カタクリさんと付き合うことになって一週間がたった。
付き合うといっても、好きとか付き合おうとか言葉の確認があったわけではない。
淡い淡い片思いだったはずが、あっさりとバレてしまって気がつくとこうなっていたから驚いてしまう。

昔は――まだ出会ったばかりのころは、距離があった。カタクリさんが作る硬くて、エベレスト級の大きな壁。それでいて間合いの取り方。ギリギリのラインの体に触れない距離。

この一週間、急速に展開する関係にとまどっているが、日々は癒すようにやさしく過ぎていく。いつかこのふわふわした気持ちを懐かしむ日がくることを教えるように。



「……それで。お前たち、付き合ってるんだろ?」

ダイフクさんが珍しく真顔で急にそんなことをいうから、口に銜えていたマカロンをぽろっと落としてしまった。

「えっ?」
「だーかーらー。ナマエとカタクリ以外にいねえだろうが」
「あー……」
「うまくいったのか?いってないのか?」
「……」
「別に隠してるわけでもねぇだろう?そもそも、相手のほうは隠す気なんて更々なさそうだしな」

スイートシティ、ホールケーキ城の屋上で来週に控えたお茶会の準備をしていた最中。最近いい感じの彼の話でもする女子みたいな会話を振って来たダイフクさんに、困惑して固まる。けれど私もそんな女子と同じなんだな、いくつになっても恋愛が下手だなぁと、落としてしまったマカロンを拾いながらぼんやりと思った。

先程まで降っていた雨が止んで、真っ黒い空の隙間から光が差している。並べられたテーブルの上に残っている雨の水溜まりが鏡のように照らしている。ダイフクさんは椅子に座って私を見ながら笑っていた。

「隠してるわけじゃないですけど、公表することもないかなぁって……」
「まあ、みんな気づいてるけどな」
「えっ、みんな?」
「フランぺ以外、皆な。あいつが知ったらうるせェだろうがな。俺らは微笑ましく見守ってるよ」
「ええ、そうだったんですか……」
「けど、ナマエが好きなのは前からわかってたが、カタクリも同じ気持ちだとは気づかなかった。さすが読めねェな、兄弟ながらにあの男は。」
「……」

そうなのだ。
カタクリさんはたしかに以前はまったく、私にも“家族”と同じような振る舞いしか見せなかった。

優しくて頼りになって、強くて。ちょっと意地悪でだけどただの家族、仲間。だから関係を壊したくなくて、告白はしないと決めていた。血の繋がらない私を家族と同じように扱ってくれるのだから。そばにいるだけで嬉しかったのだ。

それなのにこういう関係になるなんて、こんなこともあるんだなぁ……としみじみと思った。この現状がなんとありがたく、なんと奇跡に近いことであろうか。
私はいまも夢じゃないだろうかという疑いを捨てきれない。

「どんな感じなんだァ?」
「なにがですか?」
「優しいのか?カタクリは。」

ダイフクさんの、いつもはへの字に曲がっている唇が美しい弧を描いている。たしかに本当のお兄ちゃんみたいなダイフクさん。他のみんなもそうだけれど。

こう見えて心配性で、強くてとても優しい彼らには、ついすべてを聞いてほしくなる。しかし、あんまりなんでも話すのはカタクリさんに悪い気がする。カタクリさんは気にしないだろうけど。

「はい、優しいですよ」
「そうか。わかるわかる…大事にされてんだな、お前」

本当にわかってるのか、この人。
からん、からんと氷をストローで鳴らしながら、どこから持ってきたのかメロンソーダのグラスの中身を弄びながらダイフクさんは目を細める。

……なんにせよ、自分のことのように彼も喜んでくれている……そのことになんだか胸がいっぱいになった。いつも揶揄われてばかりだから、なんか素直に嬉しかった。

なんだかしんみりしたみたいに立ち尽くしていたらポケットに入れていた子電伝虫が鳴った。

「……はい、もしもし…」
『まだホールケーキ城か?迎えに行く』
「…あ、はい。すみません。」

思わずダイフクさんを見れば『行け行け』と、ジェスチャーで顎を差し出している。ダイフクさんに軽く会釈してホールケーキ城を降りた。お城を出た先にいる旨を伝えたら、わかったと短く言われて電伝虫は切られた。

十九時を回る街並みは色んな人々の姿がある。綺麗なお姉さんや城の使用人や任務を終えて家路に帰るひと。カップルや、家族……そんな雑踏をまっすぐカタクリさんが歩いてくるのが見えた。

小豆色の髪に真っ黒いノースリーブのライダース。凛としたその姿は、こんな人ごみのなかでも淡い光を纏っているように特別に見える。見惚れていたら、私のそばまでカタクリさんがきて立ち止まると微かに左眉を上げた。

「今日は何だか雰囲気が違うな」
「えっ、あ。はい…お洒落して来ました」
「いつもより綺麗だ。変な輩に目を付けられそうだな」
「え?どういう意味ですか?」
「そういう意味だ。」

