苦笑して街角に立ち尽くして

 とりあえず、帰る方法が分かったからには一旦帰宅すべきだろう。そう判断したユウは、週末の二日間を利用して帰省する事にした。外泊届は既に提出し受理されている。その間グリムはハーツラビュルにでもお世話になるかと思っていたが、ついていく、の一点張りであったため、現在共に一泊二日の荷造りの最中であった。そうしてアッという間に訪れた週末。わざわざ見送りに来てくれたという、今ではすっかりマブという愛称が当たり前になったエース達に、行ってきます、と手を振って元の世界へと通じる時空の穴へと飛び込んだ。因みにこの時空の穴は、シンオウ地方伝説ポケモンによる大戦争の結果生じた歪みではなく、ギラティナによって生み出された反転世界への穴である。
 どうやってワタルがギラティナと手を組むことに成功したのかは不明だが、ユウが穴を潜るなり、猛ダッシュという表現が似合うスピードでギラティナが擦り寄ってきたため、どちらかと言えば利害の一致だったのだろう。ドラゴンタイプに特に好かれやすいユウは、例にもれずドラゴンタイプのギラティナ始め伝説ポケモン級にもめちゃくちゃ好かれている。シンオウ地方チャンピオンのシロナ始め、各地区のジムリーダー達が大口を開けて固まる程には。
 そんなこんなでシロナの下で一時的に保護してもらっていた手持ちポケモン達とも合流し、泣きながら擦り寄ってくるかわいい子達に、ごめんね、と謝りつつユウは新たな相棒とも呼べる存在となったグリムを紹介する。私の親分です、という紹介の意味をどこまで彼等が察したかは不明だが、大好きなマスターの大切な家族という事は、僕達にとっても大事な仲間で群れの一員だな、と納得し早々にグリムはユウの手持ちポケモン達に受け入れられた。

 「ふな?タイショーって何だぞ?」
 「たいしょー?」
 「リザードンが、ユウのことそう呼んでるんだ。」
 「え!?リザ君、私のこと大将呼びなの!?」
 「ぱぎゅ。」
 「いやなのか、って言ってるぞ?」
 「嫌じゃない!めっちゃ嬉しい!というか、グリムこの子達の言葉解るの?」
 「ふな?ユウは解らねぇのか?」
 「ボディランゲージや表情から、だいたいこんな感じかな〜とは察せるけど、言語としては全く。」

 どうやらグリムはすべてのポケモン達の言葉が解るらしく、それが彼も魔獣故なのか、それとも魔力が関係しているのかは不明だが、コミュニケーションをより円滑に行える利点こそあれ、問題は無いためユウも特に気にせずそのまま受け入れた。ワタルから事前に事情を聴いていたらしいシロナは、そんなユウとグリムの関係を微笑ましそうに、しかし考古学者という観点から異世界という存在への興味も強かったが、後ろに控える男がまったく穏やかではない空気を醸し出している事にも気付いているため、触らぬ神に祟りなし、下手に手を出してギャロップに蹴られるわけにはいかない、と必要以上の口出しはしないでおいた。賢明な判断である。
 そうして再度ギラティナの反転世界を通じてフスベシティへと帰還すれば、こちらもまた事前に連絡がいっていたのだろう。ユウの両親を差し置いてイブキがユウを見つけるなり突進してきた。何とかその猛攻を受け止めながら、心配したのよ。何処に行っていたの。無事でよかった。と矢継ぎ早に繰り出される言葉に、ごめんね、ただいま、と返す。

