ここはコムギ島、ハクリキタウン。
島内にある一番長い階段を上って辿り着いた正門のすぐそば、硬く閉ざされた大きな鉄の扉の中からは鍛錬の掛け声が轟いている。コムギ島の長、粉大臣専用の訓練場だ。その後ろ姿を見つけて近づいていき、とても高い位置にある大臣の背中を私は絶え間なく見つめ続けていた。

シャーロット・カタクリ。冷静沈着で感情を表に出すことはあまりない。ママもとい、ビッグマムが指揮をとれないときは長男のシャーロット・ペロスペローこと、ペロスお兄様と共にビッグマム海賊団を指揮することもあるほどママや弟妹からの信頼が厚い男、それが万国、コムギ島の粉大臣であるシャーロット家次男のシャーロット・カタクリ様なのだ。

ビッグマム海賊団の内部にカタクリファンクラブ≠ワであるほどに大人気の彼は仲間や家族を大切に想い、危険なときには即助けに行くというモテる要素満載で完璧な男。明日はそのカタクリさんのバースデー。ちなみにカタクリさんは三つ子なので三男のダイフクさん、四男のオーブンさんも同じ誕生日ということになる。

今となってはママの息子は46人、娘は39人の計129人家族と、なんとも大所帯のため相変わらず頻繁に誕生日会等は開かれるものの、基本的には誕生日を迎える主役が住んでいる島で執り行われている。しかし大幹部の誕生日ともなればホールケーキアイランドの首都、スイートシティ内で大々的に開催されることがほとんどなのだが今日は夕方過ぎから前夜祭と題してカタクリさんの住むハクリキタウンではすでに宴がはじまっていた。しかしこれは毎年恒例の慣わしでもある。

それにも関わらずいつもと変わらぬ装いとお姿で淡々と訓練に取り組むカタクリさん。手には勝手に私が個人的な趣味で作ったカタクリさん専用の訓練ノートを持ってジェルマ王国の科学から拝借した科学戦闘部隊(鍛錬専用)の倒した数を正の字で書き連ねて。

時刻は午後9時。前夜祭の宴でとっくに酔いつぶれている連中もいるだろう、でも、カタクリさんには関係ないのだ。


「カタクリさん、今ので430体目です」
「そうか」

通常の訓練日程が終わってから、もう三時間。最近はペロスお兄様からの指示でハクリキタウンにてカタクリさんの秘書の真似事みたいなことをしていたから、いつもならとっくに帰路についているはずの私でも何故か今日に限っては一向に訓練場を出ようとしない。

……まぁ、理由はわかっています、自分自身が一番。だって、明日11月25日は、シャーロット・カタクリ様の誕生日だから。

「……」

思わずくす、と勝手にこぼれる口元の笑みを咳払いでごまかす。別にこんな姑息な真似をして傍にいなくたって、私がカタクリさんをお祝いする気満々だってこと、きっとカタクリさんは気付いているんだろうなぁ。

目の前に迫るクリスマスより……そのあとの年明け、新年の喜びよりもカタクリさんが生まれたことを誰よりも一番に祝福してあげたい。

ただ黙々と鍛錬を続けるカタクリさんのうしろ姿と、土竜のこすれる鉄の音、見上げてもまだまだ高い相変わらずの長身、見る度にその背中はどんどん頼もしく凛々しくなっていって置いて行かれている気分になってしまう。

カタクリさんって幼い頃から身長高かったのかなぁ。幼稚園の頃も……小学生の頃も?いつからなんだろう、女子(妹含む)からキャーキャー言われ出したの。

「……」

私は、血振るいするような動作で土竜を振ったカタクリさんの横顔を見る。正座していた脚を体育座りに直し、ひざに額をつけた。カタクリさんも珍しく休憩を取るつもりなのか、土竜を壁に立てかけたので、私も持っていたノートとペンを訓練場のひんやりとした地面に置いた。

かつ、かつ……

革のブーツの装飾が地面を歩く反動で鳴る音。カタクリさんに一番ぴったりな音だ。だって、この音が聞こえたら、すぐ傍にカタクリさんが居るってわかるから。

『私だけのカタクリさん』じゃない。その凛とした背中が大きくなっていく程、あなたと私の距離がどんどん離れていく気がする。それってカタクリさんにこれ以上強くなるなって言ってんのか私は。アホか、そんな子供みたいなことを思うのやめよう……なんて毎回思うけれど。

だって、どんなに屁理屈を並べたって、わたしはずっと、カタクリさんのことが……





*****


「おい」
「——! は、はいっ!?」

耳元でカタクリさんの声がして心底驚いた。

「……」

 ……あれ?

