまた、それにならおうと。

「ね、太志郎さん。リカバリーガールの治療って……キスよね?」
「エー! ほんまかいな。君、リカバリーガールにまでやきもち妬くん?」
「妬くよぅ。だってキスするんでしょう? 太志郎さんは、わたしが治療のために、知らないおじさまにキスされても平気?」
「しゃーないやん……って言いたいとこやけど……そらめっちゅイヤやな……」
「でしょ? しょうがないのもわかってるんだけど」
「せやったら、小夜が今から俺に、ぎょうさんちゅーしてくれたらええやんか。それこそリカバリーガールの百倍くらい」

 長く太い腕が伸びてきて、小夜の全身をくるんだ。大きな体にすっぽり包み込まれてしまう感覚にも、いつのまにかすっかり慣れた。あたたかい腕、あたたかい胸、あたたかいおなか。
 顔を上げて、やわらかな頬に唇を寄せようとしたその時、ファットが、あっ、と小さく声をあげた。

「せや、今はあかん……あかんで小夜」
「どうして?」
「……俺、いまめっちゃヤりたなっとんねん。前も言うたろ、危険な任務の前後はヤりたなるって。実はなァ、前の日に会いに来たときも、めっちゃヤりたかったんや。せやからあんときすぐ帰ったんやで」
「そんなの、言ってくれればよかったのに」

 するとファットガムは、いやぁ、と頭を掻いた。

「忙しゅうて会えへん言うとったのに、ヤりたいから合間にえっちだけさせろて、そらさすがにサイテーやろ。こないだ飯だけ食うて帰ったのも申し訳ない思とるのに」
「……太志郎さんはやさしいね」
「普通やで。俺かて、君の都合でぜんぜん会えへん日が続いて、いきなり夜来られてな、やろう言われてやって、ほな明日早いんで〜、って帰られたら、『なんやねん! 自分!』ってなるで。女のひとやったらなおさらやろ」
「……優しいと思うよ、太志郎さんのそういうところ。だから今度からは気にしなくていいよ。太志郎さんの気持ちはわかってるから」

 だいすき、と続けながら小夜は太い首に手を回した。マックスの体重にはまだまだ届かないけれど、それでも低脂肪時よりはふっくらしている。そのまま口づけようとしたところを、やからあかんて、と拒まれた。

「今の言葉も積極的にチューしてくれんのも、めっちゃ嬉しいんやけど、今日はあかん。我慢できなくなってまう。……あんな、いまゴム切らしとんねん。途中で買うてこ思ていつもの店に寄ったら、欠品でなぁ。俺のサイズ、ここらじゃあそこでしか売ってへんのや」
「大丈夫」
「いや、あかんやろ。なんぼ結婚するつもりちゅうても、今のタイミングで子ども作るのはようないやんか」
「そうじゃなくてね、ゴム、買ってあるから大丈夫なの」
「エーッ! 買うといてくれたん? 君が?」
「うん、密林で……」

 ほー、と声を上げながら、ファットが小夜をしげしげと見つめる。

「いちおう確認しとくけども、ゴム買うてくれとったっちゅうことは、今日はしてもええっちゅうことやな?」
「だから、そういうこといちいち聞かないで! わかってるくせに!」
「ワァ、顔まっかやん。小夜ちゃんはすぅぐ顔にでんのや。かわいいなァ」
「もー」

 と、分厚い胸を叩こうとしたところを、大きな手に阻まれた。そのまま小夜は再び長い腕に包まれる。

「ほんならヤろか! 今日はまだ太り始めやさかい、いろんな体位でめっちゃできんで! 小夜ちゃんの大好きなアレとかアレとかアレとか、ぜーんぶしたろな!」
「だからそういうことをそんな大きな声で……」

 言わないでってば、と続けようとした言葉は、ファットの唇に阻まれた。
 角度を変えて繰り返される、優しい口づけ。思わず首に回した手に力を込めると、分厚い舌が侵入してきた。
 これから何がおきるのか、そして何をされるのか、小夜はすでに知っている。合わせられた唇の隙間から期待がこもったため息を漏らすと、大きな手でするりと背中を撫でられた。

