「ない!ない!わ……わたしが、大事にとっておいた……っ」
ドーナツが、ない!!
*****
「と、いうことで、こうして皆さんに集まっていただいたわけですが……」
「わけですが……じゃねえ。こちとら、暇じゃ無いんだぞ」
「そうですクラッカーさん、私は暇じゃないんです! さぁ!早く白状した方が身のためですよ〜!?」
「………」
その場にいた面々の「イラっとするわ〜」という心の声に気付かぬフリをして机をバン!と叩いて、目の前にずらりと並んだ厳つい連中を睨み上げる彼女。小動物を彷彿とさせる丸い瞳で頬を膨らませながら睨まれても、全くもって怖くない。ましてや万国をまとめ上げる幹部達相手では��蛇を睨み返す蛙�≠ニいった所か。
本来なら��蛇に睨まれた蛙�≠ネのだが、一応大人の俺たちは睨むなんてことはせず、呆れた眼差しで溜め息をつくだけに留めた。その態度に彼女は益々頬を膨らませて眉を釣り上げる。
「何ですか!人のドーナツを勝手に食べておきながら、反省の色なしですか!?」
「まぁ落ち着けナマエ、付き合ってやるから喚くんじゃねぇ」
「付き合ってやるってオーブンさん!何その、付き合ってやるってぇ〜!!」
「うるせーなぁ、どうどう」
ニヤリと意地悪く笑いながらダイフクは彼女の頭を、ぽんぽん軽く叩いた。バカにされたとハンカチを噛んで悔しがる彼女を俺(オーブン)が宥める。
「さて……」
気を取り直した彼女は、横にずらりと並んだ俺、カタクリ、ダイフク、クラッカー、ペロス兄、スムージー、ブリュレの前を、靴をコツ、コツと鳴らしながらゆっくり歩き腕を組んだ。何かの影響なのだろうか何処か探偵を気取っているようにも見える。そういえば最近、彼女は女海兵を主人公にした小説にハマっていたなと俺は、ぼんやりと思った。
「自白しないのなら仕方ありません。ドーナツが消えた頃どこで何をしていたのかを一人ずつ聞いていきましょう」
相変わらずコツ、コツと俺たちの前を姿勢を正して歩く彼女。痺れを聞かせて一番に口火を切ったのはクラッカーだった。クラッカーは、溜め息交じりに言う。
「アリバイか。よほど暇人でもない限り、あると思うがな」
「お静かに!では、そういうクラッカーさん、あなたは今日の午後三時頃……何処で何をしていましたか?」
ピタリとクラッカーの前で足を止めて、鋭い眼差しでクラッカーを射抜く彼女。クラッカーは、ふう、ともう一度小さく溜め息を吐き少し肩を竦めた。
「俺はその頃、クッキータウンにいた」
「それを証明できる人は?」
「チェス戎兵だ」
「どのチェス戎兵ですか?」
「ビスケット島に仕えてるヤツだ」
「……」
「……何をしているんだ」
「決まってるじゃないですか、メモをしてるんです。ここにアリバイを書いてください」
「チッ、……全く」
花の柄がついた可愛らしいメモ帳とペンを、クラッカーに差し出す彼女。呆れながらもスラスラとメモにペンを走らせるクラッカーはなんだかんだで優しいのだろう。クラッカーの字を眺め、彼女は満足したのかメモ帳を閉じた。
「チェス戎兵には後で確認をとっておきます。クラッカーさんにはアリバイがある、という事にしておきましょう」
「……そうか、よかった」
「お前、あいつらとまともに会話したことないだろ」というツッコミはしないでおこうと思ったのかクラッカーは、やや遠い目をした。今の彼女に何を言っても無駄なのだ。
彼女は次にクラッカーの横に座っていたダイフクの前に仁王立ちで立つと、その広くでかい腹をじっと眺めた。
「一応聞きますがダイフクさん、あなたは午後三時頃、何処で何をしていましたか?」
「一応ってなんだ!俺が犯人だって言う気か!あァ!?」
「怒鳴ってもダメです!ドーナツはこのお腹の中にあるはずです!」
「腹を掴むなボケが!俺はその時間、姉ちゃん相手にお楽しみの真っ最中だった」
「え!?」
ダイフクの言葉に、彼女の顔が真っ赤に染まる。男なら思わず「お」と思ってしまうような羞恥心に染まった彼女の恥ずかしがる顔。ダイフクの言う��お楽しみ�≠ニは実際マッサージの事なのだが、彼女の頭の中はピンク色な感じになっているのだろう。勘違いとはいえもじもじする彼女はそれは可愛らしいものでいい歳した男衆は、ちょっとニヤついてしまいそうだ。
ペロス兄、カタクリ、スムージーは誤魔化すためコホンとバラバラに咳払いをしダイフク、クラッカーは隠す事なくにやついた。むっつりスケベとオープンスケベの違いだけで、結局は只のスケベだ。
「そういえば……カタクリさんとペロスペローさんとスムージーとブリュレは、一緒にここに来ましたね。何故ですか?」
「ああ。丁度、俺たちは一緒に飯を食っていたんだよ、ペロリン♪」
「飯……?ハッ!まさか、ドーナツを四頭分に!?」
「よほど俺たちを犯人にしたいようだな」