「……カタクリ、さん?」

なぜか目の前が真っ暗だ。私は不安になって手を伸ばした。すると……誰かの肌らしきものに触れた、ような気がした。

「寝ていたのか」
「え、寝……!?わ、わたしがっ!!?」
「不手際があったのか、ここの主電源が落とされちまったみたいだな」

ふう、と浅く溜め息をついたらしい気配。どうやらカタクリさんは私の目の前にいるらしい。しゃがんでるのかな?ヤンキー座りとかいう、アレで?じゃ、じゃあさっき触れてしまったのは、カタクリさんの——腕!!?

あわあわしながら私は以前カタクリさんが遠征時にお土産で買って来てくれたブレスレット型の腕時計を手探りで触り顔に近づけて目を凝らす。暫くすると暗闇にも目が慣れてきたのか、何となく現在の時刻を確認することができた。

「ちょっ——、11時50分て!!」

私はそばにあるだろうカタクリさんの顔にずいっと近づく。「なんだ…」「なんだ、じゃなくて!」なんてやり取りを暗がりでしたりして。

「て、ていうかこれ真剣にヤバいのでは……」
「……」
「もう訓練場の門からも出れないんじゃないですかっ!?」
「ああ、そうだな」
「そうだな、って……門番のとこ行ったほうがいいのでは……」
「……」

シーン……え、なぜ。なぜ動かないのですか、カタクリ、様……待って、冷静に考えて?いま私とカタクリさんの距離ってさ……近すぎじゃない? キャー!!近い近い近い!!だめ、顔赤くなってきた。驚いたり慌てたりと忙しなくしている私の背中に変な汗がつ、と伝う。

「……カ、カタクリさんは、」
「ん」
「こんな時間まで、ずっと訓練してたんですか?」

密やかにそう訊ねてみればカタクリさんはその場から微動だにもせず「ああ」とだけ言った。

「相変わらず……ストイックですね。そんな子細工しなくたって私ちゃんと毎年祝ってますよね、誕生日」
「……」
「心配しないでください、プレゼントもちゃんと用意してありますから」
「そうか」
「うん……じゃなくて! そんなことより出ましょう、ここ!さすがにヤバ……」

意を決して腰をあげ、立ち上がろうとしたときだった。

「——!!?」

カタクリさんが、思いっきり私の腕を引いた。

「わっ!」

ゴン!!と、そのあまりの勢いに見事にコンクリの壁に後頭部を強打する。涙目になる。

「——ったぁ! 何すん……」

「ですか!?」と私が言い切る前にバン!と、カタクリさんの大きな両手が私を挟んだ。まさに壁ドン。びっくりして肩が震えた。穴、開かなかったかな、壁……。大丈夫?壁。

「……」
「……」

すぐそばで、カタクリさんの匂いがする。甘い匂いと——男らしい色っぽい匂い。それだけで頭が、くらくらしそうになる。今日のカタクリさん、なんかいつもと違う。

「……何、してるん……ですか」

暗闇の中、瞳はくっきりと冴え出して——青白い月の明かりが訓練場のすき間から漏れる細い光となって私たちを微かに照らし出す。

「……」
「ねぇっ、カタクリさ——っ」

なにも言わないカタクリさんに、一切動こうとしないカタクリさんに、頬が赤くなり始める。

「……っ」

なに私だけ必死になってんの。カタクリさんはこんなにすました空気でいつも通り、無表情で動じることなく凛としているのに。

「何か、言ってください……」
「……」
「言わなきゃ……わかんない、」

頑張って虚勢を張りたかったけど無理だった。無言の凄みだ、まさにこれは。もちろんカタクリさんの目は見れなくて……挙動不審になっている私をよそに、カタクリさんがそっと囁く。