「寝室……連れてってもええ?」

 低い問いかけにちいさくうなずく、と、その時、ファットガムの端末が鳴り響いた。

 続いて聞こえてきたのは、盛大な舌打ちの音。それでも職業がら、彼は画面を確認しないわけにはいかない。

「あ!」

 という声と共に、ファットガムが実に微妙な顔をした。
 こら出んわけにはいかへん、と諦めたように彼はちいさく呟いた。

「ハイ。豊満です。小夜さんですか? 変わらず元気ですよ。今、一緒ですわ」

 え、と小夜は思わず声を漏らした。
 いま彼は本名を名乗り、次いで小夜の名を告げなかったか。

「え、小夜とかわれ? おとうさん、そらあきません。ルール違反ですわ。小夜さんの気持ちをなにより尊重する、っちゅう約束で現状報告させてもらっとるんですから、なんぼおとうさんの頼みでも、そこは曲げるわけにはいきませんて。最初に納得してくれはったはずやないですか」

 やっぱり父だ、と小夜は口の中で呟いた。いつのまに連絡先を交換していたのだろうか。

(……っていうか、なんか仲良くなってない?)

 ファー、と笑いながら、ファットは続ける。

「俺ですか? もしかして心配してくれはったんですか? いや、嬉しいわぁ。ありがとうございます。ちょっと痩せてもうたけど元気です。あー、俺、個性の関係でたまに痩せるんですわ。ちゅうても余裕で百キロ以上あるんで、フツーの人よりぜんぜん重いんですけども。え?」

 と、その時、ファットガムが一転して神妙な表情になった。

「ハイ……やっぱり同じ現場に赴いた仲間やし、ショックない言うたら嘘になりますわ……ありがとうございます」

 これは驚くべきことだ、と小夜は思った。
 おそらく、父はいま、ファットを気遣う言葉をかけた。サー・ナイトアイの訃報を知ったからだろう。わざわざ電話をかけてそこまでするということは、父が彼に対する態度を軟化させているという証拠でもあった。

 はい、ありがとうございます、はい、とファットは時折頭を下げながら、少しの間会話を続け、小夜さんも元気にやっとりますんで、と結んで通話を切った。

「……ねえ、もしかして今の電話……」
「ん、君のパパやな」
「なんで父と連絡取り合ってるの?」
「俺が教えたんや。やって小夜、おとうさんのことブロックしたままなんやろ? おかあさんとも口きいてもらえへん言うとったから、かわいそやん。君のこと心配みたいやし、元気でやっとること報告しがてら、俺のことも知ってもらえたらええんちゃうか、って思うてな」

 太志郎さん凄い、と、心の中で呟いた。
 もし自分が同じようなことをされたら、きっと相手を嫌いになって、口もききたくなくなってしまうことだろう。それなのに、そんな相手と接点を持ち続けて自分を好きにさせてしまうなんて、人としてのスケールが違いすぎる。

「なん?」
「太志郎さんって、やっぱり大きいなと思って」
「せや、大きいで。いろんなトコが。早速試してみよか?」

 ばか、と言いながらもっちりした背中を叩くと、ファットガムは大きな口を開け、高らかに笑った。

***

「遺書を残していたそうだ」

 そんな声が聞こえてきたのは、通夜振る舞いでの席のこと。故人の名は佐々木未来、またの名をサー・ナイトアイ。
 かつてオールマイトの相棒をつとめていた男だ。不動のナンバーワンの隣に立つ彼はしなやかで美しく、まるで太陽に寄り添う月のようだと、女性たちからささやかれたものだった。

「遺書なんて、別に珍しくもないだろ」

 話しているのは、ファットと近しい年代のヒーローたちだった。たしかこの界隈で活動している連中だ。チームを組んだことはない。
 そして彼らの言うとおり、あらかじめ遺書を用意しているヒーローはそれなりにいる。なにしろ危険と隣り合わせの職業だ。いつなんどき、なにがおこるかわからない。
 だが続いた言葉に、ファットは思わず眉を寄せた。

「身内や相棒にならそうさ。ところがだ」

 口さがない連中の噂話は続く。

 なんでも、馴染みの小料理屋の女将にあてたものだそうだ。水商売の女に入れあげてたってことか、意外だな。まあ、お堅そうな男に限って、ってやつだろ。

 それはあまりにも場にそぐわない、下世話な話題。
 インターン生は先に帰したが、通夜振る舞いの席には親族もいる。そういった人たちの前でしていい話とも思えなかった。だから――。

