番外編
ルージュの囁き〜BabyPink〜

短いお話「ルージュの囁き」からの続きとなります



「ただいま」
「おかえりなさい……って、どうしたの、それ?」

 帰宅したオールマイトを出迎えて、柚希は声を上げた。彼の大きな手から、ハイブランドジュエラーと、柚希の好きなメイクブランドと、それからポメリーの紙袋がそれぞれひとずつぶら下がっていたからだ。

「ん? 君へのお土産」
「……それは見ればわかるけど……特に記念日でもないわよね?」
「記念日出なければ、贈り物をしてはいけないのかい?」
「そういうわけではないけど……そうね、ありがとう」

 シャンパンと化粧品はともかく、ジュエリーはお土産でもらえるものではないのではないか、とも思ったが、ここは素直にお礼を言うべきだろう。
 柚希はありがたく、オールマイトからプレゼントを受け取った。

「これはね、私からの感謝の気持ちだよ。どれも君に似合いそうだと思ったんだ。あけてみて」

 ええ、といらえて、柚希はポメリーの袋から瓶を取り出した。
 中身は四季シリーズのフォールタイムだ。季節を大事にする、オールマイトらしい選択だった。

「美味しそうね。どんなお料理が合うかな?」
「おいおい、ジュエリーや化粧品よりも、まずお酒かい?」
「だって、すぐに冷やさないといけないじゃない?」
「そうだけどさ」

 不服そうなオールマイトの頬にキスをして、柚希は次の袋を開ける。
 入っていたのは、ダイヤと言えばここ、と言われるハイブランドの、一粒ダイヤのネックレスだ。ただしよくあるラウンドカットのものではなく、オールマイトが選んだのは、ペアシェイプ型の大粒ダイヤだった。二カラット近くあるのではないだろうか。

「サンフラワーとこっちで最後まで迷ったんだけどさ、君はこういうシンプルな方が好きかと思って」
「ありがとう……こんなに大きなダイヤはじめてだから、ちょっとドキドキしちゃうわね」

 大粒のダイヤを箱からだそうとしたところを、大きな手が遮った。

「それは私の仕事だろ?」

 柚希の答えを待たずして、オールマイトがネックレスを長い指ですくい取る。
 彼は柚希のうしろに音もなくまわり混んで、つけるよ、と低くささやいた。つ、とうなじに当てられた、長い指の感触。それにぴくりと反応すると、オールマイトが嬉しそうに、忍び笑いをもらした。

「思った通りだ」

 耳元で響く、甘い低音。
 乾いた指がネックレスの金具を伝い、柚希の鎖骨をゆっくりとなでる。

「とてもよく似合うよ。ラウンドカットにしなくて正解だった……」

 告げながら、乾いた唇が柚希の首に落とされた。軽く触れるだけのうなじへのキスに、再びぴくりと反応すると、軽い笑い声がふたたびあがった。

「……あんまりいたずらすると怒るわよ」
「ごめん」

 笑いを含んだ声で、オールマイトがささやく。さ、次も開けてくれよ、とせかす彼に、そうねえ、といらえて体重を預ける。
 あなたが変なことをするからいけないのよ、と内心で呟いて、オールマイトの出方を待った。

 これが若い男であったなら、すぐさま次の行為にうつるのかもしれない。けれどオールマイトは、こうしたことに対しても百戦錬磨の歴戦の勇者だった。
 だから柚希の誘惑にも、特に動じるそぶりすらなく。

「これもね、君に似合うと思ったんだ。こっちもつけてみてくれない?」

 大きな手のひらの上に乗っているのは、柚希が愛用しているブランドの口紅だった。優しい声に促され、キャップをはずして中身を繰り出す。

「……かわいすぎない?」

 それは今まで一度もつけたことのないような、ベビーピンクの口紅だった。しかも細かいパールやラメまで入っている。
 普段、柚希が職場でつけているのはベージュ系が中心だ。ピンクもあるにはあるけれど、もう少し落ち着いた、トーンが暗めのものが多かった。プライベートでもボルドーやダークよりの赤など、どちらかというとシックな色が中心で、こうしたかわいい色目はあまりつけたことがない。

「かわいいからいいんじゃないか。シックな大人の女がつけるピンクっていうのもね、セクシーなものだよ」
「そう?」
「そうさ」

 と、オールマイトの右手が、柚希の手からルージュを奪った。あっと思った時にはもう、彼の左手は柚希の頬に添えられている。
 続いて、ひやりとしたルージュが柚希の唇に当てられた。

「じっとしてて、そう……口を少し開けて……いい子だ」

 低い囁きに、ぞくりとした。するするとなめらかに引かれていく、紅の感触。
 柚希の上唇に紅を引き終え、オールマイトが満足そうに目を細める。

「思った通り、すごくセクシーだ。さ、次は下」

 再び、オールマイトが柚希の唇にルージュを押し当てる。思わずもらしてしまった、小さな吐息。ただ口紅を塗ってもらっているだけなのに、こんなにも官能的な気分になるのは何故だろう。自分の体を支えていられなくなって、柚希は再び彼の胸に体を預けた。

「じっとしていてと言っただろう? いけない子だね」

 それには答えず、再び柚希は吐息を漏らす。と、オールマイトの口角がまた、ゆっくりとあがった。

「はい。できあがり。とてもきれいだ」

 ほら、と、いつのまに持ってきたのだろう、オールマイトがスタンドミラーを取り出して、柚希の前に差し出した。
 鏡の中には見慣れたはずの自分の顔。だが、常とはその表情も雰囲気も、ほんの少しだけ異なって。

 紅潮した頬、潤んだ瞳、そしてパールとラメのきらめきを有するベビーピンクの口唇。
 始めてつけたその色は、彼の言うとおり意外に似合う。口紅そのものを見たときはかわいい印象が先にたったのに、つけてみると決して子どもっぽくはない。大人のための、大人のピンク。

「な、似合うだろ?」
「そうね、意外」
「だからこれをつけて、私を誘惑してみてくれない?」

 柚希を抱きしめながら、オールマイトが耳元でささやく。誘惑しているのはあなたのほうよ、そう答えかけ、そして止めた。
 彼の唇が、柚希の耳元からうなじへ、ゆっくりとおりていったから。

「……シャンパンを……冷やさないと」

 かろうじてそう答えると、帰ってきたのは、あとでいいよ、というさらりとした声。

「……悪いひとね……」

 ベビーピンクに彩られた唇で、そう呟く。
 すると、柚希の悪くて可愛い人は「そんなところも好きだろう?」と、ひくく笑った。

2021.10.3
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月とうさぎ