無気力な人間に捧げる一生

 マブ達を自宅(仮)に招待したのは良いが、肝心の家主にその事を報告していないと思い出したユウは、クルーウェルが受け持つ魔法薬学の授業で課された課題に五人と一匹がひいこら言っている内に、マブ達のお泊り会の許可を取るべくメッセージを送った。独占欲がえらい強いだの、拗らせている男だの何だのと言われているが、基本的には面倒見の良い好青年であるため、ユウの影響もあってかワタルも割とマブと呼ばれた五人に対しての印象は良い方である。伊達にクソガキと呼称するどこかのレジェンドと十年以上付き合っていない。
 直ぐに許可の返答と、何かお菓子でも買って帰ろうか、という気遣いには、どうせこの後買い物に行くから大丈夫、と御礼と共に断りを入れて冷蔵庫の中を確認する。マブ達のお泊り会関係なく、元々今日は仕事終わりに買い出しに出る予定だったのだ。補充品の確認や保存食系等を確認し、ついでにこれから向かう予定のマーケットのチラシをチェックする。夕市と称して安売りをする時間を狙って行きたいが、同じことを考える主婦達が集う時間帯でもあるので、無駄を少しでも減らしておきたいという判断である。

 「ユウさん何処か行くの?」
 「買い出し。」
 「え、ずりぃ俺も行きたい!」
 「課題終わったの?」
 「…、」
 「まだ陽が沈んでいないとはいえ、一人は危険だ。僕が付き添おう。」

 せっかくだし出かけたい、というマブ達の希望は、未だ課題が終えられていない現実の前に一刀両断された。グリムを始め今のマブ達と一緒に過ごすようになって、割と手を抜くタイプであったエースも、ミドルスクールまでは素行が悪く座学に対して苦手意識を持つデュースも真面目に取り組むようになったが、それはそれとして流石は名門校。課題一つとっても中々にハードな内容らしい。予習復習を欠かさないジャックとセベク何とか先に終えたようだが、他のマブ達はまだあと小一時間くらいはかかるだろう、という状況であった。
 スナック菓子類も買い足してくる、というユウの言葉にポテチが良いだのクッキーも欲しいだのと喚くマブ達のリクエストを受けつつ、メンバーの中でしっかりした性格のジャックへ留守を頼み、同伴を買って出たセベクと共にユウは買い物バッグを片手に家を後にした。

 「近所のお店まで少し距離があるから、カイリューに乗っていくんだけどセベクは大丈夫?」
 「問題は無い。飛行術は得意だ。」

 ボールからカイリューを出し、念のためにライド用の補助具をセベクに装着させてから、ユウは慣れた様子でカイリューの背に飛び乗る。体格差からセベクには後ろに乗ってもらう事にし、補助具を自身の腰のベルトとカイリューのライド用ハーネスに繋げて振り落とされないよう固定する。ユウ一人であれば特に補助具を使う事も無いが、今回はポケモンに乗って飛行経験が無いセベクを連れているため、補助具が法令で必須になっているのだ。
 補助具などに問題が無いか入念に確認した後、セベクにしっかりと捕まるよう指示したユウは、筋肉質な彼の腕が自身の腰元に回ったことを確認してからカイリューに指示を出す。可愛らしく一声鳴いてから大きく翼を羽搏かせ、普段よりもゆっくりと上昇してくれたカイリューの背をユウは感謝の意を込めて軽く擦る。

 「凄い…あっという間にこんな高さまで飛べてしまうのか…!」
 「カイリューは飛行出来るポケモンの中でも特に飛行力が高い子だから。人間は到底耐えられないけど、この子一匹なら、半日ちょっとで世界を一周出来るよ。」
 「凄いな!?」

 飛行術で空を飛ぶことに特別珍しさを覚えないセベクでも、ポケモンの背に乗った飛行には感動を覚えたようで、普段よりもテンションの高い声音で周囲の景色を楽しんでいる。このまま暫く空の旅を楽しむのも悪くはないが、あまり時間をかけては大人しくお留守番しているマブ達が臍を曲げるだろうから、ユウはつい甘やかしたくなる自分に内心鞭を打ち、目的地に向かうようカイリューへ指示する。それでもいつもより少し遠回りしてしまったのは、仕方のない事だろう。
 カイリューの背に乗り凡そ二十分ほど。目当ての店が見えてきたところで、なるべく往来の邪魔にならない位置に降り立ったユウは、カイリューを一旦ボールに戻してからセベクにはぐれない様一言添えてからマーケットの中に入る。何を言わずとも買い物かごを持ってくれたセベクに対し、こういうところはスマートな紳士だな、と内心トキメキを覚えつつ、目当ての商品を次々に籠の中へ入れていった。

