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歓迎会はスイートシティにある豪華なお店を貸し切って華々しく行われた。
あんなにたくさんのお菓子を見るのは初めてだったし、それが一瞬でなくなってしまうのにも驚かされた。私も負けずにしばらくお菓子は食べたくないと思うくらい食べた。

「ナマエ、ここに座れ。誕生日席だ」とスムージーさん促されて、カタクリさんの隣に座ることになった上に、彼がお菓子を装ってくれた。

「ほら、これも美味い」
「はい。いただきます」
「これも食え」
「……ん!?」
「なんだ、苦手だったか」
「いえ……すごくおいしくてびっくりして。」
「当たり前だ。ゆっくり食べろ、食い物は逃げやしねェ」

カタクリさんが優しく目を細めた。
ドリンクも、食べるペースも、さり気なく様子を見て合わせてくれるし、ちょくちょく話しかけてくれるし――遠慮させない範囲で、当たり前のように世話を焼いてくれている。
なんて上手に気遣いできるんだろう。さすが最高幹部にして、みんなのお兄ちゃん。色々と滅茶苦茶な人なのに、もしかして苦労人だったりして。

甘い匂いと、がやがやと渦のように天井を包むざわめき。ジュースやビールのきりりとした味、テーブルに零れたクリームをおしぼりで拭うペロスペローさん。

なんだか、酔っぱらったような気分だった。歓迎会だという意識が薄れて、なぜこんなところでこんな人たちに囲まれてお酒を飲んでるんだっけ……なんて考えていた。

「なァ、ナマエよ」
「はい?」
「おまえ彼氏はいるのかァ?」
「いませんよ」
「なんだ、つまんねェな。このダイフク様が誰か紹介してやろーか?」
「いや……いいです」
「これなんかどうだ?ホレ、顔は悪くないだろ。これでもビスケット島の大臣やってるんだがな」
「……結構です」

首根っこを掴まれて困った顔でこちらを眺めているクラッカーさん。だが紹介云々は冗談だったらしく、ダイフクさんはあっさりとクラッカーさんを解放し、きれいなナイフ遣いでケーキを食べはじめた。

「惚れてる男でもいるのかい?ペロリン」
「……えっと、気になってる人なら」

ある意味気になっている人なら確かにいる。
とにかく特定の誰かの存在を伝えたほうが波風が立たないだろう。それに、うそは言ってない。カタクリさんのことをどんな人間なのかもっと観察したいと思っている。つまり気になっているのだ。

「ほう!いいじゃねェか!どんなやつだ」
「ダイフクさんには内緒です」
「なら、もっと仲よくなったら教えてくれ。応援するぞ」
「はい、ありがとうございます、オーブンさん」

とにかくたらふく御馳走になって、何とか帰宅して……お風呂に入りながら、今日の出来事を思い返した。

ぼんやりと微睡むような心地で、カタクリさんのことを考えていた。まず最初に、こわい人。部下を瞬殺で気絶させれる人で、喧嘩で負けたことが無くて、海賊で、きっと私の知らない犯罪めいたこともたくさんやっていて。

次に、優しいところもある人だ。
少なくとも私には優しい。部下があれだけ気絶させられても付き従っていくのだから、人間としての魅力もあるのだろう。それに、すべてを見透かすような目をしている。達観したような、どこか遠い目。なにか刹那的な印象がある。悲しいほどに享楽的というか。スリルを求めているけれど、それが手に入らなくて飽き飽きしているような。

彼は多くの一面を持っているが、そのいずれも奇妙なほど整合性があるのもまた事実だった。どこでなにをしていようと、一貫して彼はいつも彼らしくあるのだろう。
――きっと、いい人なんかじゃない。
けれどもなにか、抗いがたい魔性を持っているのだ。





「カタクリさんって不思議な人ですね」

お弁当を食べ終えて、しみじみとそんな言葉が漏れる。傍らではクラッカーさんも食事を終えて、なにかの本を読んでいた。

「あ?カタクリの兄貴か?」
「はい。クラッカーさんもなかなか不思議ですけど。」
「フッ、兄貴に惚れたらダメだ」
「なんでですか?」

蜜柑の皮を剥きながら、純粋な疑問をぶつけると、クラッカーさんはやっと本から私に目を向けた。怪訝そうな表情をしている。

「なんでって、お前まさか」
「いや、違いますけど。なんでかなぁって。職場恋愛禁止の規定でもあるんですか?この国」
「なんでもクソもあるか。お前みたいな小娘、兄貴が相手にするわけないだろ」
「カタクリさん、年上好みなんですか?」
「知るか。カタクリの兄貴はな、女なんか興味ないに決まってる。あれだけの男だ、お前のようなモンとは格が違うんだよ」
「……。」
「あ?なんだその目は」
「いや……クラッカーさんがカタクリさんのこと大好きなことは伝わってきました」
「俺らの兄貴だからな。慕って当然だ」

