大人に求めたきらめく太陽

 とある日の昼休み。多くの生徒で賑わう食堂の一角で、ここ最近すっかり仲良くなったハーツラビュル一年コンビと共に昼食を摂っていたユウは、物凄く視線が突き刺さってくる事に居心地の悪さを覚えつつ、視線の先にいる生徒二人をチラリと盗み見た。
 一席空けて隣に座るガタイの良い白い獣耳の生徒と、その対面に座る先の生徒とは反対に小柄で華奢な出で立ちの生徒。その二人が、先程からずっとユウの手元を凝視してくるのだ。正確には、ユウが持参して今まさに食べている弁当に。
 最初の数日は食堂のメニューを楽しんでいたが、洋食で濃い味付けがメインの品々に飽きと胃凭れ、そして何よりも安くはない出費に、ユウは早々に自作弁当へと切り替えた。醤油や味噌といった馴染みのある調味料がこの世界にも存在していた事は、初日の段階で知っている。慣れ親しんだ味付けや料理の品々は、グリムにもウケが良く、且つ食堂を利用する時よりも一食当たりの金額が抑えられる利点があるため、ここ最近は専ら自作弁当の日々が続いているのだ。そして本日のメインは、鶏南蛮。正確には弁当用に一口サイズでカラッと揚げた唐揚げを甘酢タレに絡ませ、タルタルソースを乗せたものである。グリムの口にもあったのか、先程からふなふなと嬉しそうに口の端にタルタルソースを付けながら、ここ数週間ですっかり慣れた絶妙な食レポを繰り広げていた。
 そしてどうやら件の二人の生徒が熱い視線を送っている先も、この鶏南蛮のようだった。周囲に迷惑がかかるような大音声という訳ではないが、一席空けた隣に座る彼等には、グリムの豊富な語彙力で語られる食レポが聞こえているのだろう。ユウにとっては対面側に座っている小柄な生徒の喉元の、ゴクリと生唾を飲んだ動きが見て取れる。

 「だーっ!もう限界!!グリムのそれはわざとか!?めちゃくちゃそのトリナンバン?ってやつ美味そうに見える!てかグリムの食レポ無くても見た目が超絶に美味そう!!」
 「解る…。僕もフライドチキンを食べているのに、そのトリナンバンが凄く食べたい…っ」
 「ふな!?俺様の分はやらねーぞ!ユウの作る飯は全部美味いんだ!誰にも分けたくねぇ!」
 「グリムばっか狡くねぇ!?」

 先に悲鳴を上げたのは、ユウと共に食事を摂っていたハーツラビュルの一年生コンビであった。エースが悲鳴を上げ、デュースがさめざめと手元のフライドチキンを見遣っている。実は甘酢タレやタルタルソースの何とも食欲をそそる薫りや、同じくグリムの天才的な食レポが聞こえていた周囲の生徒も、軒並みノックアウトを喰らっていたのだが、そんな事は全く認識していないユウは、そんなに悲鳴を上げる程のものか?と内心首を傾げていた。
 しかしエースの言葉に同調するように何度も無言で頷く例の小柄な生徒や、その対面でデュース同様、悔しそうに自分のグリルチキンを見下ろす例の獣耳の生徒を見て、彼等もエース達同様、鶏南蛮を食べて見たくてずっと熱視線を送っていたのか、と理解したユウは、箸の持ち手を引っ繰り返して、まだ手を付けていない鶏南蛮を弁当の蓋に取り分けてから、一席空けて隣に座る獣耳の生徒へとそっと差し出した。

 「よかったら食べます?」
 「、いいのか…!?」
 「え!ジャッククン狡い!」
 「二切れあるので、良ければ一切れずつどうぞ。」
 「いいの!?」

 パアッと解りやすいくらい明るい顔を見せる二人の生徒へ、期待したほどじゃなかったら悪いな、と思いながらも、その顔に見覚えがあるため若干微笑ましさも覚えつつ、肯定の意味で一つ頷いた。即座に一切れずつフォークにさして齧り付く二人が、見る見るうちに目を大きく見開いてモグモグと咀嚼する姿に、とうとう堪え切れなかった笑いがユウの口から零れ落ちた。二人の顔が、嘗て旅の途中で出逢い、そして従兄を通じて交流を始めた兄貴分二人にそっくりであったから。
 お前等だけ狡くね!?とエースの避難の声を皮切りに、周囲に座っていた面々も恨めし気に二人を睨み付けている。しかし件の二人は全く気にした様子も見せずに、どうやって作っているのか、この白いソース?は何なのか、と矢継ぎ早にユウに質問を重ねた。一つ一つそれらに応えつつ、気付けば次第にお互いの自己紹介へと発展していき、獣耳の生徒がジャック・ハウル、小柄な生徒がエペル・フェルミエという名で、グリムとは隣のクラスの同学年である事を知る。