「くだらん噂話は大概にせえや。ここは弔いの席やで」

 だから、低く押し殺した声でそう告げた。
 言われた側ははっとしたように押し黙り、そそくさと席を立った。言っていいことと悪いことの区別もつかない阿呆でも、恥入る気持ちくらいはあるらしい。

 あほんだらが、と内心で悪態をつきながらグラスに残ったビールを干して、ファットガムも立ち上がる。
 すると、そのあとを追いかけてきた者がいた。

「ファットガムさん!」
「おう、なんや。バブルか」

 追ってきたのはバブルガールだった。
 サー・ナイトアイの若き相棒で、今回の任務にも同行している。
 彼女はかなり憔悴しているようすだった。さもありなん。直属の上司の死というショッキングな出来事があったのだ。その心中はいかばかりだろうか。
 それでもバブルガールは気丈に唇を引き結び、ファットガムに頭を下げた。

「あの……サーの名誉を守ってくださり、ありがとうございました。私からは意見しにくい相手だったので……」
「かまへん、かまへん」

 笑いながら手を振ると、バブルが形の良い眉を下げた。

「本当に……入れあげてるとか、そういう感じではなかったんです……」

 なにか言いたげな様子に、ファットは軽く居住まいを正した。
 先ほどの連中とは違い、相手は故人を心から偲ぶ人間だ。話を聞くのもひとつの供養になるだろう。

「水商売と言えばそうなんですけど、一般で想像されるような派手な感じはぜんぜんなくて……どちらかというと料理人と言った方がしっくりくるような、そんなひとなんです」
「うん」
「わたしも何度か連れて行ってもらったことがあります。本当に……美味しいお料理とお酒を純粋に提供するお店で、いかがわしいところではありません。女性一人でも行けるようなお店でした」
「そか……」

 ナイトアイが遺書を残した女性がどのひとか、ファットガムにはなんとなくわかっていた。
 洋装ばかりの列席者の中で、ただひとり和装で訪れた女がそうだ。昨日今日和服をまとった女の立ち居振る舞いではなかった。おそらくは日常的に和装で過ごしているのだろう。儚げな美しいひとだったが、水商売の人間にありがちな浮ついた様子は一切ない。

 その女性をひとめ見た瞬間ファットは悟った。このひとはナイトアイを愛していたのだろうと。

 死んだ男に嫁いだ女はすぐわかる。なぜなら、その全身から悲しみが滲み出ているから。式の日に夫となる男を亡くした友が、そうだったように。

「噂のとおり、サーはその方に遺書を残してはいますが、つきあってすらいなかったと思います。誰とも特別な仲にはならないと、サーは公言していましたから」
「……せやろな」

 ナイトアイの個性は未来予知だ。おそらく彼は自分の死をも予知していたことだろう。早逝することがわかっていたから、特別な相手をつくらない。ストイックで折り目正しい、ナイトアイらしい選択でもある。
 せやけど、とファットは思う。
 
(せやけどナイトアイ、あんた罪やで。恋人やったら、棺にすがりついて泣くこともできる。やけどただの知人のままではそれもできひん。そないに残酷な話があるかい)

 ナイトアイを愛したひとは、全身から悲しみを滲ませたまま、他人のように焼香し、他人のように帰って行った。涙のひとつも落とさずに。

(あんたが遺書になに書いたかは知らへん。あんたのことや、おそらく愛の言葉なんかは残しとらんやろ。せやけど愛を伝えようが伝えまいが、結局あのひとは、あんたに心持っていかれてもうたで。遺書なんてもんはな、たいていごくごく近しい人物にしか残さへん。残した時点で、おまえは俺の身内やと言うようなもんや。あんたが残したんは、そういうモンやで。そんなん、とんでもなく重い恋文やん……)

「……ほんでも、ナイトアイにとっては大事なひとやったんやろ」
「たぶん……」
「心配せんでも大丈夫やで。俺はナイトアイがどんな男やったかちゃんと知っとる。いや、俺だけやのうて、関わりのあったヒーローはみんなそうやろ。あんな噂をそのまま信じたりはせえへんよ。自分もこれから大変になる思うけど、あまり気ぃ落とさんでな」

