その手に触れることこそ罪

今回のエキシビションマッチを受けて、世間がポケモンバトルに関する注目を更に高めている事をきちんと理解しているスマホロトムは、ユウの格好良いシーンを自慢したい衝動に駆られつつも、グッと堪えて撮影した動画が誤って消えてしまわぬようプロテクトを強化して保存するだけに留めた。今注目を浴びているガラルリーグの新チャンピオンだけでなく、レジェンドと名高い二人のポケモンを、1on1とはいえほぼ初手一発で倒してしまったともなれば、世間は絶対にユウを放っておかないし、何かと理由をつけて様々なバトル大会への誘致やら招待状やらを引っ切り無しに送り付けてくるだろう。バトルが左程好きではないと公言するユウにとって、それはかなりの苦痛になるはず。そこまで世間の関心、マスターへの配慮が出来る有能なスマホロトムは、しかしそれもこの世界の話であって、そもそもポケモンバトルそのものが存在しない世界では話が別、と推しを布教するオタクの如く、この数時間で潤った動画データを即座にネットの海へと放流した。ご丁寧に、軽くポケモンバトルとは何か、というエレメンタリースクール向けの教本に掲載される解説を添えて。
 そして投稿したのがスマホロトムであったとしても、通知はユウのアカウントからであるため、マブをはじめとしたNRC生、個人的にユウのファンになっているワンダーランドの住人は黙っていない。特に、バトル中のユウの表情は、NRCにて一世の初恋泥棒を噛ました例のオクタヴィネル騒動の時のそれと同じく、強者のオーラを隠さないものだったせいで、獣人達は歓声に沸いたし、人魚達は恋する乙女の如く震えたし、妖精達は興味深そうに顎を擦った。学園内だけでもあれだけの影響があったのだから、世間はそれ以上なのは明白であり、ユウの今回の動画は何時ぞやのCM動画と同様、瞬く間にワンダーランド中を駆け巡った。

 「アイツまーたこんな動画上げやがって!」
 「一切カメラを意識していないところを見るに、多分またロトムの仕業だろうな。」
 「ユウに悪意が及ぶ、傷つける要因になるものは徹底的に排除するが、逆に好意的に受け止められるものは直ぐに自慢するからな…」
 「ユウさんだげカッケェ…!」
 「一撃必殺とか凄ぇな!!」

 ワンダーランドが沸騰すれば、この五人が黙っている訳もなく。しかしコメントで指摘しても、そもそもこの投稿自体ユウが気付いていない可能性があるため、マブ達は即座にチャットでもう少し自覚した行動を取れ、ロトムにも言い聞かせろ、と忠告を送った。確かにユウに対して好意的に思っている奴等ばかりだけど、どいつもこいつも恋する乙女の如く頬を赤らめさせて求愛しているような奴等ばっかりなんだよ。お前女の子だろう、もう少し危機感持ちやがれ。そんな心境。
 過保護ワードと称賛ワードが綯交ぜになった怒涛のチャット通知に、ユウは目を白黒させながら状況を確認し、スマホロトムの所業に比較的早い段階で気付きはしたが、まあワンダーランドにポケモンバトルはないから、スポンサーだの大会運営等が喧しくなる事もない、とロトムへは軽い注意だけで済ませてしまった。完全にロトムの策略にハマっているし、マブ達の過保護は全く伝わっていない。

 「どうかしたのか?」
 「ロトムがワンダーランドの方のアカウントに、さっきのバトル動画を投稿しちゃったみたいで、マブから気をつけろって忠告入った。」
 「うん?」
 「そっちにはポケモンバトルねぇだろ?何をどう気を付けるんだ?誤爆ってこと?」
 「わかんないけど、多分そうじゃないかな?異世界出身なのを隠しているわけではないけど、女の子なんだから危機感持てって。」
 「過保護かよ…」

 ジェントルマンだからねぇ、と呑気に了解スタンプを返すユウに、横から覗き込んだグリーンは、過保護生産機だな、と内心でツッコミを入れながら軽く受け流していたが、心当たりのあるグリムが呆れた眼差しで腕を組みながら溜息を溢した。俺様の子分がニブチン過ぎて、エース達が苦労するのも当然なんだゾ。思わず溢した呟きは、この世界の過保護筆頭であるワタルの耳にしっかりと入ってしまった事で、尋問タイムがスタートしてしまった。

 「グリム。向こうでのユウの状況について、知っていることを全部教えてくれないか。」
 「ふな、」
 「ああ、勿論タダとは言わない。ほら、ツナ缶が好物だったんだろう?」
 「ツナ缶!ワタルは分かっている奴なんだゾ!」
 「はは、お褒めに預かり光栄だな。それで?」
 「向こうには、人間以外の生き物が多い事は、もう知っているんだゾ?」
 「ジャックくんやセベクくんのことかい?」
 「そうだゾ!ジャックみたいな獣人や、セベクのような妖精、それから海で暮らす人魚もいるんダ。そいつらは、人間と違って感覚とかが俺様やポケモン達みたいに野生に近いから、価値観?とか好みとかも違ってくるんだゾ。」
 「それで?」
 「そういった奴らは、人間よりも番を意識するし、群れや子供を護れる強い雌に惹かれる事が多い…ってジャックが言ってたゾ。」
 「…なるほど。」

