ハンマーでも壊れない宝石を

 その日、世界中に衝撃が走った。これまで一度として広告関連の仕事に顔を出すことは無かった女性と、広告キャラクターと言っても、バトル用品等が主だった男が化粧品というまったくこれまでとかけ離れた分野の広告キャラクターとして起用されたのだ。
 ポケモンリーグの最高峰、セキエイリーグの最高責任者にして自身もカントーチャンピオンとして、また最近ではポケモンGメンとしても名高い最強のドラゴン遣いワタル。そしてそのワタルの従兄妹として世間に周知されており、自身もワタルに劣らない優秀なトレーナー、ドラゴン遣いとして注目を浴びているユウ。この二人がとある化粧品会社の広告イメージキャラクターとして、本日その広告と商品が世に出たのである。
 全体的に暗めの赤を使用したワタルデザインと、モカやミルクティーのような優しい茶色を使用したユウデザイン。この二種の商品は、発売された途端、瞬く間に売り切れ続出となり、オークションでは数十万レベルの値が付くほどの人気商品となった。

 ————その色に魅せられる。

 そんな一文と共に二人の目許や口許、頬骨辺りのズームがそれぞれワンショットずつ映し出され、映像が大きく引いてから二人の全体像が映し出される三十秒間CMは、某有名な動画サイトにアップされるなり、爆発的に視聴回数を増やし、たった一日で500万回再生されるという偉業を成し遂げた。
 全体的に真っ白な部屋で、白いシャツに黒いパンツという揃いの格好をしたユウとワタルは、水が溜まった床に衣服が濡れる事も構わず座り込んでいる。ユウの大胆に肌蹴た胸元は、白いシャツが濡れた事もあり黒いインナーが透けて見え、何処か扇情的なオーラを醸し出していた。そんなユウを背後から包み込むというよりは、閉じ込めるという表現が似合う体勢で、腕を腰に回し抱き寄せるように座るワタルも、普段のウェアからは想像もつかないほど前面を大胆に肌蹴させ、濡れたシャツが肌に張り付いた事で、その逞しい筋肉美が透けて見えている。
 一見すれば官能的な恋人達と見紛うそのショットは、CMのラスト十秒間をたっぷり使って映し出されている事も相まり、瞬く間に世間の人々の目を釘付けにさせた。SNSは即座に騒めき立ち、トレンド入りを果たす程に皆がこの広告に魅了された。正しくこの商品のコンセプトタイトルの如く。

 「うわ…えげつな…」
 「何やってんのよ、あの子…」
 「ワタルに唆されたらしいぞ。」
 「最低。」

 リーグのメインスポンサーの一社の新商品CMにワタルが出演すると聞いて、リーグの一員としてイメージにそぐわないものになっていないか、という確認———を名目にした冷やかし目的で早速動画サイトに投稿されている件のCMを再生したゴールドは、面白い事に敏感な四天王達がわらわらと集まり出した気配を背後に感じつつ、尊敬するも中々倒せなくて辛辣も何度も舐めさせられた大先輩の雄姿(笑)を拝んでやろうという想いだった。
 しかしいざ再生してみれば、想像の斜め上どころか真反対を突き進んだ内容で、そのインパクトに、ゴールドは思わず上半身を仰け反る勢いでドン引きした。我らの竜王様、何やってんの。そしてワタルだけでなく、昨今カントー・ジョウト地方だけでなく、全国各地で人気になりつつある可愛い後輩まで出演している事に、ほんと何やってんの、と頬を引き攣らせる。
 CM動画は全部で四種。今回新発売となるすべての商品を一挙に紹介した(先程ゴールドが再生した)動画、アイメイクのみ取り上げた動画、リップメイクのみ取り上げた動画、そしてファンデーションのみを取り上げた動画である。その四種すべて同時配信したようで、関連動画欄には残りの三種も同様の再生回数を誇りながらおススメとしてトップに掲載されていた。

 「これ、全部見なきゃダメっすか?」
 「此処まで来たら全部再生しなさい。あの馬鹿ドラゴンの馬鹿具合を確認しないと。」
 「ロリコンの間違いでは?」
 「カントーチャンピオンにして、セキエイリーグの最高責任者がロリコン…」
 「止めて頂戴。せめてシスコンにして。」
 「いや五十歩百歩。」

