まだ未熟だった日を思い返すと

 昼間にマブの話をしたせいか、どうしても声が聞きたくなってしまい、ユウは寝る前にマブのグループチャットに通話可能かお伺いを立てた。直ぐにエースがオンライン通話に切り替えて、リモートマブ会が開催された。
 その際、開口一番に全員から新学期始まったら、俺の僕のわーの好物を作れと責め立てらえたが、特に断る理由も無かったため二つ返事で了承した。そうしたら、お前ほんとそういうところだぞ、と謎のお叱りを受ける事になったが、ユウは首を傾げながら、ごめん、と謝るしかなかった。自身が投稿したSNSが原因である事は全く気付いていない。
 そこからダラダラといつもの駄弁りが続き、夜も更けてきたところで、いい加減寝なさい(俺の寝床で)、というワタルからの忠告により、リモートマブ会はお開きとなった。ユウはグリムと自分用のベッドで寝ようとしたが、強制的にワタル用のベッドに連れ込まれたため、ユウ用のベッドは小型ポケモン達の寝床と化した。
 因みに、事前に女性が一人同行すると連絡を受けていたガラルリーグ側が、配慮として別室を用意していたのだが、何故か配慮を受けたユウではなく、一人っ子で現代っ子のゴールドが別室を利用している。理由は言わずもがな。竜王ワタル独占欲バリ高ドラゴンがユウとの同室を強く希望したからである。そのため部屋割りは、レッドとグリーン、ユウとワタル、ゴールドのツイン2部屋とシングル1部屋となった。ワンフロアにその3部屋しかないスイートルームであるが。
 そんなこんなで翌日。ルームサービスで用意された朝食に舌鼓を打ち、事前に組まれたスケジュールそっちのけでワイルドエリアに行こうとするレッドの首根っこを(グリーンが)掴み、業務自体には関係の無いので観光に行こうとするユウ(とグリム)を(ワタルが)強制連行して現在。シュートシティの中央に聳え立つシュートタワーの一室に通されたユウは、阿鼻叫喚の騒ぎになっている空間から眼を逸らすように、窓から見える絶景を眺めていた。

 「れ、レジェンドがいらっしゃるなんて聞いてねぇですよ!?」
 「ヒョェ…」
 「ミ゛ッ、」
 「テメー等は、せめて人間の言葉を話しやがれです!ちょ、スタッフ!責任者!!」
 「自分は、事前にお二人へ連絡をきちんと、入れました。」
 「わざわざ、きちんと、のところ協調しやがらなくて結構です!」
 「えっと、どちらがレジェンドさんでしょうか…?あ、私はユウリです!」
 「うっそでしょ…ユウリ、もしかしてレジェンドご存知ない…?」
 「?はい!あ、ごめんなさい!」
 「マジか…これがジェネレーションギャップ…?」

 カオス。正にカオス。対戦相手同士軽い挨拶と今後の予定についての擦り合わせとして設けられた場であるが、セキエイリーグ側の代表であるワタルが入室した時点で、キバナが卒倒し、続くグリーンとレッドが入室した時点でダンデが引っ繰り返り、ギリギリ理性で気絶を免れたネズが代わりに発狂した。唯一、レジェンドコンビを知らないユウリだけが、のほほんと笑顔で元気よく挨拶をする。流石新星チャンピオン。肝の座り方が伊達じゃない。
 こうなる事を回避するために、スタッフ責任者はわざわざ早朝一番に連絡を入れたというのに、結局こうなった。予測可能回避不可能。そして予定通りスタッフ責任者のモブオジサンは完全に他人事である。

 「と、というか…あの、そちらにいらっしゃるのは、も、もしかして、ユウさん、です、か…?」
 「はい。ユウです…?」
 「ヒェ。」
 「キバナーーーー!!!」

 SNSに疎いオジサンであったため、スタッフ責任者は発狂を免れたが、SNS廃人とも呼べるキバナにはガッツリ急所に当たった。効果は抜群。4倍で突き刺さる。唯でさえワタルとの対面で緊張から白目剥いているのに、ユウまで来られたらキャパオーバーになるのは当然の事。再度引っ繰り返ったキバナを支えたのは、レジェンドショックから何とか復帰したダンデである。
 喧しい奴等だゾ。呆れたように腕を組んで半目になるグリムの呟きが霧散する空間。阿鼻叫喚は更に十数分続く事となった。