 「ユウサンは、この学園の生徒ってわけではないんだよね?」
 「魔法が使えないから、生徒じゃなくてバイト?的な感じで雇ってもらっているの。」
 「部室棟の清掃してくれたんだよな。備品も綺麗に整頓されていてスゲェ使いやすくなってた。サンキュ。」
 「あ、あれユウサンがしてくれたんだ!ありがとう!」
 「仕事なので。でもそう言ってくれて私の方こそありがとう。頑張った甲斐がありました。」

 仕事の一環で部室棟の清掃を行った事は確かだが、面と向かってお礼を言われれば悪い気はしない。聞けば、ジャックはデュースと同じく陸上部に、エペルはマジフト部に所属しているという。マジフトという単語に聞き覚えは無かったが、軽くルールなどの説明を受けて、ユウはアメフトやラクロスの魔法要素が加わったスポーツなのだろうと当たりを付けた。
 最初こそ鶏南蛮が食べられず不貞腐れていたエースとデュースであったが、グリムも交えてユウが談笑している様子や、ジャックとエペルとは同学年という事もあり、次第に会話の輪に加わる事となり、すっかりお互いをファーストネームで呼び合う友人関係へと発展していった。男子高校生あるあるのノリの良さも伴い、昼食を終える頃には、ユウが今度それぞれの部活へ差し入れをする、という流れにまで進んでいるくらいには、友好関係が深まっていた。

 「マジフトって言ったら、今度学園でデカい大会開かれるんだろ?」
 「そうだね。僕達一年は、あまりレギュラー入りする事は少ないけど、ジャッククンはレギュラー入り確定だって言われているよね。」
 「あぁ。ウチには何と言ってもあのレオナさんがいるからな。絶対に負けられねぇ。」
 「僕も去年テレビ中継で見た。キングスカラー先輩のプレーはカッコ良かった!」

 ユウはテレビ中継されるほど大きな大会という事に驚きを見せたが、元の世界でも何かとバトル大会はテレビ中継されていた事を思い出して、一大スポーツともなれば当然か、と考えを改める。それよりも、話題に上がったレオナ・キングスカラーという選手について教えてもらい、その特徴が、以前温室で見かけたサボタージュ生徒と重なって、そちらに驚きを覚えた。ライオンの獣人は、彼を除いて他にいないという話なので、同一人物で確定して良いだろう。ジャックの補足によれば、彼はサバナクロー寮の寮長でもあるらしい。
 話を聞いていく内にグリムもマジフトに興味を持ったようで、俺様もプレーしてみたいぞ、と言われてしまえばグリムに甘いと自覚のあるユウは、早速体育教師であるアシュトン・バルガスに話を付けて部活動の見学でもさせてもらおうか、とこの後の予定を組み立てるのだった。


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 箒に乗ってディスクを投げ合い、相手のゴールへ入れた方が勝ち。マジフトをざっくりと説明したらこんな競技らしい。放課後、バルガスの許可を取ってグリムと共にマジフト部の見学に訪れたユウは、勢いよく飛び交うディスクを目で追いながら顧問の説明を思い出す。腕の中に大人しく収まったグリムは、大きな双眸をまん丸にしながら感嘆の声を上げた。
 部員同士で練習試合を行っているようで、片方のチームのリーダーには昼休みの話題となったレオナ・キングスカラーの姿があった。温室でのだらけ具合とは打って変わり、真剣な様子でチームメイトへ指示を出す姿は、正に有能な司令塔そのもので、彼の指示の下編成された陣形でパスが繰り広げられたディスクは、あっという間に相手チームのゴールへと吸い込まれていく。圧倒的カリスマ力と、確かな実力が合わさった有力選手だというのに、他の部員からの説明によると、去年は別の寮のチームに惨敗を期したのだという。
 どこの世界にも、どのジャンルにも、抗いようのない『天才』は存在するものだ。ユウは自身の従兄や彼を通じて交流を深めた無口で赤い帽子がトレンドマークの兄貴分の一人を思い出す。彼等のバトルスタイルも、磨かれた洗練さの中に確かな『才能』が多分に含まれていた。レオナもまた『才能』に溢れてはいるが、彼はどちらかと言えば努力型、ユウのもう一人の兄貴分と同じタイプなのだろうと思われる。

 「一チーム五人編成となると、オンボロ寮から出場は難しそうだね。」
 「ふなぁ…俺様も出て見たかったぞ…」
 「ゴーストのオジサマ達に練習相手になってもらうよう頼んでみたら?」

 他の寮に入れてもらったところで、初心者のグリムがレギュラー入りするのは到底出来ないだろう。それならば来年以降の大会に向けて、今から練習するのも悪くはない。そんな思いでグリムを励ますユウを、一対の鋭い相貌がジッと観察していたが、彼女がそれに気付く事は無かった。