自分自身の幸せ、親愛なる友の不幸せ

 おそらく世界中のトレーナー、そしてポケモンバトル好きが注目しているだろう年末の大イベント。セキエイリーグVSガラルリーグによるエキシビションマッチ。会場となるシュートスタジアムには早朝から多くのファンや観戦客、メディア等が押しかけ、各地方にもテレビ生配信されるほどの人気ぶり。他地方のリーグ同士のこういった交流戦は少なからずあるが、今回は今まで参加経験のないガラル地方が、リーグ最高峰と名高いセキエイリーグと対戦すること、そして先日直前に発表された参加選手にかのレジェンドコンビがいることで、その注目度が爆上がりした。
 そんな中、参加組であるワタル達に対し、非参加組であるユウはグリムと共に温泉街にでもまったりと繰り出そうかな、と朝から計画を練っていた。今正に現地で入手した観光案内マップとロトムの情報収集力、グリムの興味が惹かれる場所などを考慮しながら順路をピックアップしているところだ。

 「え、マジで観光行くの?観に来ないの?」
 「今回の試合は全部アーカイブに残るでしょ。マブ達も観たいって言っていたから、どうせならマブ達と一緒に見る。」
 「またマブ。」
 「え〜ユウ来ないンスか〜?ワタルさんのお守り押し付けようと思ってたのに…」
 「保護者が保護されてどうする。」
 「むしろレッドのお守りをきちんとしろよ、グリーン。」
 「何で俺。」

 今日も今日とて仲良くスイートルームのリビングで優雅なモーニングを楽しむ傍ら、最終調整として手持ちポケモン達のヘルスチェック等を行っている面々に対し、呑気に観光マップを広げるユウを見て、グリーンが口を開いたのが始まり。ワタルのお守り云々もそうだが、純粋に可愛い妹に応援しに来てほしかった、と関係者用パスを用意していたグリーンはあからさまに肩を落とした。因みにワタルも同じくパスを用意していたが、開口一番ユウに、観に行かないから、とバッサリ切り捨てられてしまったため、懐から出すこともなく今も眠っている。
 強引に連れていくことも可能だが、そうなればユウのご機嫌は真っ逆さまに落ちるし、下手をすれば途中退場で帰宅されるかもしれない。実家に帰られてあれだけ牽制しまくった親族に横取りされるのは面白くないし、さっさとワンダーランドへ帰られるのも面白くない。そこまで打算的に考えたワタルが出した答えは一つ。基本自由にさせるが、何かあれば即時連絡、常に連絡が取れる状態にしておくこと。夜にはホテルに戻ること。随時写真なんかを送ってくれると尚良しだった。

 「アーマーガータクシーも楽しそうだし、カブさんに教えてもらったお店も行きたいね。」
 「いっぱい写真撮ってエース達に自慢してやるんだゾ!」
 「ふふ、そうだね。」