 「今日、夕飯何食べたい?」
 「肉が良い。」
 「お肉かぁ。ハンバーグとステーキならどっち?」
 「ステーキ。」
 「おっけー。」

 せっかくみんなが泊りに来てくれたから、ちょっと奮発しちゃおう。そう言いながら精肉コーナーへ足を向けたユウに寄り添って歩くセベクは、周囲からチラホラと向けられる視線に意識を向ける。特段悪い感情が含まれたものでは無いが、好奇心を滲ませたそれは、決して居心地のいいものでは無い。しかし此処はセベクが生まれ育った世界とは異なる世界。余計なトラブルを起こし、万が一眼前の大切な友人に迷惑が掛かってはいけない、と己をセーブした。当然、割と顔が知られているユウが見知らぬイケメンを連れて、まるで新婚のような遣り取りをしながら買い物している事に対し、周囲が驚愕と好奇心から視線を送っているとは露ほども考え付いていない。
 精肉コーナーでここ最近顔馴染みになった若い男性の店員へ、目当ての部位の肉とグラム数を告げたユウは、普段は溌溂と元気な笑顔と声で対応してくれる彼が、何処か呆然とした様子で固まっている事に対し首を傾げる。あの、と声を掛けるも魂が抜けてしまったその様子に、慌てて脇に控えていた中年の女性が対応に当たった。

 「あらユウさん。ごめんなさいね。こちらのお肉で宜しかったかしら。」
 「はい。ありがとうございます。」
 「今日はとても素敵な方を連れていらっしゃるのね。」
 「そうでしょう?とても素敵なイケメンくんです。」
 「ユウ、」
 「事実じゃん。」
 「ユウ!」
 「はいはい、ごめんて。」
 「あらま。ほんと仲の良いこと。オバサンてっきりワタル様がお相手だと思っていたけど、違ったのね。」
 「彼もワタルくんもそんな人じゃないですよ。」
 「あらそうなの?はい、おまちどおさま。いつもありがとうね。」

 好い仲ではないと知って復活した男性店員と、意外そうにキョトンと眼を丸くした同じく馴染みのある女性店員、そしてセベク同様周囲の視線に気付いていたユウは、どうやら要らぬ誤解を与えていたらしい、と察して苦笑を溢す。ワタルと二人ではまず買う事が無い量のステーキ肉を籠に入れてから、何か物言いたげな男性店員へ視線を戻すも、ユウや彼が言葉を発する前に、他の客の邪魔になる。次に行くぞ、と腰元に伸びてきたセベクの腕と言葉に阻まれ、軽い会釈と共にその場を退いた。
 その場を離れる際にセベクの鋭い視線を受け、すっかり委縮してしまった男性店員と、そんなセベクをこっそり盗み見した女性店員は、おやまあ、と含みのある笑みを浮かべる。ユウはああ言っていたが、お相手はそうでもないんじゃない?と中年女性店員は、年の功からそう予想を立てるも、軽々しくレディにナンパモドキをする男はクソ野郎、を信条とするワンダーランド産の、これまで交友関係が狭くてマブ(特にユウ)に対してちょっと重ための感情と、半分流れる妖精族の血筋のせいで普通の人間よりちょっと重ための独占欲を抱いている男というだけであって、決してセベクはユウに対し恋心だの懸想を抱いている訳ではない。まあ、正直言えば下手な恋心よりもずっとヤバい感情ではあるが。
 そんなこんなで必要なものすべての買い物を終えたユウは、買い物かご同様何も言わずとも荷物を持ってくれたセベクに対し、私のマブがこんなにもスパダリ、と再度トキメキを覚えつつ、行きと同様カイリューの背に跨った。馴染みのある店員や周囲の客達が、色めき立っていることなど、隣のマブに尊さを覚えているユウは知る由もないのだ。