カタクリの言葉に目を見開く彼女にスムージーが苦笑する。ドーナツを四頭分になどしたら一人分はかなり少なくなるし、いい歳した厳つい連中、しかも幹部の面々がドーナツを仲良く分け合う光景は少し気持ちが悪いだろう。うら若き女などなら、話は別だが。
「なんだかラチがあきませんね、こうなったら現場検証です!」
全員がラチがあかないのはこっちの台詞だと思いながらもドーナツを入れておいたであろう冷蔵庫をガサゴソ漁る彼女を見守る我が万国、幹部連中。時折、冷蔵庫の中身がこぼれるのでブリュレやらクラッカーやらが拾ってやる。
「よく見えない……」
「はぁ……アンタ、何処を見たいのよ?」
「一番上」
小柄な彼女は背伸びをしても、上の方の段がよく見えない。見兼ねたブリュレが、上の方の食品を出してやり、彼女が見やすいようにしてやる。やはりなんだかんだ文句を垂れていてもブリュレも彼女には優しいのだった。
「ありがとう……あ!!」
「ナマエ、どうした?」
上の段を覗いた彼女が大きな声を上げクラッカーがこぼれた大量の食品を抱えながら彼女にそう声をかける。彼女が奥の方から、なにかをそっと取り出した。
「……あ、あった!ドーナツ!!」
「なんだと!?」
ダイフクが思わず声を上げる。信じられないといった顔をしている彼女の手には、おそらく街で買って来たであろう、ドーナツが握られていた。動揺しているのか中身のクリームが飛び出そうな勢いで握られていて、少しドーナツがかわいそうだった。
「さ、さっき見たときは、なかったのに……」
「大方、何かの上にドーナツを置いて、後ろに落ちて隠れてパッと見でなくなったと思ったんだろう」
取り出した食品を律儀にも冷蔵庫の中に戻しながらクラッカーが淡々と推理した。ぽかんと口を開けたままクラッカーを見上げる彼女に、スムージー、ペロス兄、ダイフクの三人から、非難が飛ぶ。
「ナマエ、うっかりにも程がある」
「人を犯人扱いする前に、よ〜く調べる事だなペロリン♪」
「時間返せやコラ!」
「ご、ごめんなさ〜い!」
三人に向かってペコペコ頭を下げる彼女に、カタクリと俺は静かに苦笑した。
「まぁ、見つかってよかったなナマエ」
「カタクリさぁん……」
「これからは気をつけるんだぞ」
「オーブンさん……は、はい……すみませんでした……」
彼女はカタクリと俺の優しさに感謝しつつ、頬を赤くした。せめてものお詫びにと自称料理上手な彼女は皆に手料理を振る舞うため、キッチンに立つ。そんな彼女をカタクリだけは一人少し離れた所から見守っていた。
*****
「ナマエ」
「あ、カタクリさん」
唯一の得意料理、ホットケーキを皆に振舞った彼女は、洗い物をしていた。ホットケーキが唯一の得意料理の時点で所詮��自称�@ソ理上手だ。背後からカタクリに声をかけられ振り向く彼女。そんな二人の様子を俺たちは、素知らぬフリをしながらもソファーに座ったまま、それぞれに聞き耳を立てる。
「ホットケーキ、美味しかった」
「ありがとうございます、カタクリさんに褒めてもらえると、嬉しいです」
普段お世辞を言わないカタクリの言う事だ。本当に、美味しかったと思っているのだろう。素直に嬉しかったのか彼女が笑うとカタクリは洒落た紙袋を彼女に差し出した。紙袋には見たこともない店名の筆記体のロゴが入っていて、彼女は首を傾げる。
「これ、なんですか?」
「旨いと評判の店のドーナツだ。メルヘン兵に買ってこさせた」
「え! いいんですか?」
「ああ」
なんとも高そうな感じがプンプンする紙袋を受け取った彼女は申し訳なさそうにしながらも大層嬉しそうだった。幸せそうに紙袋の中身を覗き込んでいるとカタクリにじっと見つめられている事に気づいた彼女が顔を上げる。いつになく真剣な眼差しで見つめてくるカタクリに、彼女は目をぱちぱちと瞬かせた。
「カタクリさん?」
「ドーナツくらい、俺がいつでも作ってこさせる。食べたい時は遠慮なく言え」
「へ?あ、でも……いくらカタクリさんでも、もらってばかりは悪いですよ」
「俺の選ぶドーナツでは気後れする、という事か?じゃあもっと上質な……」
「だ、大丈夫ですよ?ドーナツくらい買うお金ありますからっ」
何やら食ってかかって譲らないカタクリに、若干あわあわする彼女。
きっと、あの顔は「私、そんなに貧乏そうに見えるのかな?」などと、筋違いな事を思っているのだろうと、ここに居る誰もが悟った。
*****
「ナマエも鈍いな。金の問題じゃないだろう」
「スムージー、言ってやるなよ。男心も分からねェなんて、まだまだお子ちゃまなんだよ」
「フ……そうだな」
「まあ、カタクリ。頑張れよペロリン♪」
キッチンで猛アタック(?)するカタクリと鈍い彼女の様子を、こっそり見守る幹部連中。
こうしてドーナツ事件は無事、幕を閉じたのだった。