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 ガラル組が何とか復活を遂げたところで、漸く打ち合わせが始まり、自分以上にパニックになっている者がいると逆に落ち着く、の精神で冷静になったスタッフ責任者による一通りの説明を受けたところで、本日の打ち合わせは終了。この後は対戦相手同士の挨拶を交えたランチ交流会となる。予定より時間が遅れたのは、言わずもがな。
 ランチ交流会は、エキシビションマッチ出場者だけでなく、ガラルリーグの各ジムリーダーや、ジムトレーナー、スタッフの一部も参加する立食形式である。打ち合わせが遅れた事に疑問を持っていたジムリーダー達は、ガラルリーグ側の出場者達の後に入室した面子を見て納得した。そして同じように卒倒したり発狂したりした。
 そんな最早お決まりとも呼べる一連の騒動を経て、ユウは早々に喧しい———否、賑やかな空間から抜け出して、テラス席にグリムと共に腰を下ろした。

 「どいつもこいつもうるせぇんだゾ…俺様、耳が痛ぇ…」
 「グリムの聴覚じゃしんどかったよね…お疲れ様…」
 「ぶなぁ。ユウの作ったツナパスタを食べねぇと、元気が出ねぇんだゾ…」
 「部屋にキッチンが備え付けだったから、今日のお夕飯に作ろうか?」
 「ふな!ホントか!?」
 「頑張ってくれた親分へ、子分から細やかな労りです。」
 「やったー!全然細やかじゃねぇんだゾ!俺様には最高のご褒美ダ!」

 しおしおと萎れていた顔を一気に満面の笑みへと変えるツナの威力の高さ。ユウは内心でそっとツナ缶にお礼を言いながら、皿に盛り分けた数々の料理をグリムとシェアしていく。一応各リーグのお偉いさんが集う立食会のため、用意される料理もかなり豪華だ。
 ナイトレイヴンカレッジの食堂やモストロラウンジで出されそうな、生クリームやバターをふんだんに使われている料理の品々は、数口であれば美味と感じるが、量が増えるとユウの口には重たく感じてくるため、好きな量を取り分けられるブッフェ式は有難かった。昨日の観光の時に食べた料理も、殆どワタルやグリムとシェアして少しずつ食べている。

 「どうせガッツリこってりなら、串カツとか天ぷら食べたくなってきた…」
 「ぶな…何でここにねぇ料理の話をするんだゾ…俺様も食べたくなってきたじゃねぇか」
 「だってぇ…どれもバターやら生クリームの味なんだもん…」
 「子分が良く作る料理だって、大体がダイズじゃねぇか!」
 「それはそうだけど。」

 料理は美味しいが、如何せん味付けがユウには濃すぎる。辛いとかではなく、重い。今何を食べたいかと問われたら、お茶漬け、と応えるくらいには胃への負担が大きかった。こういうところ正に異文化交流って感じ、と思いつつ、バターがたっぷり含まれたマッシュポテトをフォークで突くユウの背後で、クスクスと笑う声が聞こえてきた。
 振り返れば、灰色交じりの髪を短く切り揃え、赤銅色のスーツに身を包む初老が、口許に手を当てながら微笑ましそうにユウ達を見つめていた。どこかナイトレイヴンカレッジの文系教師を彷彿とさせるその出で立ちは、ユウの記憶違いでなければガラルリーグに所属するジムリーダーの一人であったはずだ。

