香水に込められた複雑な気持ち

 カリカリに上げたフライドポテトと大根と胡瓜の甘酢和え、カリフラワーやニンジン等の茹で野菜とゆで卵、ツナをマスタードの効いたマヨネーズソースと併せたサラダ等の副菜、カボチャのポタージュを完成させたところで、玄関のドアが開く音がした。聴覚に優れているグリムとジャックが顔を上げ、同タイミングで寛いでいた一部のポケモン達が玄関へと駆けて行くのを見送ったユウは、手伝いを買って出てくれたマブ達に配膳をお願いする。

 「おかえり〜」
 「おかえりだゾ!」
 「ただいま。それからいらっしゃい。」
 「お邪魔してます!」

 事前に連絡を受けていた予定時間通りに帰宅したワタルを出迎えたユウとグリムに反し、マブ達は慌てて背筋を正して深々とお辞儀する。そんな突然の礼儀正しい行動に驚いたユウを他所に、微苦笑を溢したワタルは、お土産、とユウに小さな紙袋を手渡す。その紙袋に描かれたロゴが、トキワシティで有名なパティスリーのものである事に気付いたユウは、歓喜の声を上げて中の小箱を開封する。
 ユウにつられる形で箱の中を覗いたグリムも、そこに並ぶ色とりどりのカットケーキの数々に、デザートだゾ!と喜びの声を上げた。その言葉に何処か緊張した様子で所在無くしていたマブ達も一斉に箱を取り囲むように覗き込む。定番のショートケーキにレアチーズケーキ、モンブランにフルーツタルト等々。どう見ても自分達の分も含んだそれに、マブ達はワタルへ、ありがとうございます、と再度深々と頭を下げた。

 「何でみんなそんな突然シャキッとしたの。」
 「大事なマブの大事なご家族にキチンとご挨拶するのは当然だろ!」
 「まあ、突然転がり込んだのは事実だし…」
 「オメー等、ワタルがおっかないからだろ。」
 「ちげぇよ!」

 慌てたように取り繕うエースに、成程それもあるのか、と納得したユウは、確かにこれまでのワタルの行動を振り返って無理もないかと、更に納得する。向こうでのワタルの所業と言えば学園長室破壊事件。腐っても大魔法士であるクロウリーを黒焦げにした男、ともなればビビッて居住まいを正すのも無理はない。
 同じくグリムも本能的に畏怖する存在という認識はあるが、ユウに対する大人げない行動や普段の物腰柔らかい態度も知っているため、ワタルに対してすっかりフランクな態度を取っている。ポケモンに近しい存在である事もあって、ワタルに可愛がられているから、という理由もある。
 とりあえずお風呂入ってきたら。このまま気まずい空気が続くのも良くないだろう、とユウはワタルに声を掛けた。仕事から帰宅したら先ずは風呂。ルーティンとも呼べるそれは、ワタルと共に暮らすようになったユウにもすっかり沁みついている。そうするよ、と頷いたワタルは、気楽に過ごして構わないから、と微苦笑と共にマブ達へ声を掛けて一旦リビングを後にする。学園で見た苛烈な印象とは違い、柔らかな空気を纏う男に、マブ達はポカンと口を開けてその背を見送るのだった。
 因みにその後、夕飯を囲んで会話を重ねていく内に、ワタルに対する畏敬の念もすっかり収まったらしいマブ達は、元からポケモンバトルに興味津々だったデュースやエペルを中心に、今ではある種の尊敬の念を抱くほどにワタルへ懐いた。荒くれて素直じゃない性格が多いドラゴンタイプを卸すドラゴン遣いの第一人者の異名は伊達じゃないらしい。


****


 ユウの朝は早い。それはフスベの実家に住む頃からの彼女の習慣で、一般人よりも多くのポケモンを所有するトレーナーでもある事が所以する。一匹ずつその日の体調等を確認したり、触れ合う時間を多く設けたり。ひとつの命を預かる身として当然の義務ともいえる。そしてその習慣は、ワンダーランドに迷い込んだ時も抜けることが無いほど、彼女の身に沁みついていた。
 マブ達が泊りに来た日の翌朝も、ユウは変わらずまだ日が昇りきる前に起床し、隣でまだ穏やかな寝息を立てるグリムを起こさぬよう慎重にベッドから抜け出した。以前の一件でワタルと共寝する事も多くなったが、一応ベッドは自室へと持ち込んでいるため、今日みたいなお客様がいる日は自室で寝るようにしているのだ。本当のところを言うとワタルは来客があろうが無かろうが関係ないのだが、ユウが有無を言わさず自室に戻っているのである。閑話休題。
 あまり物音を立てないよう注意しながら階段を降り、広い庭へと続くリビングの窓を開く。早朝特有の少しひんやりと湿った空気を浴びながら、伸び伸びと過ごすポケモン達を見つめて頬を緩めた。