 面白い事大好き代表格のカリンとキョウが後ろで何か言い合っているのを聞き流しながら、ゴールドは関連動画の一つであるリップメイクを取り上げた動画の再生ボタンを押す。ロリコンとかシスコンとか僕19ちゃいだから解んない。人はそれを現実逃避という。
 二人のイメージカラーで二色ずつ展開しているようで、先ずはユウのイメージカラーから紹介が始まった。実際にユウがそのリップメイクを施しているようで、一つの画面を二分割するように右と左でそれぞれ違う色のリップカラーを載せたユウのズームフェイスが映し出される。口許に焦点を当てた撮影方法は、薄く開かれた唇と画面上部に見切れるように映し出される流し目も相まって酷く扇情的だ。何処かのレジェンドや背後に立つ四天王達のように妹分とまではいかずとも、後輩として可愛がっていた年下の女の子のそんな情欲的な表情に、ゴールドは少しだけ喉を詰まらせる。
 ムーディーなBGMと共にリップが蕩けだすCG映像や、その色を乗せたユウのシーンカットが何枚か挟んだのち、突然画面が暗くなり、文字だけが浮かび上がるシーンへと切り替わった。

 ————貴方を虜にする。

 そして画面が白く晴れて言ったかと思えば、再び口許をズームアップにした、今度はユウの右向きの横顔が映し出される。鼻筋から下、デコルテから上の限られた箇所だが、付き合いの長いゴールドはそれがユウであると確信出来た。その艶やかな唇が何かに吸い寄せられるように近付き、それに触れる直前で再度暗転。商品のイメージ写真とブランドロゴが映し出されてCMは終了した。
 えっ、とゴールドは口を開きかけたが、三秒ほど間を開けてまた画面が白くなったことでその口を咄嗟に閉ざす。今度はワタルのイメージカラー商品紹介CMに移ったらしい。しかし初っ端から映し出されたワタルの姿に、ゴールドはとうとう抑えきれず、えっ、と声を溢した。
 綺麗に唇を彩っていたユウに反し、随分と雑な塗り方をしたのか唇のラインからは食み出し、左頬近くまで擦ったように色が付いたグロスを辿るような手つきで、ワタルが自身の頬から顎のラインをなぞる。右側に小首を傾げ左下にあるカメラへ向けて見下ろす画角は、彼がCMで出演する際によく見せる爽やかなお兄さんオーラとは真逆の、どちらかと言えばバトル中によく見せる捕食者のような表情だった。視線を逸らすような流し目だったユウと違い、シルバーグレイの双眸を細めて見下ろす姿は圧倒的支配者足らしめる強さを持っており、挑発的に取れる仕草も相まって、ゴールドは違う意味で再度口許が引き攣りそうになる。

 ———その唇を奪いたい。

 全体的な構造はユウの時と同じのようで、ユウの時よりも少し激しめなBGMと共にワタルのシーンカットを何枚か挟んだのち暗転、浮かび上がる文字。そして最後のシーンへと移ったところで、後ろで一緒に動画を見ていたキョウが、咄嗟にゴールドの視界を手で覆い隠した。
 ユウの時に見切れていた右側のシーンをイメージしているのだろう。見覚えのある唇の色に食らい付こうと口を開くワタルの横顔は、完全にドラゴンのそれで。そこで漸くキョウと一緒に最後まで見ていたカリンは、ワタルのリップメイクが雑な仕上がりになっていた理由を悟る。浮かび上がった一文もそれに付随したものなのだろう。

 「ちょっ、キョウさん!手ェ退けて下さいって!」
 「ゴールドにはまだ早いな。」
 「ハァっ!?」
 「イメージ構想は企業側でしょうけど、それに対して何の文句も言わなかったアイツもアイツだわ…」
 「CMでさり気なく牽制するあたり、執着の強さが伺えるな。」
 「ほんっと最低。ユウは何であんな粘着男を許しているのかしら。」

 ワタルがユウの唇に喰らい付く寸前で再度暗転し、商品写真とブランドロゴを挟んで終了したCM。リップメイク編の動画も此処で終わりのようで、再生終了を告げる画面に移り変わったところで、キョウはゴールドの目許から手を退かす。文句を言おうと勢いよく振り返ったゴールドは、しかしカリンの鬼の形相を見てそっと前へと向き直った。技の怖い顔よりおっかない顔をしている。触らぬ神に祟りなし。
 これもしかして他の二種類も似たような感じじゃないの。カリンのそんな予感は、しかし意外にも外れてアイメイク、ファンデーションの二種はそれぞれのイメージカラーで彩ったシーンばかりで二人の絡みは殆ど見受けられなかった。何でリップメイクだけあんな仕上がりなのよ。何だか腹立たしい気持ちを覚えながら、それでもカリンは早速受注生産に切り替えた商品を購入すべく特設サイトへとアクセスする。企業の策略にまんまとハマってしまった一カスタマーの姿である。