見世物のような世界で笑うこと

 何だかんだとありながらも、せっかくワイルドエリアに足を踏み入れたのだから、このままのんびりと過ごすのも悪くない。自然豊かなカントー・ジョウト地方出身しかいないこと、またグリムも自然界での暮らしに慣れていた事から、誰が何を言う事も無く、食事後はそのままワイルドエリアの散策をする事となった。
 ガラル観光マップをインストールしたスマホロトムの案内の下、こもれび林やうららか草原などをのんびりと散歩したり、はたまた巨人の腰掛けやげきりんの湖にて高レベルの野生ポケモンとバトルをしたり。やれチャンピオンだのレジェンドだの呼ばれていても、根っこは純粋なポケモントレーナーでバトルジャンキー。野生ポケモンが野生環境そのままに一同に会するこのエリアは、正に彼等にとって楽園に近しいものだった。

 「またバトルするんだゾ?俺様飽きちまった。」
 「レッド君達のアレはどうしようもないから。向こう辺り散策しに行こう。」

 早速現れた高レベルの野生ポケモンとのレイドバトルに勤しみ始めた男性陣を他所に、自分がバトルできる訳でも、ポケモンを使役できる訳でもないグリムは、数度目となるその光景に既に飽きがきていた。ふわ、と大きなあくびを一つ溢す彼を抱き上げたユウは、スマホロトムに動画撮影を頼みながら、バトルの余波を受けない辺りまで退避して、のんびりと木々の生い茂る空間を進む。
 暫くした後、地元でもそう見る事のなくなった大自然の光景をスマホに収めながら、今度マブ達との話のネタにしようね、と話していた二人のすぐ背後の草むらがガサッと音を立てる。野生ポケモンでもいたか、と音の発生源に意識を向けつつ、何時でも応戦できるよう身構えたユウの前に、ひょこりと顔を覗かせたピンク色の子熊のようなフォルムのポケモンが一匹。見覚えのないその姿にロトムへ図鑑照合を依頼すれば、ヌイコグマと呼称されるポケモンである事が判明した。

 「へえ、もこもこで可愛いね。」
 『前足をジタバタする姿は可愛げがあるが、大木をへし折る威力がある、ロト!』
 「ひぇ。」
 「ぜんぜん可愛くねぇんだゾ!?」
 『因みにヌイコグマがいる場合、親のキテルグマもいる可能性があるから十分に注意するロト!』
 「キテルグマ…」

 親という事は恐らく進化系だろう。ユウの予想通り、先程よりも大きな物音と共に全長二メートル近くある、ヌイコグマと似たフォルムや色合いのポケモンが姿を現した。
 こちらを視認するなり、もこもこの両腕を上げて手を大きく振る姿は、そのフォルムや円らな瞳からもとても可愛らしく思える。しかしロトムの図鑑説明を聞いたユウは即座に回れ右でその場を駆け出した。

 『ノーマル、かくとうタイプで、手を大きく振る行為は友好ではなく威嚇のポーズ。背骨が折れる程のパワーを持っているロト!』
 「ぶなぁぁぁっ!?」
 「やっぱり可愛くてもかくとうタイプですね!!」

 全速力で走るユウに抱えられたグリムは、背後から迫る足音が複数ある事に気付き、ユウの肩越しに後ろの様子を伺えば、一体だったはずのキテルグマが、気付けば草むらからわらわらと出現しては、同じように両腕を大きく振りかぶって追いかけてきている姿が見えた。増えてるんだゾーっ!?というグリムの悲鳴に、ユウも僅かに振り返れば、既に六体近くになっているキテルグマに軽く白目になりかけた。因みにユウの傍をピッタリと離れず浮遊するロトムは、こんな状況下でも動画撮影の手は緩めない。手振れ防止効果も使った完璧仕様である。
 手持ちのポケモンで応戦しようにも、生い茂った木々の中という死角が多いエリアでは、テリトリーである彼等の方に分がある。広まった草原まで戻ってから手を打とうと走る速度を速めたユウの直ぐ両脇を、突如稲妻と光線がすり抜けていく。次いで背後に迫るキテルグマの悲痛な鳴き声。気にせず草むらを抜けたところで、先程まで高レベルのポケモンとのレイドバトルを楽しんでいた面々がこちらに駆け寄ってくる姿が見えた。

 「ユウ、グリム。無事か?」
 「うん。問題ない。」
 「ぶなぁぁ…ひどい目に遭ったんだゾ…」
 「この辺りは、好戦的なキテルグマも多いらしい。あまり俺の傍を離れるな。」
 「はーい。」
 「暢気にいちゃついてないで、さっさとバトルに加わって下さいよ!!」
 「はは。お前達だけで何とか出来るだろう?それとも、その程度も出来ない程に落ちぶれたか?」
 「クッソ腹立つ!!」

