Yシャツに紅を隠しただけ

 練習中のお伴として差し入れた肉巻きおにぎりと唐揚げ、メンチカツ、そして手作りのスポーツドリンクは大好評を期したようで、ラギーから作り方を強請られる程だった。そして彼等が練習中に用意していた角煮も、そろそろ良い頃合いにまで出来上がっている。様子を覗きに来たジャックが、その匂いに思わず大きく喉を嚥下させたくらいには。

 「やべぇ…この匂いはマジでヤバい。差し入れ割とガッツリ食ったのに腹減ってきた。」
 「わーもヤベェ…早く食べたい…っ」
 「まずはシャワー浴びて汗と砂埃落としてきて下さい。ご飯はそれからでーす。」

 開放的な寮の造り、そして嗅覚が優れる獣人族が多く集まる空間で、肉の脂と醤油や味醂等の甘じょっぱい香りが混ざった角煮の匂いは、食べ盛りの学生たちの胃袋にダイレクトアタックを喰らわせたらしく、マジフト場から引き揚げてくる生徒達は、皆挙って腹から重低音を響かせている。
 普段は気怠そうに欠伸をしながらノロノロと歩く怠惰なレオナさえも、爆速で後片付けやシャワーを指示しているので、その威力の強大さを物語っているだろう。こっそり覗きに来たグリムへ味見を称して一切れを半分こした時は、後から覗きに来たマブ二名に当然ながら抗議を受けたため、内緒を条件に彼等へもそれぞれ一切れを半分にしたものを手渡した。口に含んだ途端、ほろほろと崩れる繊維と蕩ける脂身に二人と一匹の眼が輝いたので、ユウはまたそっとスマホのシャッターを長押しした。私の親分とマブどちゃくそ可愛い。

 「マスターのアルバムがどんどん親分とマブで埋まっていくロトね。」
 「専用フォルダ作って仕分けておいて。バックアップもお願い。」
 「お任せロト!」

 元の世界へと行き来が可能になり、手持ちポケモン達と無事に合流を果たして以来、ユウは専ら元の世界のスマホを利用している。こちらの世界で与えられたスマホも、業務用として引き続き使用しているが、その用途は殆ど通話のみで、通話チャットやSNSといったアプリ類は、すべて元の世界のスマホで賄っている。どういう仕様かは不明だが、ロトムにデータ連携やら同期やらを任せたら、こちらの世界のアプリも元の世界のスマホで使用出来るようになったのだ。謎であるが便利なので深く考えないようにした。
 そしてユウのスマホに入るロトムは、スマホ購入時に入手する所謂レンタルロトムではなく、ユウがゲットした野生のロトムがフォルムチェンジしたものである。当然ながらレンタルロトムよりユウへの忠誠度や親愛度は高く、加えて性格が寂しがりのためか結構嫉妬深い。そのため余計にこちらの世界のスマホは業務連絡以外には使用しなくなったのだ。
 ポケットやバッグの中に入っているよりも、ユウの周りで浮遊する方が好みらしく、以前同じく電子タブレットで浮遊していたイグニハイド寮長に驚かれた事もある。その際、電子科学に大層興味を示したイグニハイド寮長に、分解させてくれと迫られたが当然お断りした。

 「ユウサン、お待たせ!手伝うよ!」
 「こっちの皿運んでも良いか?」
 「ありがとう。あと何人か呼んでテーブルセッティングもお願い。」

 早急にシャワーを終えたらしいマブ二名がグリムと共に戻ってくるなり、手伝いを買って出てくれた事へお礼を伝えつつ、手伝います!と同じく元気よく駆け寄ってきたサバナクロー寮生数名にもニッコリと営業スマイルを返す。途端に尻尾や耳をブンブン、ピコピコと動かしながら喜びを露わにさせる寮生へ、アニマルセラピーかな、と和んだのは秘密。
 普段群れとして行動する事が多いためか、持ち前の連携力で分担しながらのテーブルセッティングは、人数の多さに比べあっという間に完了した。これは使える日が来るかもしれないな、という感想を抱いたユウは、この学園に迷い込むに相応しいくらいには良い性格をしていた。


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 マブの反応からも角煮はウケが良いだろうと判断していたが、まさかあんな争奪戦にまで発展するとは思っておらず、ユウが咄嗟に、おすわり、と躾をしなければ今頃流血沙汰になっていたかもしれない。角煮で流血事案とか笑えない。
 急遽大皿に盛っていた角煮を均等に小皿に分けなおす事となったが、その分増えた洗い物はユウの素敵スマイルで尻尾をブンブンさせちゃう子達に任せれば良いか、という結論に(ユウの中で独断に)至ったので、続く焼肉も同様に小皿に分ける対応となった。
 因みに肉には米だろうというユウの持論に基づいて用意された白米は、最初こそ馴染みのない学生達から敬遠気味にされたが、肉と米の相乗効果を知っているグリムとマブ二名がタレを絡ませた白米を掻き込む姿を見て、徐々に感化されたらしく気付けば大量に炊いた筈の白米は底を尽きていた。