 「ああ、すまないね。ぼくも昔同じことをよく考えたなぁ、と思って、懐かしくなっちゃって。」
 「誰だゾ?」
 「初めまして。ぼくはカブといいます。エンジンシティのジムリーダーをしています。君はポケモン君…ではないのかな?」
 「俺様はグリム様だゾ!未来の大魔法士になる男ダ!」
 「初めまして、カブさん。ユウです。この子はポケモンではないけれど、まあ、近しい存在だと思っていただければ。」
 「そうなんだ。ユウくんはリーグスタッフさんなのかい?」
 「いいえ。リーグには何の関係も無い一般人なんですけど。ワタルく、チャンピオンワタルの付き添いで。」
 「なるほど。ガラルはどうだい?気に行って頂けたかな?」
 「はい。初めての土地で、観光を楽しませて頂いています。」
 「それは良かった。」

 カブと名乗った初老の男性は、ユウの予想通りガラルリーグに所属するジムリーダーであった。エンジンシティと言えば、パンクスチームのような外観の街並みで有名な、機械産業が栄える都市だったはず。観光マップに紹介されていた一文を思い出しながら、相席しても?というカブへ、どうぞ、と空いている席を譲った。
 実を言うと、ぼくもこの地方の出身ではないんだ。自分で取り分けてきたのだろう栄養バランスよく盛り分けられた皿を置きながら、腰を下ろしたカブが口を開く。ホウエン地方から単身でこの地方にやって来て、そこでジムリーダーとなり今日に至る。そう自身の身の上話を終えたカブは、先程のユウとグリムの遣り取りを思い出したのか、また小さく笑い声を溢しながら、だから君達の会話を聞いて懐かしくなっちゃって、と続けた。

 「良ければ、エンジンシティに遊びに来た時に是非このお店に立ち寄って欲しいな。僕と同じホウエン出身の方が営んでいる小料理屋さんなんだけどね。」
 「ありがとうございます。エンジンシティには行く予定だったので、ぜひ立ち寄らせて頂きますね。」
 「ぼくのおすすめは鶏南蛮。タルタルソースが美味しいんだ。あとは、芋焼酎と焼きナスの組み合わせも最高なんだけど…ユウくんはまだお酒はあまり、かな。」
 「ふふ、そっちはワタル君が喜びそう。」
 「ワタルさんとは長い付き合いなの?」
 「従兄なんです。だから生まれた時からよく面倒見てもらっていて。」
 「オメーの方が面倒見てるんじゃなくてか?」
 「こらグリム。」
 「あはは。仲良しさんなんだね。」

 一応外面用で取り繕っていたユウに反して、いい意味でも悪い意味でも素直なグリムは、たとえ初対面相手であったとしてもドストレートの発言を溢してしまう。余計なことを言わないの、という意味合いでユウは今し方突いていたマッシュポテトをグリムの口に突っ込む。ムゴ、と小さく呻きながらも、このバターたっぷりのポテトは小さいけど大食漢な魔獣の口に合うようで、嬉しそうに頬を緩めながらモグモグと咀嚼を繰り返した。
 そんな仲睦まじい様子を穏やかに見守るカブは、ふと背後から感じた気配にそっと視線だけ振り返る。その先には、このテラス席がよく見える窓からキバナやダンデ達と談笑しながらも、此方へ意識を向ける竜王の姿があり、なるほど、と納得したように苦笑を一つ。

 「すみません。ちょっと過保護なところがあって。悪気はないんです。」
 「いやいや。可愛らしいお嬢さん相手だ。そうなっても仕方がないね。」
 「…カブさんも十分、ガラル紳士ですよ。」
 「ふふ。誉め言葉として頂いておくよ。ありがとう。」

 これ以上はかの竜王の逆鱗に触れる事になる。年の功で察したカブは、グリムの頭をひと撫でしてから、おかわりを取って来るよ、と当たり障りのない理由で席を立った。一連のスマートな対応に、大人とはかくあるものなのだなぁ、とユウは内心で独り言ち、溜息を一つ溢す。先程からスマホロトムを通じてグリーンのヘルプコールが鳴り止まないのだ。
 確かにこれじゃあ、どっちが面倒を見ているか解らないね。一通り食事を終えて満足した様子のグリムを抱えながら、カブと同じく空いた皿を持って席を立つユウの言葉に、大人しく腕の中に収まったグリムは、苦労性の子分を労わるためにまたご自慢の肉球で頬をぷにぷにと押してやるのだった。