 ワタルの安い挑発にホイホイと乗ったゴールドとレジェンドコンビは、額に青筋を浮かべながらも襲い来るキテルグマを確実に伸していく。何なら最後の方はポケモンバトルではなく自身の拳で挑んでいたし、レッドに至っては相撲を取り始めていた。その様子も寸分のブレなく撮影したユウのスマホロトムがユウのアカウントから投稿した事で、一時ポケスタのタイムラインが『#スーパーマサラ人』、『#カントーは魔境』、『#ジョウトも魔境』というタグで埋め尽くされる程お祭り騒ぎになったし、該当地方在住のジムリーダー各所が一斉に苦情のコメントを入れる事になった。


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 「キテルグマを投げ飛ばすトレーナーは、俺も初めて見たぜ!」

 開口一番にそう笑ったのは、今やガラルリーグ代表となったダンデである。ポケスタのタイムラインのお祭り騒ぎに気付き、そこからつい先日フォローし始めたユウのアカウントで、明らかにワイルドエリアと思しき場所でレッドがキテルグマを放り投げている動画を目にし、慌ててキバナと共に現地へとすっ飛んできたのだ。キバナが一緒だったのは、ダンデ一人では迷子になり一生辿り着く事が出来ないからである。
 キテルグマって、投げ飛ばせるんですね…?と、スペースニャース顔になったのは、明日からのエキシビションマッチに備えて、幼馴染のホップと共にワイルドエリアで自主練をしていたユウリである。ホップがユウの投稿を見つけ、それが自分達のいるエリアのすぐ傍での出来事だと知り、野次馬根性で近辺を移動している内にダンデ、キバナコンビと合流したのである。

 「何でもいいけど、何でガラル組もサラッと一緒に飯食ってンすか?」
 「一切手伝いもしていない、作ってもいないゴールド君が何で怒ってんの。」
 「いや、代表して言っただけだし。ユウが遠慮して言わなかった事を代弁しただけだし。」
 「誰も遠慮なんかしていないんだよなぁ。」
 「ご、ごめんなさい!美味しそうで、つい…」
 「私がよかったらどうぞ、しただけなので。ユウリちゃんは気にせずいっぱい食べてください。」
 「ありがとうございます!いただきます!!」

 そうして現在、昼時。キテルグマも戦略的撤退(強制)したところで、グリムがユウに空腹を訴えたため、急遽昼食の準備に取り掛かる事となった。子分として親分の空腹は見過ごせない。すぐさまテーブルをセッティングし、火を熾し、さて何を作ろうか、と頭を悩ませたところで、カレーの話を朝にしたからカレーが良いんだぞ、という可愛いリクエストを受けたためカレー作りがスタートした。因みに道具やら食材やらは、またしてもレッドのバッグから(勝手に)漁ったが、本人もカレーというワードにソワソワしながら涎を垂らしていたので無問題。
 コトコトと煮込むこと数十分。段々と周囲にスパイシーな香りが広がり、グリムの目が期待でキラキラと輝き出したタイミングで動画を見たガラル組がすっ飛んできたのである。事情を聴いて一部は笑い出し、一部はスペースニャースを背負うことになったが、それはそれとして完成したカレーがとても美味しそうだ、とユウリが生唾を飲み込んだのを見逃さなかったユウは、よろしければ一緒にどうですか、と声をかけたのが始まり。

 「そういえば、ユウさんは明日のエキシビションマッチには参加されないんですね?」
 「私一般人なので参加しないです。」
 「そうなんですか?キバナさんから、すごく強いトレーナーさんだって聞いていたので、ちょっとバトルしてみたいなって思っていたから残念です…」
 「キバナさん?」
 「ヒェッ…だって本当のことですし…!」
 「…ここでバトル、する?」
 「え!」
 「何でレッド君がバトル誘ってんのさ。君は明日するでしょうが。」
 「僕もユウのバトル久しぶりに見たい。本当は、僕とバトルして欲しいけど。」
 「いいじゃん。俺も久しぶりにユウのバトル見たい。」

