昼飯はいつも一緒に、なんて別に約束しているわけじゃなかった。
いつだったか、たまたま島に買い出しに来たナマエと昼飯を食う事になって、そういうのが何回か続いて、俺の島に立ち寄る際には、一緒に飯を食うのが習慣化されただけだった。

だから別に、この一週間、ナマエがビスケット島に来なかったからと言って、責めるようなものではないし、今までだって来ない日が続いたこともあったのだから、流そうと思えば流せたのに、何故か今日は、酷く気になった。

いつだったか、ナマエが二週間も来なかったときに、プリンらと遠征に出ていたなんてこともあったけれど、今日はそういうのではない気がしたのだ。

昼飯をさっさと胃の中に流し込んでから、島の門番に島を出ることを伝えると、猛スピードでスイートシティに船を出したのは、偏にナマエを探すためだった。

俺がスイートシティにいるのが珍しいのか、島に下りると周囲の視線が突き刺さる。
あからさまに「クラッカー様だ」なんて聞こえよがしの声が耳に入ることは、幾分か慣れていたが、用も無いのにこの島にいることに、どこ居心地が悪いのは変わらなかった。

ブリュレでもいねーかな、と食後のビスケットを頬張りながら城の中に足を踏み入れた。

願いも虚しく、妹たちとは一度もすれ違わず、視線を彷徨わせながら、出来れば入る事のしたくない大きな扉の前に辿り着く。

「おい、兄貴」

重い扉を開けると同時に、そう不機嫌に声を出せば、いつもこの部屋にいるであろう四人の幹部の目線が、一気に俺へと降り注がれる。

「兄貴って、どの兄貴を呼んだんだァ?」

案の定、ダイフク兄さんからのヤジが飛ぶ。

「クラッカーか、ここに来るなんて珍しいな」

オーブン兄さんだ。
「まーな」と、俺は少し兄貴たちと距離を取ってその、ソファへ腰を下ろした。

「なんだ?急用か?」
「いや…」

何処となく感じた気まずさを無視するため、オーブン兄さんから微かに視線を外し、指先で頬を掻いてみる。目を泳がせた先に、オーブン兄さんの隣に座っていた、カタクリ兄さんと視線が合う。

煮え切らないものを感じたのか、距離を空けて隣に座っているダイフク兄さんは、怪訝そうな表情で俺を、下から舐めるように見上げて来た。
俺が、滅多にここを訪ねる理由なんて無いのだから、困惑するのも当たり前か。

「ナマエ、今日は来ていないのか?」

シン、と静まり返った室内に、ポツリと質問を投げ掛けると、俺の到来に合点がいったのか、目に見えてオーブン兄さんとダイフク兄さんは、安堵の表情を取った。

「ナマエちゃんか?ペロリン」

ペロス兄の“ナマエちゃん”呼びに、嫉妬心に蓋をして、質問を更に投げつけた。

「アイツ、今どこにいるか知らねぇか?」
「へ?」

先程、緩和したばかりの兄貴たちの表情はまた、不思議そうなものへと変化した挙句、ダイフク兄さんからは間抜けな声が漏れた。

「今って……ナマエなら休んでいるぞ」
「はぁっ!?」

オーブン兄さんの言葉に驚いた俺は、必要以上に大きな声で、反応してしまう。
もともと集まっていた視線が、更に鋭く向けられたのは元より、斜め前に座るカタクリ兄さんは肩を引きつらせて、首を引っ込める程であった。

「や、休んでるって……理由はなんなんだ?」

極力、声と同様に気持ちも抑えながら言葉を続けると、失言でもしてしまったかと、身を固くしていたオーブン兄さんが、緊張を解くために首を鳴らしたあとに言う。

「どうも風邪を引いたらしいぞ……厄介な菌も出回っていると、俺らも気を付けるよう医者が言っていた」
「風邪って……」

訥々と言葉を繋げたオーブン兄さんの言葉に、俺は頭を抱える。

約、一週間前、風邪を引いた俺の看病をしてくれたのは、他でもないナマエだった。
めんどくさいので、兄貴たちには報告するなと言っておいたのも束の間、この状況を思えば、どう考えても、俺が移したとしか思えない。

「───チッ。」

鋭く舌を打ち鳴らすと、カタクリの兄貴は微かに顔を引き攣らせる。それを申し訳ないな、などと、もう構っていられる状態ではない。

ナマエに見舞われているのに浮かれて、風邪を引かせた後悔が押し寄せる。
情けない自分に嫌気がさして、不貞腐れていると、扉が開いて、陽気な声が掛けられた。

「クラッカー兄さん!?珍しい、何しに来たのよ」

その声に振り返ると、今更ブリュレがやって来たのが目に入る。

「あ、そうだ。クラッカー兄さん知ってる?ナマエが風邪引いてること」
「ああ、らしいな」

ブリュレの問いかけに、今知ったなどとは言えず、言葉を濁して答えると、ダイフク兄さんとオーブン兄さんは、揃ってニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。意気の合った二人の様子に、辟易の視線を向けると、その笑みは、益々深いものになる。

何が言いたいのか想像の付くその笑みは、見ていてイラつきしか覚えないのだから、止めて欲しい。けれど、そんなことを言ったところで聞くような、聞き分けのいい兄弟ではないだろう。

「さっき、電伝虫でナマエにかけたら、クラッカー兄さんに移されたって、わぁわぁ言ってたわよ」
「いっひっひー、移されただってよ」
「う……」
「やらしーなァ、ナニしたんだ?」
「何もしてねぇ!!」