クラッカーさんがカタクリさんへの思いをつらつらと機嫌よくしゃべっているのを聞きながら、私はまた蜜柑に手を伸ばした。
仁義とか盃とか、仲間とか家族とか、海賊の世界は全くわからないけれど、よほど重要なものらしい。少なくともクラッカーさんにとっては、誇りであり、矜持であり、カタクリさんが自分の兄というのが彼の肩書なのだ。

それにしても、兄弟に“女なんか興味ない”と断言されるなんて。
カタクリさんってもしかして女っ気まったくない人なのだろうか?俄かに信じがたいけれど。



「カタクリの嫁ェ?」

幹部室で暇を持て余すダイフクさんに、紅茶を置いたタイミングで切り出してみる。ダイフクさんは私を一瞥しながら、「そんなもんいるわけねェだろ」と断言した。

「そうなんですか。じゃあ彼女は?」

もうすぐ日が暮れる。
ダイフクさんの横顔が、夕暮れの光と入り混じって、ほのかに照らされていた。向かいのソファに腰を下ろして、私は盆の端をいじっていた。

「知らねェなあ。」
「へえー。」
「カタクリが惚れこむ女がいるとしたら、それは……」

そこで幹部室にオーブンさんが入ってきてダイフクさんは気怠そうに「よう」と挨拶を投げる。ダイフクさんの声に耳を傾けながら、次の言葉を予測した。

「喧嘩の強い、ママみたいなやつだろうな」
「…そうなんですね。喧嘩は必須条件なんですね」
「なんでそんなこと訊くんだ?」
「興味がありまして」
「興味ィ?カタクリに?やめとけ、やめとけ。ナマエ危ないぜ」
「カタクリさんみたいな人見たことなくて。単なる好奇心です」
「意外と恐いもん知らずなんだなァ、ナマエ」

呆れたようにダイフクさんが言う。しかし私は、自分を恐いもの知らずとは思わない。恐いものは恐いし、リスクは見極めている。カタクリさんが私に危害を加えることはないだろうという確信があった。

「あ……そう言えば」
「なんですか?オーブンさん」
「いや、やっぱ、違うか」
「え?なにがですか?」
「うーん……まあ、うちのカタクリに限って……いやな、前に縁談の話がきていたらしいっちゅー噂はペロス兄から聞いたことはあるがな」
「……」
「想像もつかねぇが…ただの噂かもしれん。まあ人に歴史ありと言うしな」
「へー……」

想像つかない、とオーブンさんは言ったが、カタクリさんの大切なひと、という女性像ならば、すんなりと思い描けた。それは、決してビッグマムさんみたいな女性ではなく、線の細いきれいなひとであるような気がした。





*****

「……紅茶を、変えたのか」
「あっ、分かりました?」
「ああ。」

というわけで、直接本人に訊いてみようと思った。
無論、結婚歴などセンシティブな話題に触れるつもりはない。失礼にならない範囲に絞るつもりだ。しかし、本人を前にすると、そんな気はたちまち風のごとく吹き飛ばされていった。

カタクリさんは幹部室ではない城の中の自室で長い脚を組んで、机の前に座り、山積みの手配書を眺めている。それによって周囲の使用人が、一様に緊張している。大勢の人間が一斉に身構えているこの雰囲気に、私はゾッとしてしまった。皆、カタクリさんを恐れているのだ。
ここは、私が一肌脱いで彼の気を引く場面だ。

「カタクリさん。新しい手配書、取り寄せてまいりました」
「ああ。そこ置いておいてくれ」
「紅茶をどうぞ。お疲れでしたら肩を揉みましょうか?」
「……、いや。そんなことは、お前にさせられん」

変な物でも見るように眉根を寄せたが、本気で邪険にしているふうではない。もしかすると、女子供に格別甘い人なのかもしれない。妹も多いし。ベスト兄ーティストとやらで一位だとか言うし…
そしてそこには下心というものが一切介在しないことも察した。自分が性的な目線を持たれているかどうかくらいはわかる。