 「おかえり。ユウ。」
 「とんだ災難に遭ったみたいだな。」
 「ただいま、お父さん。お母さん。」

 イブキから離れるなり声を掛けてくれた両親へ、今度はユウから抱き着いてひとしきり挨拶を済ませる。突然の異世界行きに何とか順応して生きていたが、まったく寂寥感を覚えなかったかと言えば噓になる。数年の長旅を経験した事があるとはいえ、その時は何かあれば直ぐに両親に連絡を取る事が出来たし、途中帰省だって何時だって出来る状態だったからこそ平気だったわけで、ツイステットワンダーランドに迷い込んでから、両親を始めこの世界に繋がる連絡先が無かった事は、若干17歳のユウには少なからずダメージが加わっていたのだ。
 しかしそれでもこうして笑顔で日々を過ごす事が出来たのは、偏に相棒と呼べるグリムを始め、何かとユウを気にかけてくれていたクルーウェルやトレイン等の教員達、エースやデュースを始めとしたマブや先輩達がいたからこそ。その事をよくよく身に沁みて理解しているユウは、早速グリムを両親へと紹介した。
 迷い込んだ先で出逢った大切な相棒なの。本当に幸せそうに頬を寄せて笑いあう一人と一匹。種族や生まれ育ったルーツ、時空さえも異なる彼等ではあるが、その間には確かな絆が育まれている。ユウの両親もそれがよく理解出来たから、良かったね。可愛らしい息子が出来たかしら、と温かにグリムを迎え入れた。

 「ユウのパパとママは良い人なンだぞ。」
 「そうだよ。これからはグリムのパパとママでもあるんだからね。」
 「ふな!俺様も家族になれて嬉しいんだぞ!」

 ずっと孤独に生きてきた。物心ついた頃には既に両親や兄弟と呼べるような関係の存在は何処にも無かった。唯一、森の中で共存していた他の動物達がグリムにとって世界の全てであった。そんな折、大魔法士と呼ばれた人間を知り、同じようになりたいと、その憧れの一心で飛び込んだ先で出逢った人間の女の子。異世界からの来訪者とか、魔法が使えないとか、グリムにとってはそんな事もうどうでも良かったのだ。
 だって世界が違えど、魔法が使えなくても、グリムがその名を呼べば、彼女はいつだって、なあに、と優しく問い返してくれた。解らない事を笑わず、馬鹿にせず、グリムが理解出来るまで教えてくれたし、時には一緒に考えてくれた。グリムが頑張れば、偉いね、よくできたね、すごいね。と褒めてくれた。温かい寝床を用意してくれ、美味しいご飯を与えてくれ、いつ何時も傍に寄り添ってくれた。彼女は、ユウは、グリムにとってかけがえのない、たった一つの家族になってくれた。
 グリムが今回、ユウの一時帰省に頑なについていくと強請ったのは、そこに所以していたのだ。また戻ってくるよ、とユウは言ってくれたが、彼女の言葉に嘘は無くても、彼女の周囲がそれを許すとは限らない。それ以前に、突然迷い込んできたのだという彼女だから、いくら道が繋がったとは言え、また突然その道が閉ざされてしまうかもしれない。もしかしたら、もう二度と逢えなくなってしまうかもしれない。そんな不安感から、グリムは断固としてユウについていく事を強請ったのだ。
 しかしその心配も杞憂に終わった。不安定だと思っていた繋がりは、ギラティナという伝説ポケモンにより確率され、ユウを連れ戻そうと躍起になっていたワタルは例外とするが、彼女の本当の家族である両親は、グリムの事をすんなりと受け入れてくれた。きっと彼等は、ユウがまた向こうの世界で暮らしたい、と言えば、笑顔で見送ってくれるだろう。

 「ユウ。俺様こっちの世界の事も知りたいぞ!ユウのことも、ポケモン?のことも、もっといっぱい教えてくれ!」
 「ふふ。もちろん。私もグリムと行きたいところがいっぱいあるんだ。だから、これからも末永くよろしくね?」
 「ふなぁ!」

 今日はグリムが恐れていた何時かが、完全に消滅した晴れの日だった。


****


 手持ちポケモン達への軽いケアを終え、久しぶりの母の料理に舌鼓を打ち、風呂も済ませた後。今までなら眠くなるまでネットをしたり、テレビを見たり、手持ちポケモン達と戯れたりするところだが、ユウは両親に話がある、とリビングのソファへと腰を下ろした。