悪ノリしたダイフク兄さんからの、からかうような言葉に耳が熱くなる。なんでもかんでも、こじ付けで、やらしいと言うダイフク兄さんの方が、よっぽどいやらしいと思うが。

「テメェが注射を嫌がるからだろう」
「ゲッ……」
「ガッハッハッハー、違いねぇ!」

ぐうの音も出ないとはこのこと。
カタクリ兄さんの指摘に、ついに顔まで赤くなる。

「ブリュレ、ナマエは、平気そうだったのか?」

頭まで上った血を引こうと、手の甲で頬を擦っていると、本当に心配したのか、オーブン兄さんがブリュレに声をかける。

「朝方、高熱が出たけど、午前中には注射を打ったからもう平気だってさ」
「そうか、よかったな」

安堵するようなカタクリ兄さんの言葉に、俺もまた、肩から力を抜いた。
でも、だからと言って、俺が原因であることには変わりない。
きっと、しんどいだろうし、寝込んでいるとなると、状態もあまり芳しくないのであろうことは、想像に容易い。

悪いことをしたな、と小さな溜め息を吐くと、カタクリ兄さんが俺へと視線を延ばし、目を細める。

「ナマエも休みを満喫しているだろう」

複雑な顔をしている俺を慮ってか、カタクリ兄さんが「大丈夫だろう」の代わりに、言葉を紡ぐ。その言葉に、少しだけ心が軽くなった気がして、フッと口元に笑みが浮かび上がる。

「……だといいんだが。」
「でも、ナマエ、家にいるのがつまらないって、無理って。ウタのライブも見飽きたとかなんとか文句ばっかり言ってたのよ」
「無理ってところが、ナマエらしいな」

口を尖らせてナマエの口真似をするブリュレに、オーブン兄さんもそう言って笑う。

あいつがこの国に突然現れた頃から、一緒の時間を多く過ごしているというのもあるのだろうけれど、兄貴たちや妹らは、本当にナマエと仲がいいんだなと、微笑ましく感じるのと同時に、蚊帳の外に追い出されたような感覚に陥る。

兄貴たちや妹らといる時の、ナマエの様子なんて知らない。俺には見せない顔もあるのだろうと思うと堪らなかった。

そもそも、具合が悪いかもしれないことを、なんで俺に言わなかったんだ、アイツ。
前回会った時は、体調が悪そうな素振りなんてまったく見せなかったのに、ブリュレには、あっさりと言いやがって。

「そういやナマエ、ビスケットが食べたいって。ジャムの添えられた甘いやつ。持って行ってやったら?クラッカー兄さん」

唇を引き締めたまま、目線を落としていると、不意にブリュレが俺に話を振ってきた。意地悪く口角を上げて笑うブリュレに、コイツは全部解ってて話をしているんじゃねぇかと、勘繰ってしまう。

ナマエのことを話すことで、俺の感情を逆撫でして、そしてイラついているところに、見舞いに行けば、と言う事で、だらしなく笑う俺を見て、嘲笑いたいのであろう。
そうはいくか、と、唇を更に引き締めて、機嫌悪く顎を大袈裟に、窓の方へと向けてやった。

「ビスケットだァ?……仕方ねぇな、持ってってやりゃあいいんだろ」

その反応に面白そうに笑ったのは、かまをかけたブリュレではなく、ダイフク兄さんとオーブン兄さんだった。ダイフク兄さんは、俺を肘で突いてまでツボにはまってやがる。無視、無視。

「じゃあ、クラッカーも門の前で集合だな」
「はぁ?オーブンの兄貴が行く必要があるのかよ」
「だって、ナマエが兄さんたちみんなに会いたいなーなんて言うから、仕方ないじゃないのよ」

ブリュレのあっけらかんとした発言に、閉口してしまう。
風邪を引いてるくせに、家にいても暇だの、寂しいだの、みんなに会いたいだのと、調子のいいことを言い連ねるナマエの姿が、脳裏に思い浮かぶ。

「カタクリお兄ちゃんも行くでしょう?」
「来るだろ、カタクリ」
「……いや、俺は……」

ブリュレとオーブン兄さんの誘いの言葉に、この日、一番困った顔を浮かべたカタクリ兄さんは、助けを求めるように、ペロス兄へと視線を向ける。
「行かない」と、突っぱねないってことは、恐らく兄さんもまた、ナマエの様子が気になっているのだろう。

ナマエが特別、カタクリ兄さんを慕っているというのは解っている。
更に言えば、来なくていいと言ったところで、ブリュレたちの反対に合うことは、目に見えている。

唾を呑もうとしたが、うまくいかず、グッと喉の奥が鳴るだけであった。
カタクリ兄さんだけではない。なんなら、ブリュレもオーブン兄さんも、俺意外のみんなに「来るな」と言いたい。

俺がナマエに、風邪を移してしまったのなら、俺が見舞いに行けばいいだけの話ではないか。
俺が看病してもらった分、俺がひとりでナマエを、看たいと思うことが、やましいことだと思われても、それでいいと受け入れられる。

けれど、それでも、ブリュレや、兄貴たちが見舞いに来ることで、ナマエが嬉しそうに笑うことも、安易に想像が付いた。

結局、俺は、ナマエを甘やかすことしか出来ないのだ。それは他のみんなも同じことだろうけれども。

唇を引き締めたまま、カタクリ兄さんを見やる。
ただ、視線を向けただけだったが、睨むようになってしまったのか、カタクリ兄さんから低い声で「睨むな」と、忠告を受けてしまう。

「………来れば」

観念して俺が言うと、よっぽど切羽詰まった表情を浮かべていたのだろう、カタクリ兄さん以外の全員が、品の無い音を噴き出して笑った。





ヒーローにはなれそうにない。

残念ながら、俺は