 「ユウ。」
 「ジャック。それにセベクも。おはよ。」
 「おう。早いな。」
 「昨日の言葉に甘えて、地下のトレーニングルームを借りたぞ。」

 ユウよりも更に朝が早いジャックとセベクは、昨日ワタルから地下のトレーニングルームを教えてもらい、早速そこで毎日のルーティンであるトレーニングを行ったらしい。ジョギングは土地勘が無い事と、野生ポケモンの縄張りにうっかり迷い込んだ際の危険性を考慮して許可が出せなかったので、代わりにランニングマシンやエアロバイク等を貸し出したのだ。どうやらお眼鏡に適ったらしく、朝から上機嫌な様子の二人の姿にユウも先程とは違う意味で頬を更に緩める。
 せっかくだから運動後のスムージーでも飲む?ユウの問いかけに、しかしあまり馴染みの無い二人は揃って首を傾げる。運動とスムージーの関係性がよく解らなかったのだ。そんな二人に、物は試しだとキッチンに入ったユウは、冷蔵庫からバナナと林檎、小松菜、豆乳ヨーグルトを取り出し、キッチンに備え付けの戸棚からミキサーと粉末状のプロテインを取り出した。

 「コレは何だ?」
 「プロテイン。知らない?」
 「聞いた事は無いな。」
 「僕も知らない。」
 「あれ、そうなの?二人ともトレーニングを欠かさずやっているから、知っているかと思った。」
 「トレーニングに関係するのか?」
 「より良い筋肉を作るためのサポート食品的な。」
 「「何!?」」

 良い筋肉。そのワードで思い出されるのは、ナイトレイヴンカレッジの体育教師であるバルガスだろうか。そういえば、生卵をジョッキ飲みする姿は見かけた事はあるが、彼がプロテインを飲む姿を見た事がないと思い出したユウは、もしやワンダーランドにはそもそも存在しないものだったのか、と思い至る。
 成分や効能を簡単に説明すれば、二人とも口を揃えて飲みたい、と回答したため、ユウは適当に切り分けた果物や野菜、豆乳ヨーグルト、そして規定量のプロテインを、口当たりが滑らかになるくらいにミキサーにかけ、グラスに二等分になるよう移し替える。興味深そうに作業を見ていた二人へグラスを渡せば、いただきます、とユウの食前の挨拶を真似て、揃ってスムージーを一口。

 「…美味い。」
 「スムージーって、ヴィル先輩を真似てポムフィオーレの奴が飲んでいるのを見た事があったが、あの時はもう少し青臭い印象があったのに、これはそんなでもねぇな。」
 「まあ、今回は飲みやすさ重視で小松菜しか野菜は入れていないからね。でも栄養価高めで、カロリー抑えめだよ。」
 「このヨーグルトは僕が知っているものと風味が違うな?」
 「豆乳っていう、豆を煮詰めたもので作ったヨーグルト。牛乳で作ったものよりも低カロリーであっさりとした口当たりがおすすめ。」
 「何か、ヴィル先輩が聞いたら即座に食いつきそうだな。」
 「確かに。」

 プロテインは運動後に適量接種すれば、たんぱく質を始め栄養を吸収してくれるから、筋肉の分解が防げて、よりトレーニングが効果的になります。また就寝前に摂取すれば成長ホルモンの働きを助け、筋肉の修復にも効果的です。プロテインの商品袋の裏面に記載されていた文言を読み上げたユウの言葉を受け、ジャックとセベクは絶対にプロテインを買って帰ろう、と心に決める。ちなみにワンダーランドには、プロテインという商品がどこにも存在しなかった事が、ネット検索の結果により明らかになった。
 そうこうしているうちに、早起きじゃないポケモン達も起床し、ユウは慌ただしく朝食の準備を始める。と言っても、数が数なので、事前にタイプや正確毎にブレンドしたポケモンフーズを大皿に取り分けて行くだけなのだが。

 「ポケモンフーズ、というのは、こちらでいうペットフードのようなものなのか?」
 「そう思ってくれて大丈夫だと思う。一応自然由来のものだから人間も食べられるけど、まあ正直に言って美味しくはない。」
 「…グリムが一度は気にして食べてそうだな。」
 「ご明察。味が薄くて物足りねぇ、ってシワシワになっていました。」
 「食い意地が張っているアイツらしいな…」

 雑談をしながらも手伝いを買って出てくれた二人の協力のお陰により、いつもより時間がとる事が出来たユウ特性の朝食は、普段よりも豪勢な仕上がりになったため、噂の魔獣が喜びの舞を踊るのだった。