「なんだ…お前は暇をしているのか」
「実はそうなんです。カタクリさんとお話したいなと」
「そうか。……ならまあ、話でもするか」

カタクリさんは椅子から軽い身のこなしでソファに移動する。どかっと座り込んでから、となりのシートをポンと軽く叩いた。

「ぼっと立ってねェで座れ」

なんだか嬉しくなって私はいわれたとおり隣に座った。周囲のチェス戎兵たちは、ほっとしたふうに銘々仕事に戻っていく。

すぐに腕を胸の前で組んで、ついでに長い足も組んで見せる。その仕草、いくらでも眺めていられる。なにか絵になる、特別な情景に見えた。

「どうだ。最近は。いじめられてねェか」
「皆さんとってもよくして下さいますよ」
「たまには蹴ってやってもいい。クラッカーあたりは喜ぶだろう」
「まさか。カタクリさんは最近どうなんですか?」
「俺か?…いまはそんなに重要な任務もないからな」

明るい物言いと裏腹に口元に陰りがある。
本当に退屈なんだろうな、と思った。

「カタクリさんって……」
「ん?」
「あの。彼女……とか」
「……あ?」
「彼女とか、いるんですか?」

ごく小声でカタクリさんにだけ聞こえるように。そうしたはずなのに、その瞬間、室内がしんと静まり返った気がした。息を殺したのは私だけかも知れないけれど。

カタクリさんは幸いにも殺気を醸し出してはいなかった。しかし私の質問はさぞ突飛であったらしく眉が怪訝そうに歪められる。

「お前……好奇心が旺盛だな」
「すごく気になってしまって。不躾にすみません」
「そんなことが気になるのか。…まあ、あまり誰彼構わず訊く内容じゃねェな。娼婦でもあるまいし」
「娼婦じゃなくても気になりますよ」

カタクリさんって、娼婦とか使ったりするんだな。まぁ、みんな縁ありそうだけど、ないわけないけど、なんというか、ちょっと意外な気も確かにした。

ギラギラした世界にいる人だから、もちろん夜の街は彼にお似合いだ。だからこそ、プライベートでは完全に電源を切るイメージがあったのかもしれない。

それではカタクリさんの女性関係は娼婦とか前世の記憶で言うところのキャバクラとかクラブとか、いわゆるネオン街の蝶みたいなタイプなんだろうか。まあ私みたいなモブキャラみたいな感じではないのだろう。いずれにせよ美しさも度胸もある、気風のいい女性に違いない。

「どうしても気になるなら……俺の口を割らせてみたらどうだ」

初めて面白いものに出会ったみたいに、カタクリさんの目がにやりと笑う。

「うーん、そうですか」

なるほど、そう来たか。
まさか色仕掛けは通用しまい。

私のなかで色恋に興味のないランキング一位がカタクリさん、二位がオーブンさんだ。

女性としての切り札も使えないいま、カタクリさんを白状させる手段は限られてくる。私に度胸があれば拳でぶつかっていく手段もあろうが。しかし、真に受けて検討している私に、カタクリさんはもはや呆れ顔で溜め息を付いた。

「……考えてることが手に取るようにわかるやつだな。可愛らしく“教えてください”と言ったらいいだけじゃねェか」
「……」
「お前、俺に殴りかかることも考えていただろう」
「一瞬考えはしましたが、さすがに実行には移しません。命が惜しいので」
「ふっ、よくわかってるじゃねェか。で、どうするんだ。可愛くおねだりしたら俺の口も緩くなるかもしれないぞ」
「……。キャラじゃないので、いますぐには難しいです。いつかまたチャレンジさせてください」

カタクリさんは、にやりとも呆れ顔もしなかった。ただ喉の奥でくつくつ静かに笑った。彼が普通に笑うとそれだけで雰囲気ががらりと変わる。騒々しさや物々しさとは一転し空気まで穏やかになる。目を奪う情景だから。それほどに、きれいな横顔だった。

「殴りかかってくるより難しそうに考えてやがる」
「うぅ……」
「けど、まァ……気に入った。ナマエは、嘘のつけねェ子なんだな」

その低くて優しい声は、そっと響いて、しばらく鼓膜に残っていた。カタクリさんの切れ長の瞳が、まばたきのあと、ふわっと細められる。そのとき、カタクリさんの甘い匂いがして、胸が詰まった。

あ、まずいな。
と思った。

私、カタクリさんのこと、
好きになってしまいそう。





それはね、恋だよ