 グリム自身はあまり持ちえない感覚のため、友人から聞いた言葉を思い出しながらの発言だが、優秀なワタルの頭はそれが何を意味するのか、瞬時に理解する。つまるところ、例のワンダーランドには人間よりも野性的本能の感覚が強く残る種族が多く共存しており、そういった種族は、人間よりも縄張りや番に対する意識が高い。当然、外敵から群れや子供が奪われないよう強いコミュニティを形成するし、それらを護ることが出来る強い雌に惹かれる傾向が高い。そして自然界の生物に近しいコミュニティであるならば、番を選ぶ上で最終判断を委ねられるのは雌の方。雄は雌に認められるため、あの手この手で求愛をする。それ即ち。
 とりあえず、指輪の一つや二つは用意しておくべきか。ポツリとワタルが溢した呟きは、しかしグリムの話を聞いた有能な脳が適切な処理を終えたことで、纏うオーラがドラゴンのそれになった事で自然と静かになった空間に、やけに大きく響いてしまった。現に久しぶりの竜王様オーラをまともに食らったグリムのキュートなお耳はペタンと倒れてしまったし、三又の尻尾は股に挟まりフルフルと震えている。

 「え、何で急に指輪…?それもしかしなくてもユウにつけさせる用だよな??」
 「え。」
 「ちょいちょいグリム?竜王様に何吹き込んじゃったの。」
 「お、俺様悪くねぇんだゾ…!ツナ缶を対価に、向こうでのユウの事を少し教えてやっただけだゾ!」
 「向こうでのユウって何。」
 「ワンダーランドは、人間以外の種族もいっぱいいて、そいつらにユウがモテモテなんだって話をしただけだゾ!」
 「それアウト!!!」
 「それがいっちばんアウト!!」
 「ぶ、ぶなぁぁ…っ!俺様、おれさまわるくねーもん!」

 こっちの野郎共にも警戒心と独占欲剝き出しにしている竜王様ドラゴンなのに、自分の手が届きにくいワンダーランドで、異性からモテモテなんて聞かされたら、そら指輪の一つや二つ用意するわ。むしろ首輪とか買いかねないし、向こうに滞在するための別荘は絶対に買っちゃうやつ。既成事実狙ってくる可能性すら微レ存。わあわあと頭を抱えて叫び出す兄貴分達に、とうとう我慢の限界を超えたグリムは、ビャッと半泣きになりながらユウの懐へと飛び込んだ。
 俺様わるくねーんだゾ、と愚図りながらも、大人しく対価として得たツナ缶をユウに白状するように差し出すグリムを必死にあやしながら、ユウは喚き散らす兄貴分達を鋭く睨みつける。何私の親分泣かせてんだゴラ。言葉にするならこんな感じ。普段は温厚で大抵の物事に関しては持ち前のスルースキルを遺憾なく発揮させるユウだが、何だかんだ彼女もしっかりフスベの一族の子なので、自身の逆鱗に対してはかなり過激になる。親分と豪語して目に入れても痛くないと目に見えて可愛がるグリムが、彼女の逆鱗じゃ無いわけが無く。

 「俺達を睨みつけるより先に、今すぐ指輪だの首輪だのを買いにいかねないドラゴンを止めろよ!」
 「別にそれでワタルくんが満足するなら指輪の一つや二つ付けてやるっつうの。それよりも私の大事な親分を泣かせたことを今深く反省して。謝罪しろよ。」
 「ごめん!ごめんなさいグリム!!」
 「付けてやるとか言うな!!おいレッド、今すぐワタルさん止めろ!!」
 「無理。」

 ユウの発言を聞いた途端、即座にボールからカイリューを出して飛び立とうとするワタルに必死にしがみつきながら、グリーンは藁にも縋る思いでガラルメンバーに視線をやる。推しに抱き着くとかマジ無理です、死んでしまいます、とキバナは黙って首をシェイクさせたし、ダンデは笑っていない笑顔で頭上に大きくバツ印を描いた。そんな荒ぶるドラゴン、俺にも抑えきれるわけがないぜ!因みに最初から戦力として入れられていなかったユウリは、もしかしてプロポーズ!?と乙女の恥じらいでキャーキャーしていた。
 結局誰からの援助も受けられなかったグリーンは、努力の甲斐なく地面に打ち捨てられたし、カイリューの背に乗ったワタルは爆速でシュートシティへと飛び、大金を叩いてガラル一のジュエリーショップにてフルオーダーメイドの世界に二つしかないリングを僅か半日足らずで完成させた。普通少なく見積もっても二ヵ月はかかるというのに。ネームバリューと金の力は恐ろしい。