 「お米終わりました。」
 「え。」
 「追加で炊きますか?俺も手伝うっスよ。」
 「いえ、炊く炊かない以前にもうお米自体が無いです。」
 「え。」

 この世界の人々があまり白米に馴染みが無い事は、マブのファーストコンタクトで知っていたため、ユウも食べるとしたらグリムとマブ二人くらいだよなぁ、と逆算して用意していたため、まさかレオナ始め他の寮生達も食べるとは思っておらず、予想よりも早くお米が終了してしまったのである。ユウのそんな説明を聞いて、ペションと耳を垂らしたグリムとジャック、残り二口くらいになってしまったお茶碗を見て、絶望の色を見せるエペルの姿に、ユウは黙って財布を片手にスタンドアップした。
 ちょっくら購買でお米買ってきますね。仲良くみんなで食べていて下さいね。ユウとういう監視の目が消えた途端、また争奪戦を繰り広げられたら堪ったもんじゃない、と釘を刺せば、大人しく何度も頷くいい子ちゃん達。すっかりユウに躾されている。手伝うぞ、と同じく立ち上がろうとしてくれたマブ二名へは、大丈夫だから食べていて、と片手で制した。

 「という訳なので、ライチュウ!」
 「チュゥ!」
 「テレポート。ミステリーショップまでね。」

 ホルダーに留めていたボールを取り出して、アローラライチュウを呼び出す。可愛く一声鳴いた後に、視界がグニャリと歪み、瞬き一つした後にはミステリーショップの入口へと辿り着いていた。各寮は所謂亜空間に存在すると言われているが、何故かテレポートが使える。空を飛ぶは亜空間の端から端を飛ぶだけだが、テレポートならば校舎へと飛べる。謎仕様だが、便利な事に変わりはないので、これが使えると知った瞬間、ユウは何かとテレポートを多用していた。初めて使った時は、職員室内をテレポート先にしてしまった事で、クルーウェル達を驚かせることになったが。
 そんな事よりも今は白米。サムへ挨拶もそこそこに白米を追加で注文すれば、インストックナウ!と即座に用意されたお米をよいしょと担げば、サムから途端にストップが入った。女の子がそんな重たいものを持っちゃだめだよ!とのこと。このくらい余裕です、というユウの意見は当然ながら適用されず。仕方ないので、ホルダーからボールをもう一つ取り出してルカリオを呼び出した。

 「ワオ!相変わらず不思議な原理だね!」
 「こっちの世界の魔法みたいなものですね。ルカリオ、お願いできる?」
 「ワゥ!」

 三又に分かれた尻尾をブンブンと振って甘えてくるルカリオの頭を撫でたユウは、再度アローラライチュウへテレポートを指示した。また一つ瞬きを挟んで、サバナクロー寮の談話室へ逆戻り。
 ポカン、と口を開けて固まったままのマブ達に首を傾げて、どうしたの、と聞けば、いやいやこっちのセリフだ、と総ツッコミを喰らった。ユウサン魔法使えねぇんじゃなかったが!?と驚きのあまり方言訛になったエペルの言葉に、ユウは漸くマブの前でポケモンは見せた事が無かったな、と納得する。唯一ポケモンにすっかり慣れたグリムだけが、追加の米だゾ!と喜んでいたが。

 「まあ、こちらの世界の魔法みたいなのを遣える子達だと思ってもらえれば。」
 「な、なるほど…?あ、でもこの子かわいいね。」
 「アローラライチュウ。甘えんぼさんだから、優しく撫でてあげると喜びます。」
 「わぁ…思っていたよりもフワフワ…ふふ、かわいい…」
 「待って。可愛い手持ち+可愛いマブ=ウルトラ可愛いが出来上がるな??」
 「誰が可愛いって?」
 「ごめん。マブみんな可愛いから…」
 「待て。それもしかして俺も入っているか?」
 「うん。」
 「え、うん。」

 アローラライチュウの頭を優しく撫でて笑うエペルと、そんなエペルに甘えるアローラライチュウの姿にユウが悶えていれば、ジャックが微妙な顔になる。ユウやグリムを可愛いというのならば理解出来るが、体格が優れている自覚がある自分を含め、他のマブ達を可愛いという表現はどうなのだ。確かにエペルは見た目こそ儚げな美少年だが、中身はバリバリの肉食獣だぞ。そんな心境。しかしユウの中ではマブ=可愛いなので、見た目など関係ない。マブがマブでマブたらしめれば全部可愛い。マブのゲシュタルト崩壊。
 まあそんな事よりも今は米だ。早くしろ、と催促するレオナに、はいはい、と返事を返してキッチンへ。手伝いを買って出てくれたラギーと共に買ったばかりの米をどんどん炊いていく。浸水については、どういう原理か不明だがラギーがマジカルペンを一振りすれば、ものの十秒ほどで済んでしまうため、鍋に火をかけてコトコト炊いていくだけだ。

 「その子も、魔法みたいなの使えるンスか?」
 「ルカリオですか?ええ、使えますよ。波動弾とか。どちらかと言えば肉体攻撃ですね。格闘タイプなので。」
 「へぇ。」

 アローラライチュウはエペルが気に入ったようで、そのまま談話室に待機したが、ルカリオは米を運び終えてからもユウの後ろにピッタリと寄り添っている。どこか周囲を警戒する様子に、ナイト気取りっスねぇ、とルカリオの真意を見抜いたラギーが面白そうに眼を細めた。確かにここは雄ばかり集まっているから、大事なお姫様が危ない目に遭わないか、気が気じゃないよな。そんな心境。
 その後、米も無事に炊き終え、協力してくれたアローラライチュウとルカリオに再度お礼を伝えてからボールへ戻せば、レオナからどういう原理なのか問われたが、残念ながらボールの細かな仕組みまでは知らないユウは、なんか凄い仕掛けが働いて、不思議パワーでポケモン達を格納出来ます、とIQレベル3程度の返答になってしまったのだが、仕方がない。知らないのだから。