悪びれず彼はいう。いじわるな目線で。だけど、その瞳の奥は優しいのだ。

「メシは食ったのか」
「はい、さっき少しダイフクさんと。だから、なんかお酒が飲みたいかなーって気分です」
「わかった」
「カタクリさんは今日なにしてたんですか?」
「俺は…万国を離れていた。別件で色々とな」
「そっか、お疲れ様です」

ふたりで街の中を歩く。
歩く速度に応じるように夜風がやわらかく顔を撫でる。湿った空気の匂い、いろんな色の電飾が頭上できらきらしている。

カタクリさんは前を見て歩いている。彼との沈黙は共有のひとときだな、と思った。カタクリさんが黙っているのを私も黙って楽しんでいる。景色や匂いや感触が、彼の隣にいると鮮やかだ。 なんでもないことがひどく心地よい。

感じのよいバーでお酒を飲んで、それからぶらぶら歩いてカタクリさんの住むコムギ島に帰ってきた。

シャワーを浴びてまたお酒を飲んで、じゃれ合ううちにセックスになだれこんでシャワーをまた浴びてベッドに倒れた。

「今日、ダイフクとなにを話したんだ」

大きなベッドで腕枕をしながら、カタクリさんが私の顔を見下ろしている。レースのカーテンを透けた青白い街灯の端っこしか光源はないのに彼の赤い瞳がきりりと光る。

上着もストールも外した彼はなんだか別の人みたいだ。
私と無防備にベッドに横たわる彼。武装を解いた彼は、きっと恋人という立場でなければお目にかかれない。

「近況報告ですかね…あ、そういえば、カタクリさんとのことバレてましたよ?」
「お前、隠してるつもりだったのか」
「そうじゃないですけど、言ったことなかったから。フランぺ以外にはバレてるらしいです」
「そうか、ならフランぺには黙ったままでいい」

目を細めるカタクリさんが綺麗に笑う。口元が覆われていないというだけで、こんなに若々しくてきれいに見えるとは。まだ数えるほどしか見てないけれど、まだまだ慣れなくて見とれてしまう。ふつうの会話をしているだけなのに。

「それで、ダイフクはなんだって?」
「喜んでくれてました。お似合いって」
「あいつも見る目があるな」
「そうですね。だけど、ちょっとびっくりしたみたい。私が好きなのはわかってたけど、カタクリさんの気持ちには全然気づかなかったって」
「……」

さっきから珍しく唇にゆるい微笑が浮かんでいる。目を伏せながら耳を澄ませて私の声を聴いている。

私のお腹を撫でていた人差し指がするりと上がってきて、鎖骨と鎖骨のあいだのくぼみで止まった。

「意図して隠してたわけじゃねェ。立場上、感情を表に出さないクセがついている」
「大臣ですもんね」
「ああ。だから慣れない、しがらみはまだ生きているからな」
「そっか。私には想像もつかないけど、すごい苦労があるんですね……」
「……、ナマエ」
「ん?なんですか?」
「好きだ」

驚いて息を飲むわたしにカタクリさんは微笑むように目を細めた。

「出会ったときは、こんなふうには言えなかった。そもそも家族以外の他人に入れ込むなんてことは…」
「……」
「色んな意味で危ねぇマネはできない。だから……」

カタクリさんはそこで軽く口を噤んだ。
私は彼の眼差しを必死に見つめ返した。
長い睫毛、二重目蓋の優しくも厳しくもなる瞳。考える目、傷ついた目、苦しみを知っている目。この人は、色んな経験をしている。私が思うよりもずっと、海賊世界に染まって、そしてそんな自分を客観視しているのだ。

ストールごしではわからなかった。
こういう目をした人だったのだ。

「嬉しいんだ。惚れることができて。昔ならナマエのよさに惹かれはしても、気づかねえふりをしてただろうからな」
「……」
「ナマエ、こっちにこい」
「はい」

軽く引っ張られて、カタクリさんの胸に体を寄せる。目の前にカタクリさんの唇がある。その唇は秘密を打ち明けるようにゆっくり瞬いた。

 すきだ、

かすれた囁きが、じんわりと胸をうった。
やわらかな口上と違い真剣なひびきがあった。

私は泣きそうな気持ちになる。
いつもは隙を見せない彼が、なんでも器用にこなしてしまう彼が、危険な中でこそあざやかで自由な彼がいま、本心を見せてくれている。
まるで弱みを見せるように、切実な心を。

「私も好き。大好きです」

やっとの思いで震えるように伝えた言葉をカタクリさんは優しい顔で聴いていた。どこかおかしそうに、そしてとても嬉しそうに。

「知っていた。……お前は俺が守る。」

ふふっと、鼻にかかった声がいとしい。
これからもこんな夜を繰りかえして、同じ時を一緒に過ごしていくのかな。いまはまだ、カタクリさんは謎めいているし、過去はあまり語らないし、こんな一面もあったんだと驚かされもする。だけど距離はもうない。

ようやく恋人どうしになった実感が後から追いかけてきた。これは夢じゃないとはっきりとわかる。

カタクリさんの触れる指先が、眼差しが、唇から漏れた呼気が体温が、愛情をゆたかに与えてくれて痛いほどに幸せだから。





知ってるよ、好きだから。