平行世界で生きましょう

 ツイステットワンダーランドは、愛と夢と魔法の世界である。そしてロトムからすれば異世界である。当然、文化も歴史も流行も違う。こちらの世界では誰もが知っているワタルも、向こうの世界ではただの一人の男性となる。つまり何が言いたいかというと、ツイステットワンダーランドのSNSでは、ユウとワタルの関係に祝福の言葉を贈る者はいても、その関係性やユウ個人を一方的に非難する者は一人としていないのだ。
 どんな化学反応が起こったのかは全くの謎だが、ロトムがツイステットワンダーランド産のスマホに入り、データを同期した事により、こちらの世界のスマホでもツイステットワンダーランドのネットワークにアクセスする事が可能となった。ユウはツイステットワンダーランドに沢山の友人、知人がいる。特にとある六名はマブと呼称するほどに仲が良い。ユウが自分のモノと言い切るほどには大切に想っている存在。ならばロトムもまたそれに倣うまで。
 早い話が、こちらの世界では、ウザったい程に誹謗中傷してくる連中が一定数いるが、ツイステットワンダーランドにはそれが無いから、ロトムは専らツイステットワンダーランドのSNS———マジカメにも、よくユウの写真や動画を投稿しているのだ。寧ろ最近の頻度はこちらの方が多いかもしれない。

 「あ、ユウのアカウント更新されてんじゃん。」
 『僕のところにも通知が来た。確か、ワタルさんの仕事の手伝いで外国に行っているんだよな。』

 そして、ロトムの投稿を待ち望んでいる者もツイステットワンダーランドには一定数いる。それがマブと呼ばれた六名と、彼等に近しいナイトレイヴンカレッジの生徒、教員である。単純にユウの近況を知る事が出来て嬉しい者、異文化に触れる事が出来るため、そちらへの興味関心がある者、未だ謎多き学園唯一の女の子と、その恋人(?)と思われる男性との仲睦まじい写真や動画に心をときめかせている者、エトセトラ。理由は様々なれど、みなユウのアカウントをフォローし、その投稿を楽しみにしている。
 だがユウのアカウントは、何もナイトレイヴンカレッジ関係者だけにフォローされている訳ではない。世界的に有名なスーパーモデルのヴィル・シェーンハイトを始め、数々の著名人がフォローしているアカウントではあるが、投稿内容を見れば同じ学園の関係者だと察する事が出来るため、それを理由にフォローする者は少ない。ユウがツイステットワンダーランドでも多くのフォロワーを抱える理由、それはホリデーが始まる少し前にアップされたとある投稿が切欠だ。そう、こちらの世界だけでなく、ツイステットワンダーランドでも注目の的となった化粧品のCMである。
 そこでもユウとワタルは、まるで恋人同士のような絡みのあるシーンが多かったため、ツイステットワンダーランドの約8割は、二人が恋仲であると信じて疑っていない。だからこそ、ユウのアカウントでワタルと仲睦まじい写真や、匂わせの投稿があっても、祝福のメッセージこそあれ、否定する言葉の一切が無いのだ。

 『ガラル地方って、どんなところなんだろうね。』
 『服装的に結構寒い所じゃねぇか?ユウのアウターも厚手のものみてぇだし。』
 「あー、たしかに。こっちで言う輝石の国辺りと同じ気温じゃね?」
 『言われてみれば、外観も何処か輝石の国に似ているな。』

 ホリデー期間中に出された課題を早々に終わらせてからも、時間が合えばこうしてリモートをしながら駄弁ったり、オンラインゲームを楽しんだりしているマブ———エース、デュース、ジャック、エペル、セベクの五名は、ユウのアカウントが更新されるなり、一斉にその投稿へコメントを入れたり、高評価ボタンを押したりしている。
 グリムも付き添いで一緒に行くことになったため、課題を終わらせる期間が短くなってしまったが、それに口では(主にエースが)文句を言いつつも、何だかんだ付き合って一気に終わらせたため、割と暇なホリデーとなっているのだが、こうしてユウの更新を見るのも悪くないと思うくらいには、彼等は彼女とその相棒を大事に思っているのだ。

 『ランチの写真の肉スゲェ美味そうだよな…』
 『解る。』
 『フィッシュアンドチップスは、こちらの世界でもメジャーなメニューなのに、何故あんなにも美味そうに見えるのだろうな…』
 『解る。』
 「ロトムの写真の撮り方が上手すぎるんだよな。ケイト先輩もコメントで『映える写真の撮り方上手』って褒めてたし。何なら撮り方教えてって言ってたくらいだし。」
 『ダイヤモンド先輩に言われるって、相当だよな。』
 『解る。』
 「エペルさっきから『解る。』しか言ってなくね?」

 実家に帰ったら村の人達はみんな訛がキツイから、気を付けないと訛全開で新学期迎えたらヴィルさんに殺される。そんな説明をするエペルに四人は、うわ、とポムフィオーレに対して少し引いた。どこか心当たりがあるジャックだけが、あー、と何とも言えない顔もしていたが。
 五人がこんなくだらない会話を敢えて続けているのは、ユウが投稿した写真と共に添えたコメントを呼んだから。今度はみんなと一緒に来たい。なんてコメントと共にオシャレなカフェテラスの写真や、美味しそうな料理の品々の写真をアップされては、自惚れでなくとも彼等は察してしまうのだ。彼女が言うみんなは、マブと呼ばれた自分達である事を。
 しかしそれを指摘したり、話題に出したりする事は、何だか小恥ずかしいし憚れる。だからくだらない会話を見つけては、あからさまに話題を逸らしているのだ。マブと纏められる事には慣れても、彼等だってお年頃の男の子なので。