 はい、と答えたバブルガールに、ほな、と告げて、ファットは葬儀場を後にした。

 遺書をしたためているヒーローは多いが、ファットはあえて用意をしていない。さすがに事務所や財産の整理については些かの準備をしているが、それだけだ。
 惚れた女に伝えたいことがあるのなら、生きているうちにこの口で語る。人間死んだらそこまでだ。
 いなくなった人間の言葉など、残された人間にとってなんの価値があるだろう。それはおそらく枷でしかない。

 もちろん、これは考え方の相違であり、ファットにナイトアイを責めるつもりは毛頭ない。

 それになにより、ナイトアイには自分の死が見えていたのだ。しかも生前の彼の言葉によれば、見えた未来は変えることができないという。
 己の死期だけでなく、大切な人間の未来も見えてしまう。見えたものがどんなに残酷なものでも、絶対にそれを変えることはできない。

 それはどれほどの絶望だろう。決して変えられぬ未来なら、見えぬ方がよほどいい。
 ナイトアイはその絶望と向き合いながら、自らの個性を世のために活かそうと、ずっと抗い続けてきたのだ。

 同業者の死と向き合うのは初めてではない。こんなことは何度もあった。それでもいつまでたっても慣れはしない。毎回やりきれない気分になり、己の力不足を再認識させられる。

 ふう、とファットは息をついた。
 いま、むしょうに小夜に会いたい。

 けれどあれ以来、小夜の言葉に甘えすぎている気がする。
 仕事終わりに会いに行き、そのまま泊まり、朝になったら自宅で着替えてから出勤する日が続いている。なにせ互いの家は目と鼻の先だ。
 こういうことを続けていてはいけない。別に暮らす意味がないし、けじめもなくなる。それは充分にわかっている。わかってはいるが、一度緩んでしまった箍は、どうにも締めなおすことが難しい。

(あと一日……一日だけや……)

 ファットは端末を取り出して、電話のアイコンをタップした。待つこと数秒、流れてくるのは会いたい女のその声だ。

「小夜? うん。これから帰るとこ。今から大阪帰るとちょお遅なってしまうけど、今日も会われへん?」

 甘えるように、そうたずねた。もちろん、答えは聞かずともわかる。
 小夜はファットを拒絶しない。ファットガムはすでにそれを知っている。知っていて会えないかと問うのだから、本当に度し難いと自分でも思う。

 この時間から大阪に戻り、会いに行ったら泊まりになる。そして泊まれば、当然のように小夜を抱く。彼女はためらうそぶりを見せたとしても、ねだれば必ずいいと言う。ファットはそれも、知っている。

「……うん。来る?」

 思った通りの答えが返ってきたことに満足して、ファットはゆっくりと口角を上げた。

「せやなぁ、二日連続してお邪魔してもうたから、今日は俺んとこ来ぉへん? せやったら、俺、まっすぐ君とこのマンションまで迎え行くわ」
「迎えって、すぐ裏じゃない」
「ほんでも夜やろ。なんかあったらイヤやもん」

 ありがとう、という声に、こちらこそや、と返して通話を切った。

(甘えてばかりですまんなぁ)

 そう自嘲気味に呟きながら、ファットガムは空を見あげた。うっすらと雲がかかった夜空には、金色の月が輝いている。

(腹立たしいほど格好のええ月やなぁ。ナイトアイ、あんたそっくりや)

 琥珀色の目を細めてから、ファットは小さく息を吐く。
 感傷に浸っている暇はない。今はまだまだやることがある。

(あんたの分までっちゅうんは傲慢かもしれへんけど、俺は俺で頑張るわ。俺のまわりの人たちが、ずっと笑ていられるように)

 ことさら胸を張りながら内心でそう呟いて、大きな男は大きな足で、大きな一歩を踏み出した。

2021.10.8

作中にちらっと出てきたサー話は【こちら】です読まなくても問題ないと思いますが、ご興味がおありの方はどうぞ。【pixiv】には同シリーズのサー視点の話もあります

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月とうさぎ