 和気藹々、ほのぼのと予定を組む一人と一匹へ、いいなぁ、と思わず溢したのは一体だれだったか。


******


 開幕を告げる花火が打ちあがり、MCの案内の元、順番に両リーグの選手がスタジアムへと登場する。先ずはガラルリーグから。先陣を切るのは、先日リーグ代表に就任したダンデ。次いでチャンピオンのユウリ、そしてジムリーダーのキバナ、ネズと続く。その時点で観客達は大盛り上がりであったが、BGMが転調して一気に激しくなったことろで、続いてセキエイリーグの登場となる。リーグ代表のワタルを始め、ジョウトチャンピオンのゴールド、レジェンドのレッドとグリーン。何とも豪華すぎるメンバーに世代ど真ん中であったMCのテンションも観客の歓声も既に最高潮まで達していると言っても過言ではない。
 惜しくも観戦チケットがご用意されなかった人や、日程や距離の都合で泣く泣く現地入りを断念したもの、純粋にテレビでの観戦を楽しむ者達も、公式ハッシュタグを通じて様々なコメントを寄せていく。それらの一部をテレビ画面下部、及び現地の大型モニターの下部に表示することで、皆でこの大会を盛り上げているムードを作っていく。そうして視聴率が過去大会最高数値を叩き出したところで、テレビ中継側は一旦CMとなった。
 移動中のアーマーガータクシーに搭載された小型モニターでその状況を流し見していたユウは、ネット上で爆発的にトレンド入りした自身の名前を見つけ、そっと溜息を溢す。ワタルがスタジアムへと登場する際、チャンピオンとして、またフスベのドラゴン遣いとしてお馴染みになった衣装に身を包み、マントを翻す姿がズームアップされたそのワンカットを撮影したのかスクショしたのか、そのどちらともなのか、とにかくそのワンカットがネット上で大盛り上がりを見せているのだ。原因は彼の左手薬指に嵌められたリング。シンプルなデザイン、小粒でありながらもしっかりとホワイトシルバーの輝きを主張するダイヤが埋め込まれたシルバーリングは、誰がどう見ても婚約指輪、ないしは結婚指輪である。
 ネット上でここまで大きな賑わいを見せたのは、その前提にワタルとユウの熱愛報道疑惑がまことしやかに流れていたことも要因である。単純に炎上しただけだろうと、深く探らなかった事をユウは今更ながらに後悔していた。熱愛報道疑惑がもはや疑惑を通り超えて確定のようにネット上で盛り上がりを見せている現状を知っていたのならば、このタイミングでの指輪の購入は断固として拒否したというのに。後悔しても後の祭りだが。

 「おかげで、おちおち素顔を曝せなくなったな…」
 「エースの話だと、向こうじゃもうワタルとユウは夫婦って扱いになっているらしいゾ。」
 「なんでや。」

 歳の差いくつあると思っているんだ。しかし愛と夢と魔法の世界にそんな隔たりはあってないようなもの。互いを想い合う真実の愛と、敬愛の念があれば歳の差も性別も種族の垣根さえ超えていくもの。自身の与り知らぬところで祝福されている事を知ったユウは、しわくちゃピカチュウのような表情を浮かべながら、そっと臭いものに蓋をするように現実から目を背けた。今はそんなことより親分との観光を目一杯楽しむぞ。完全に現実逃避のそれである。
 因みに先程からマナーモードに設定したスマホロトムが、静かに大量の着信通知を告げているのだが、その殆どが実家関連、まれにセキエイリーグを始めとした知り合いのリーグ関係者であったので、ユウはこれらも見えないフリを貫き通し、そっと全体着拒設定へと切り替えるのだった。


******


 話は遡ること数時間前。明日のエキシビションマッチに備え、早めに床に就いた面々と同様、いつもの通りワタルの隣でグリムと共に眠りに就いたユウは、朝一番起床するや否や、左手に違和感を覚えた。そちらへ視線を落として見れば、見覚えのないリングが自身の指にピッタリと嵌められている事に気付いた。寝起きの脳内では、処理が大分遅かったが、頭上から降ってきた甘いテノールの、おはよう、という挨拶と、その声の持ち主の左手に同じく朝陽に反射して輝くリングを見つけた瞬間、なるほどね、と一言だけ溢してからはノータッチを貫いた。
 ゾロゾロと起きてくる兄貴分達が、まずユウの左手に嵌められたそれに気付き、即座にワタルの左手を確認し、同じものが嵌められている事を確認した途端、事前に打ち合わせでもしたのかと疑うほど息ピッタリにその場へと崩れ落ちた。昨日の妹分の迂闊な発言が現実となってしまった。心境はそんな感じ。

 「よりにもよって今日!?アンタこれから全国放送に映るんだぞ!?」
 「だから何だ?」
 「あーはいはいはいはい。それを上手いこと使って周囲に牽制しようって魂胆ですね!あわよくば今回のイベントを通じて婚約関係と仄めかそうって魂胆ですね!流石チャンピオン流石の汚さ!!」
 「ははは。人聞きが悪い。」
 「ど の 口 が 言 う 。」

 そんな朝から大乱闘スマッシュブラザーズが発生していたのだが、今となってはすべて余談である。