雲ひとつない、良く晴れた昼下がり。
本日のお茶会が開かれるこの屋上に、いま、ペロスペローさん、ダイフクさん、オーブンさん、クラッカーさん、プリンにブリュレ、そして私。
お茶会開始までの束の間の時間で、いつものように談笑していた。
カタクリさんはママと一緒に、姿を消してしまったけれど、きっと式のときのウエディングケーキの話し合いにでも行ったのだろう。
そう、私、万国の大幹部、
シャーロット・カタクリ様と結婚することになりました!
改めて………
この度は、こんな私を選んでくれてどうもありがとう、カタクリさん。
ご使用の前にこの取扱説明書を作ったので、よく読んでください。
「なんだい、この分厚い束は?ペロリン」
私は席で談笑していた面々に、夜な夜な手作りした、その取扱説明書を渡した。
「それに私の扱い方が、全て書いてあるの」
「ナマエちゃんの取扱説明書かい、ペロリン♪」
「カタクリさんに渡す前に、みんなに内容を確認してもらいたくてさ」
皆、ぱらぱらと紙を捲って、途端に怪訝そうな表情を浮かべたので、私は頬を膨らませた。
「急に不機嫌になることがある……だと?んなこと、いちいち書かなくても誰が見ても分からぁ」
ダイフクさんは抑揚つけて言い放ち、その紙束を乱雑にテーブルへと投げやって背もたれに気怠く体を預けた。
「確かにな。わけを聞いても答えないくせに放っとくと怒るしな」
オーブンさんも、ダイフクさんの言葉に、うんうんと、頷いている。
「まあ、そんなときは懲りずにとことん付き合ってくれるだろう、カタクリなら。ペロリン♪」
さすが、長男様。わかっていらっしゃる。
それと引き換えに、ダイフクさんは、なんなの。相変わらずむかつくわー。
「定期的に褒めると長持ちするもんだよ、女はねェ」
「そうね、爪がきれいとか、小さな変化にも気付いて、ちゃんと細かく見ていてくれたら嬉しいわよね」
ブリュレとプリンは、納得したように私の作った説明書に目を通していた。やっぱり、こういうとき、ビッグマム海賊団、シャーロット家の能力者でも、中身はただの女子なんだなと、思い知らされる。
「太ったーとかかァ?」
「ダイフク兄さん、余計なことは気付かなくていいのよ」
「え?わたし、太った?」
ジロ、とそこにいた全員の視線を浴びる。
口裏を合わせたように、すぐさま皆が目を逸らした。え、太りました?うそ。
「ちなみに、ナマエ」
「ん?なに、クラッカーさん」
「この、たまにして欲しいリストのところだけどよ」
「はいはい?」
「定期的に旅行、記念日には洒落たなディナーってなんだ」
「あ、それ必須項目!」
「ほう……兄貴もめんどくせー女捕まえたもんだな」
「旅行は三ヵ月に一回は連れてって欲しいんだよねー」
「はァ?お前、誰と結婚するかちゃんと理解してんのかァ?」
「え?してるよ、私はカタクリさんのお嫁さんになるんだもーん」
「あのなァ、家の次男は忙しいんだよ。旅行なんて娯楽、そう呑気にやすやすと出来るわけねーだろうがよ」
ダイフクさんが、舌を打ち鳴らしながら目の前の紅茶を飲んで、大きく溜め息を吐く。
「それに、なんだァ?“オシャレ”なディナーって。毎月の茶会で我慢しやがれ。これに毎回、いったい何億ベリーかかってると思ってんだよ」
「お茶会だと、もれなくみんながついてくるじゃん。ヤダよ」
「だいたいな、この一輪の花だの、手紙を書いて欲しいだのって、カタクリがやるわけねーだろうが」
ダイフクさんは、テーブルに頬杖を付きながら猫背姿勢で、さきほど投げやった紙束をパラパラと、捲る。
「んー……まぁ、そんなとこもさ?」
「あァん?」
「笑って許してよ、ダイフクお兄様っ!」
私が甘く言うと、ダイフクさんは、今世紀最大の嫌そうな顔をした。
実は、カタクリさんと結婚することになった現実に、一番驚いているのは私、本人なのだ。