 「まあ、誘われたら行ってやらねーこともねぇけど。」

 ユウの投稿に高評価ボタンを押しながら、ポツリと思わず溢したエースの呟きは、残念ながら通話越しの彼等に丸聞こえで、四人は自分達も同じ気持ちだというくせに、棚に上げて挙ってエースを弄り倒す。すっかり弄り倒されたエースは、新学期になったら絶対ユウにチェリーパイ作らせてやる、と内心で八つ当たりをするのだった。


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 到着日初日は、これから共に仕事をしていくガラルリーグスタッフ達と軽い挨拶のみで自由行動となったため、ユウは早速ガラル地方の中心都市であるシュートシティにて観光を楽しんでいた。カントー、ジョウト地方でも他地方の料理を取り扱う店が最近増えつつあるが、それでも本場の味は違うと、様々な料理に舌鼓を打ちつつ、グリムの天才的な食レポを聞いては、マブである彼等を思い出す。
 このお肉料理は絶対エペルとジャックが好きだろうし、こっちのカルパッチョはセベクが好みそう。スイーツはエースが気に入りそうだし、プレートの卵料理はデュースが眼を輝かせそう。そんな想いで写真を投稿しながら、みんなと一緒に行きたい、とコメントを残してしまった。

 「このみんなって誰の事?」
 「マブ。」
 「マブ…?」
 「あー。確か、グリムと同じように向こうの世界で仲の良い友人が出来たって言ってたっけ。その子達のこと?」
 「うん。」
 「レッドさんは、逢った事あるでしたっけ?」
 「ん。」

 テーブルにズラリと並んだ料理の数々をすべて写真に収め、早速SNSに投稿したユウの呟きを見たゴールドは、写真と共に投稿されたコメントに首を傾げる。しかし心当たりのあったグリーンの言葉に、そういえばこのメンバーで時空の狭間の先の異世界に行ったのは、レッドとワタルのみだった、と気付いてそっとワタルに視線を送る。
 もしやこの投稿に対して不満を覚えているのでは、と戦々恐々としたが、ゴールドの予想に反してワタルの表情は実に穏やかで、それどころかユウと一緒に噂のマブについて愉しそうに話している事に驚きを隠せなかった。

 「え、ワタルさんも知ってるんすか?」
 「何度かウチに遊びに来ているし、この間も泊りに来ていたよ。」
 「泊り!?」
 「顔見知りなのは納得だけど、泊りを許すレベルとは思わなかった…」
 「まあ、ダメって言われたら家に呼ぶだけだし。」
 「なるほどね。」
 「自分の目の届かないところで楽しまれるよか、自分のテリトリーに呼んだ方がマシって奴ね。」
 「はは、酷い言い草だな?」
 「事実だろ。」

 グリーンの指摘その通りなのだが、小生意気なクソガキ共にそれを指摘されるのは些か腹が立つワタルは、グリーンのツッコミには敢えてスルーし、寧ろこの場では(レッドも顔は知っているが、性格などは殆ど知らないため)ユウと自分のみしか知り得ないマブ達の話題を広げる事にした。その性格の悪さを的確に察したグリーンは、口許を引き攣らせながら、心狭いなこの男、と思わなくも無かったが、口にすれば今度こそ脳天に拳骨が落ちてきそうだったので、大人しく聞き役に徹する事にしたのだった。
 普段の言動からはあまり感じられないが、意外と人見知りが強く、パーソナルスペースも広いユウが、自分のモノと言いのける程には、彼女にとって特別な存在であるマブ。ユウの落ちた先は男子校だったと、レッドから聞いた話で知っていたグリーンとゴールドは、噂のマブもまた彼女のと同年代の男子高生であることまでは察しがついているが、その人となりはよく知らない。

 「写真ある?」
 「あるよ。」
 「見せて。」
 「えー。」
 「え、良いじゃん。ダメなの?」
 「何か勿体無い。」
 「勿体無いとは…?」
 「でも最高にイケメンだから見せびらかしちゃう。」
 「もしやお前結構そのマブくん?の事好きだな??」
 「だーいすき!」
 「こら、ワタルさんの前!」
 「ワタル君の前じゃなきゃいいの?」

 テンポのいい会話を繰り広げながらも、ユウのスマホロトムに映し出された写真を見たグリーンとゴールドは、その個性的すぎる面々に眼を見開く事になった。全体的に顔面偏差値高いし、髪色カラフル過ぎるし、なんなら若干二名明らかに純:人間じゃなさそうだし。
 落っこちた先の世界なんなの。思わず零れたゴールドの呟きには、愛と夢の魔法の世界、というユウの言葉が返される。どこの遊園地のキャッチフレーズですか、とツッコミたくなる話だが、事実なのだから仕方がない。

 「ほんとにイケメンで何か腹立つ。」
 「ボンジュールくんには到底及ばないね。」
 「なあ、それ褒めてる?貶してる??」
 「褒めてる、褒めてる。」
 「小生意気な妹分ですこと!」
 「あ、グリム!このソテー凄く美味しいよ。あーん。」
 「あー。」
 「聞けよ!」

 因みにこのやり取りが、こっそりワタルのスマホロトムにて撮影されており、彼経由でデータを貰ったユウのスマホロトムがその日の晩、それぞれの世界のSNSにユウのアカウントで動画をアップした事で、マブ全員が各々の寮の先輩達から羨ましさから冷やかしと嫌味交じりの弄りを受ける事になったため、エースは更にユウへ賠償を命じようと固く決心したし、他のマブも絶対に自分の好物を作らせようと心に決めていた。