顔じゃない、お金じゃない、愛じゃない

 ユウの生まれ育った世界で爆発的な再生回数を誇ったCM動画は、ここツイステットワンダーランドでも未曽有の再生回数に到達しようとしていた。切欠はユウのマジカメのアカウント。実際にその投稿を行ったのはロトムであるが、CM動画と街頭広告の写真をアップした事で、まずマブを始めとしたユウと交流のある人々が反応した。そこからナイトレイヴンカレッジ生に広まり、エペルのタイムラインからその投稿を見たヴィルが反応した事で、ワンダーランド中に瞬く間に拡散されていったのだ。
 マブを中心に多くの人々がその動画や写真にコメントを寄せ、中にはその商品が欲しいという要望の声も上がったが、いざ商品名を検索しても、企業名を検索しても、検索サイトに該当する項目は一つたりともヒットしない。これはどういうことか。ますますコメントや問い合わせが殺到するも、そもそもこの投稿はロトムの独断で行われ、通信料節約のために通知を切っていたユウがそれに気づくわけも無く、ただ無駄に拡散されていくだけだった。


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 ヴィル・シェーンハイトは激怒した。必ずかの子ジャガをひっ捕らえて話を聞かねばと決意した。ヴィルは誰よりも美に貪欲である。決して手抜きではないが、シンプルなメイクを最低限行う程度でしかなかったユウに対し、何時だって歯痒さを覚えていたのだ。もっと着飾れば、もっとメイクを濃く、色も多用すれば、彼女はもっと華やぎ美しくなるのに。
 しかし彼女は異世界の迷子だった。初めは利用していたらしい食堂も、節約のためと即座に自作弁当に切り替えていたし、贅沢をしている様子も無く、どちらかと言えば質素な暮らしを相棒の魔獣と続けている印象だった。きっとオシャレをしたくても経済的な余裕がないのかもしれない。それにレディに対してズケズケとナイーブなところに踏み込むわけにはいかない。そんなヴィルの理性とジェントルマン精神が邪魔をして、余計に歯痒さを覚えていた。
 まあ、実際のところは、ヴィルが想像するほど左程質素倹約していた訳でもないし、食事に関しても、この世界の濃い味付けがユウの舌に合わなかっただけだし、メイクもファッションもシックでシンプルなものをユウが好んでいたからに過ぎないのだが。何かと目を掛けている後輩の同級生、程度の関係だったヴィルがそれを知る訳も無く。

 「ルーク。休み明けにあの子ジャガが来たら必ずアタシの下に連れてきなさい。」
 「ウィ。姫林檎も一緒の方が良いかい?」
 「ええ。今度こそ絶対に逃がさないわ。」

 このアタシの誘いには二言で返答したくせに、何でどこぞの知りもしない企業のイメージモデルなんてしているのよ。ヴィルの怒りの全てはそこだった。エペルがマジカメに投稿した例の写真を見てから、ヴィルはずっと自分がプロデュースしているメイクのイメージモデルにユウを起用したいと、そう思っていたのだ。出来ればエペルも一緒に。あの写真はヴィルの美的感覚を大いに刺激した。二人をイメージした新商品を作り出したいと思うくらいには。
 しかし蓋を開けてみれば、ヴィルのそんな野望は本人を前にアッサリと挫かれ、更には自分がやりたいと画策していた事を全く無名の弱小企業に横取りされるなんて。ヴィルもこの動画と写真を見るなり、即座に企業名を検索したが当然ながら一件もヒットするリンクは出て来なかった。ホームページすら持っていない貧弱企業、と決めつけているが、異世界の企業のため検索にヒットしないのは当然である。ユウの世界であれば割と世界的に知られている大手企業なのだが。
 後日、狩人の異名に相応しいルーク・ハントによるその名の通りのハンティングが決行され、手持ちポケモン達の協力を得ながらユウの決死の逃亡劇が繰り広げられる事になるのだが、それはまた別のお話し。上手く逃げ果せた事により、サバナクロー寮からの好感度が更に飛躍する事になるのだが、これもまたすべて別のお話し。