 レジェンド組の言葉に目を輝かせ始めるユウリとは反対に、ユウの目はどんどんと死んだヨワシのようになっていく。このメンバーを前にバトルとか絶対に嫌だ。そうありありと顔面に書いてあるユウを知ってか知らずか。俺様もユウのバトルする姿見てみたいんだぞ!というグリムの無邪気な声と期待の目を受けて、ユウはただ黙って天を仰ぐ事しか出来なかった。バトルは凄く嫌だけど、親分のこのキラキラな期待の眼差しには応えたい。相反する感情が鬩ぎ合う中、ダメか?という親分の上目遣いでのお願い(無自覚)が勝負の決め手となった。
 とりあえずご飯食べてから、ね。若干遠い目をしながら了承の意を返したユウに、ユウリは分かりやすく喜色の笑みを浮かべて、やったー!と可愛らしい歓声を上げながら、目の前の山盛りのカレーを口いっぱいに頬張る。そんなやり取りを黙って聞いていたワタルは、ユウにバレないようこっそりと、自身とユウのスマホロトムへ撮影を依頼した。因みにすぐ横で聞いていたゴールドは、相変わらず良い性格してんな、と内心でユウへ合掌したが、ユウのバトル映像は超がつくほどプレミア且つ殆ど記録として残っていないため、同じく録画しておこう、と自分のスマホロトムの録画設定を確認していた。


******


 眼前の光景に、ホップはただ茫然と見つめる事しか出来なかった。
 自分の幼馴染で、同い年だが何処か妹のような一面を持っていたユウリが、自身の憧れであり一時の目標であった兄を打ち負かしてガラルの王者になったのは記憶に新しい。共にムゲンダイナと呼ばれた伝説上のポケモンをゲットしたことも。それ以前の旅の途中から、ユウリの圧倒的なバトルセンスと兄に似た強者のオーラは感じていたし、彼女がガラルの頂点に立ったその瞬間の光景も、今でも鮮明に瞼の裏に焼き付いている。
 しかし、そんな期待のホープと呼ばれ、今やガラル中から注目を浴びている新チャンピオンが、無敵の王者ダンデを打ち負かした幼馴染が、苦渋の顔を隠せぬまま、最後の一体となったインテレオンと共に、ギリギリの瀬戸際まで追い詰められている。対して先程知り合ったばかりのユウと呼ばれた、自分より幾つか年上の女性は、まだ二体目のポケモンを繰り出したばかり。それも戦闘不能になった事による交代ではなく、ただ単純に相性等を考慮しただけの交代。つまり、一体目のポケモンの体力もまだ半分以上残っている状態だし、残る四体に至っては、まだその存在すら明らかになっていない。
 そこでホップは漸く、圧倒的レベルの違いを見せ付けられている事に気付く。思わず視線をユウリから自身の兄へ向ければ、彼だけでなくその隣に立つキバナも自身程では無いが驚いたように、目を見開いて真剣に眼前のバトルを食い入るように見つめている。

 「インテレオン、濁流!」
 「ピカチュウ。決めるよ。」

 先程のターンでキョダイマックスの効果は切れてしまった。インテレオンの消耗も大分激しい。しかし対面するピカチュウはまだ余裕の様子を見せている。相対するポケモン達を挟んで向かい側へと視線を向けたホップは、ただ黙ってバトルの様子を見つめるカントー・ジョウト組の面々を見て、再度言葉を失うしかなかった。
 こちらはこれほどまでのレベル差に驚きを隠せないというのに、対する彼等はそれが当然であるという様子で今のバトルを見ているのだ。それどころか、どこか愉しそうな様子すら伺える。それはつまり、ユウと呼ばれたトレーナーが、全力では無いこんなものではないということ。
 
 「インテレオン!!」

 勝敗は、すぐについた。インテレオンが放った濁流を軽々と跳躍して回避したピカチュウは、ユウが右手を軽く振る動作だけで指示を的確に見極め、その場で大稲妻を放った。技名で言うならば、かみなり。しかしその威力は、一般的なそれを遥かに凌駕していたし、ヒットする確率は70%だと言われているにも関わらず、その一発は的確にインテレオンの急所を貫いた。
 崩れ落ちるインテレオンが起き上がる事はない。審判役に回っていたワタルがインテレオンの戦闘不能を宣言したところで、バトルは幕を閉じた。結果は六対零。圧倒的な実力差で、ユウリが大敗した。

 「相変わらずえげつねぇ…。かみなりって確率70%だろ?俺あのピカチュウが外したところ見たことねぇんだけど??」
 「それを言ったら、ユウのフライゴンなんてストーンエッジもじわれも必ず当ててくるッスよ?」
 「命中率って何だっけ…?」
 「ユウのポケモンに命中率って言葉はねぇッスから…全部須らく100なんで…」

 聞こえてきたグリーンとゴールドの会話に、ホップだけでなくダンデやキバナも戦慄したのは、言うまでもない。何そのチート技…、と溢したのは果たして誰だったか。何も知らないグリムだけが、子分の勝利に純粋に喜び飛び跳ねていた。