 「話って?」
 「向こうの世界でお世話になった先生———一応、向こうの世界で戸籍を取得する都合上、義兄になってくれた人がね。もし良かったら、このまま今の仕事を続けないかって聞いてくれたの。」
 「うん。」
 「それでね。私、グリムがこれから成長して強くなっていく姿をもっと見ていきたいし、向こうの世界の事も、もっと見ていきたいなって、そう思っていて。」
 「うん。」
 「…このまま、向こうでの暮らしも続けて良いかな?」
 「もちろん。ユウが考えて決めた事なら、父さんも母さんも否定しないよ。」
 「ほんと?」
 「本当。でも淋しくなっちゃうから、たまには帰ってきて頂戴ね。グリムちゃんも一緒に。」
 「うん!あと、もし許可が下りたら、友人も連れてきていい?」
 「あら、お友達もいるのね?勿論よ。ぜひ紹介して頂戴ね。」

 両親の性格をよく理解しているユウは、反対される可能性は低いだろうと予想していたが、いざ話を切り出すと、もしかしたら、という不安もあった。しかしユウの予想通り、笑顔で受け入れてくれた両親に再度、ありがとう、と頭を下げる。これで大手を振ってクルーウェルの誘いに乗る事が出来る———のならば、良かったのだが。そうは問屋が卸さない人物が一人、正確には二人———下手をすれば四人ばかりいるのだ。
 あとはワタル君をどうやって説得しようかな。先程までの喜色満面から打って変わり、げんなりとした様子でソファに沈んだユウへ、彼女の両親は、あらあら、おやおや、と目を円くする。話を聞けば、今回の一件はワタルの逆鱗に触れてしまったようで、何だかんだとユウには甘い男も、今回ばかりは頑なにユウの旅路を見送ってくれないらしい。

 「…まあ、兄さんの息子だからな。簡単に想像がつく。」
 「あら。でも行き来は簡単に出来るのでしょう?四年ばかりユウの旅を許したのに、今回はダメなの?」
 「その長旅を許したからこそ、だよ。これから自分の巣で大事に囲おうと思ったところで、また再度旅に出たい、なんて言われたら、アイツにとっては面白くないんだろうさ。」
 「あらまぁ…ユウもパパと一緒で、厄介な人に目を付けられちゃったわねぇ。」
 「いっそ一族と縁を切って、三人一緒に向こうの世界で暮らそうか!」
 「あらやだ。そんな事をしたら貴方まで閉じ込められちゃうじゃない。やぁよ私。」
 「…そうだよな…。」
 「いったパパが一番ダメージ受けているの、草案件なのにガチすぎて笑えない。」

 安心感と満腹感に包まれてすっかり夢の中へと旅立ったグリムのフワフワの腹を撫ぜながら、ユウは重たい溜息を一つ。父には同情の眼差しを向けられ、母には憐憫の笑みを向けられる。しかし此処で嘆いて我慢すれば、ワタルの思う壺である。ユウはパシンと自身の頬を一回打ってから、意気込み十分に立ち上がった。
 ダメって言われても知らないし、強引に止めて来るなら投げ飛ばしてでも行ってやる!存外強かな娘の姿に、こういうところは完全に母親似だな、と父親である男は、その意気よ!と一緒になって立ち上がった愛しい番を見つめる。結局男は成し遂げられず今もこの街に暮らしているが、娘に同じ想いをさせたいわけじゃない。むしろ、だからこそ娘には自由に羽搏いて貰いたい。あまりにも時期当主の竜王様が捏ねるようであれば、本当に一家で向こうのワンダーランドへ夜逃げしてやろう。今のところ世界を跨ぐ方法はギラティナの反転世界のみのようだから、かのポケモンを懐柔してしまえばこちらのもの。聞けば、ギラティナもまたユウを求めてワタルに協力したのだという。利は俄然こちらにあるのだから。ヒッソリと笑みを浮かべた男は、凡そヴィランに相応しいそれであった。ユウがあの学園へ招かれた理由は、此処に所以しているのかもしれない。