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 マブと呼ばれた彼等は、その動画を見るなり、ある者は顔を真っ赤に染めながら硬直し、ある者はこれから訪れるだろう未来にそっと合掌し、またある者は彼女の美しさに見惚れてしまう事への悔しさを覚え、残る者は厄介な先輩達にまた囲まれる事になるだろう未来にそっと頭やら腹やらを痛めた。正確には上からデュース、エペル、エース、ジャックにセベクである。
 普段の冷静で物静かな雰囲気とは打って変わり、此処ワンダーランドの女性像としては珍しい強気でクールな姿は、確かに美しい。いつもより濃くハッキリとしたメイクも相まって彼女の女性としての部分が目立っているから余計に。だからこそ初心なデュースは思わず固まってしまったし、女として意識してしまう事にエースは悔しさを覚えたのだが。

 「これは休み明け、荒れるだろうな…」
 「ヴィルさんが絶対怒り狂うよ。この間ヴィルさんからのアポ断っていたから…」
 「ヴィル先輩の誘いを断るってスゲェな…」
 「こ、これは、ほんとうにユウ、なのか…?」
 「メイクとかヘアスタイルとか普段とかけ離れてるけど、どう見てもユウだよ。」

 珍しくマブであるユウのマジカメが更新されたかと思えばこの映像。確かに以前、彼女本人から化粧品のイメージモデルの仕事が入って物凄く鬱です、というような話は聞いていた。どんよりと雨雲を背負う彼女へ、まあ頑張れよ、といった励ましや、撮影したら写真見せろよ、といったからかいの言葉などを送ったりもした。
 しかし彼等が想像するイメージモデルというのは、あくまでこの世界基準である。沢山のメイク道具に囲まれて、フリル等のガーリーな小物に囲まれて、フワフワキラキラとメイクを楽しむ女の子。そんな女の子が陽気に歌とか歌っちゃって、可愛く綺麗に変貌していく姿を映す。そういうものだったのだ。
 ところがどっこい。いざ出来上がったCM動画を見てみれば、フワフワキラキラガールとは正反対のクールで格好いいレディが映し出された。そのレディこそ自分達がよく知るマブで、且つチラッと紹介だけされた従兄なのだろう、自分達よりずっと歳上のイケてる男と、お年頃の彼等にはちょっと刺激的なムーディーでセクシーなシーンが映し出されている。その時点で彼等の思考は停止したし、リップメイクのCMに至っては、何名かが思わず視線を逸らしてしまうほど刺激が強かった。

 「とりあえず、休み明けは出来る限りアイツから眼を離すなよ。」
 「昼休みは速攻迎えに行って、放課後は…お前等部活は?」
 「あるけど休むわ。先輩達に捕まる前にオンボロ寮に連れて帰らねぇとマズいだろ。」
 「だな。じゃあそのままオンボロ寮直帰で。」
 「わかった。」

 この学園で最も長く濃い時間を共に過ごしている自分達でさえ、思わず見惚れてしまう程の美しさなのだ。ただでさえ強くていい女として、様々な種族や寮から一目も二目も置かれ、初恋キラーなんて異名までつけられている存在であるユウが、無防備に一人で学園内をフラついていたらそれこそ周囲の肉食獣共が黙っていない。特にユウと割と接触する機会がある自分達の先輩達が危ない。
 今回ばかりは、若様であってもお譲りするわけにはいかんな。すっかりお気に入りの人の子としてユウを見ていることを知っているセベクは、そんな崇拝するマレウス・ドラコニアが今後取るであろう行動を予測してそっと胃のあたり擦る。妖精さんは気に入った人の子をすぐに自分の手元に連れ去っちゃうから。
 レオナさんも王族として本気で根回しされたら厄介だな。自身が尊敬するレオナ・キングスカラーが本気になった場合を予測したジャックは、セベクの隣で同じように蟀谷あたりを揉み解した。ライオンさんは、狙った獲物は絶対に逃がさないから。

 「俺等にここまで心労を負わせたんだから、お詫びとしてまた美味いもん沢山作ってもらおうぜ。」
 「それいいね。僕またバーベキューしたい。」
 「グリムがユウの作ったカレーがめちゃくちゃ美味いって聞いたからそれも気になる。」

 こりゃ休み明け早々お泊り会になりそうだな。あとは絶対に捕獲すると眼をギラつかせている自寮の寮長達から、どうやって外泊届を勝ち取るかだが。早速作戦会議を始めるマブ達を通りかかったゴースト達だけが微笑ましそうに見守っていた。