「——お前は」
「……」
「俺に、何と言って欲しいんだ」
「……」
「お前こそ、言わなきゃわからねェ」
「……っ」

ずるい——。カタクリさんは私の言いたい事を先読みしない。なぜかはわからない。ブリュレは不機嫌そうにいつも「あんたは特別なのよ、カタクリお兄ちゃんの」と言う。それでもカタクリさんに伝えたいこと——思っている事とは裏腹に私は顔を俯かせるしかないのだ。

すると、前髪をさっ、と避けられた。何かと思って咄嗟に顔を上げると、額にカタクリさんのキスが降って来た。

「……!」

があっ、と全身が熱くなる。カタクリさんのキスは——鼻に、頬に、耳に……首すじに。でもストールをつけたままなので、ストールが触れてくすぐったいだけだったけど。それでも——

「……ッ」
「……」

吐息が重なる。熱い。
うそ、みたい……夢、みたいだ。

「か、た……く、り……っん」

名前を呼ぼうと口を開いた瞬間——くちびるとくちびるが重なった気配。

「……ふっ……、」

こんな、くらやみで?
誰もいない訓練場で?こんな時間に?

——だめ、くらくらする。


「……ん、っは……」

そして唇が離れると、カーンカーンと、コムギ島中心部に設けられている時計台の金が激しく鳴った。

「あ……」
「……」

どうやら、日を越してしまったらしい。
私は月の明かりで照らし出される自分達の状況に改めて恥ずかしくなりながらもカタクリさんの方をじっと見据えた。

「狙ってましたね、全部」
「……なんのことだ」

微かに目を細めるカタクリさん。
私は、はぁ……とため息をつく。

「誕生日、おめでとうございます」

ちゃんと、見えてるかどうかは知らないけど——暗闇を選んだのは彼、カタクリさんだ。
だから満面の笑みで言ってやったことを、この大幹部は知らないだろう。

「ナマエ」
「……はい?」
「……ありがとう」
「!」

するとカタクリさんは、わたし同様に滅多に見せない笑顔を私に向けた。ストール越しだから実際に笑ったのかはわからない、でもきっと、笑ったんだと思う。粉大臣の目が優し気に細められたから。

てか……見えてるじゃん、これ……ちくしょう。だけど、ほんとにかっこいいわ……万歳、スイート三将星。


「プ、プレゼントあるけど、貰っときます?」
「あァ……」

私が側に置いていた鞄の中からカタクリさん専用に作ったプレゼント、ドーナツの詰め合わせが入っている箱を取り出そうとするのをカタクリさんの手が制止した。何かと思ってカタクリさんを見上げる。

「え?」
「ちょっと待て」
「は、はい?」
「その前に、ナマエを貰っておく」

と、言ってニヤリと笑ったんだ。ストールで隠されていて見えはしなかったけど、ぜったい、確実にニヤって笑った。やだ、かっこいい……


「……バ、ババババカっ!」
「お前は誰に向かって馬鹿と言っているんだ」
「す!す、みません……!でも、ちょ、ヤダ!離してぇぇーっ!」

訓練場にこだまする私の声なんて……くそくらえだァ〜!誰か助けて〜!いや、やっぱり誰も来ないで〜〜!!(どっちだよっ)


でも結局……私はカタクリさんの誕生日を祝って、またひとまわりもふたまわりも逞しくなっていくその背中に、腕を回すはめになるの。

やっぱり両手が回りきる事はないんだけれど。これからも、きっとないだろう。でももう、それでもいい。

カタクリファンクラブがあろうが、万国の女性が言い寄ってこようが、こんなにカタクリさんに密着できる権利を持っているのは、この国で私だけだと分かっているから——。

カタクリさん、お誕生日おめでとう。
(あ、ダイフクさんもオーブンさんもね!)


「ナマエ」
「ん?」
「来年も宜しくな。」
「……え?」
「そう伝えることで、来年まで生き延びようと思える」

ここは新世界、ビッグ・マム海賊団のナワバリである万国。四皇ビッグ・マムの本拠地。

生きていてほしい、ずっと……永遠に。
だから——

「……はい。」
「……」
「来年も、しっかりお祝いさせて頂きます!」
「……ああ、楽しみにしている」





 

原点回帰

君の背中に恋をする