私はずっと、ずーっと、カタクリさんが好きだったし、でも気持ちを伝えたことはなかった。特別、優しくしてもらっていたことは分かっていたが、自意識過剰になれるほど、私には自信は持てなかったし、はっきりとした気持ちを伝えてしまったら、この関係が終わるような気がして、恐れ多くて言う気にもならなかった。
そんな日々を過ごしていたとき、カタクリさんから想いを伝えられたのだ。
好きですとか、付き合いたいとか、そういった類のものではなくて、愛するカタクリさんから告げられた想いは、ムードもへったくれもなく、紅茶を机に置いたと同時に突拍子もなく言われた、
「結婚しよう」
の、言葉(ラブソング)だった。
「……ナマエ、なぁーにニヤニヤしてんだ、気持ちわりーな」
ダイフクさんの言葉に我に返り、ジロジロと私を覗き込むその大きな図体を、私はやんわりと押し退けた。
「ナマエ、もしも目移りしてしまったらって書いてるけど、あなた案外、後ろ向きなのね」
プリンの言葉に、一瞬その場の空気がシン、と静まり返った。
そうだ、
本当は不安で不安で溜まらないのだ。
あのカタクリさんが、最高傑作で、3将星の肩書を持つ、あの完璧な人が、わたしなんかを選んだことに、不信感すら抱いていた。
途端に俯いて、言葉に詰まってしまう。
「……大丈夫だろうよ、カタクリなら。」
沈黙を破ったのはダイフクさんで、片方の手で頬杖を付いたまま、遠くの方に目線を逸らして言った。
「そうだな、カタクリは寛大だしな」
「そうよ、アンタ。カタクリお兄ちゃんを誰だと思ってんのよ」
「……」
「あの人はね、広い心と、深〜い愛情の持ち主なのよ、バカだねェ、不安になっちゃって」
「それより…いつの間に兄貴とそんな仲になってたんだ?ナマエ。」
「お前が幹部会をさぼってばかりだから、内情を知らないだけだろう、ペロリン」
「ギクっ……」
クラッカーさんとペロスペローさんのお蔭で、重かった空気は打ち消された。
そのあとも、かわらず談笑するみんなの声の中から、楽しそうなダイフクさんの声が響き渡る。
「ナマエ〜、未来の旦那の登場だァ」
その声に、俯いていた顔を上げた私の目線の先には、こちらへ向かって歩いてくる“未来の旦那様”の姿があった。
私と目が合った瞬間に、カタクリさんの目元が、慈しむように柔らかく細められて、顔が熱くなる。
もしも、涙が溢れそうになったら優しくカタクリさんに拭き取ってほしい。
そして、ギュッと強く抱きしめて欲しい。
どんな私でも、笑って頷いて。どんな私も許してほしい。
ずっと、ずっと大切にしてほしい。
私が書いた、分厚い“取扱説明書”は、私の扱い方が記されたものではなくて、私の有り余る、カタクリさんへの願望だ。
カタクリさんと、晴れてこうして結ばれたというのに、まだまだ、こんな欲まみれな私を、カタクリさんは変わらず優しい瞳で見つめてくれるのだ。
「なーに、泣いてやがる。この永久保証娘が。」
ダイフクさんの言葉に、そこにいた全員が盛大に噴き出した。
「なにをそんなに盛り上がっていたんだ」
カタクリさんが私の席の横に腰をおろして、ふしぎそうに私を見やる。そして、テーブルの上のダイフクさんが投げやった“取扱説明書”に視線を落として、それを手に取ろうとする。
「ダメ!!!!」
「なんだ」
「ダメダメ!!!みんなのも、回収!!!」
赤面して慌てふためく私が、お茶会終了までみんなの笑いものにされたのは、言うまでもない。
ずっと大切にするよ。あなたを想うこの気持ちを。
いまなら、少し自信が持てるよ。
あなたの大切な家族たちのお蔭でね。
取扱説明書なんかなくても、ちゃんと真っ直ぐに、私を愛してくれるってことが分かったから。
これからも、どうぞよろしくね。
ずっと、正しく、優しく扱ってね。
一点ものにつき、返品交換は受け付けません。
ご了承ください、カタクリさん。