カタクリさんって、どういう人なんだろう。

そんなことを考えているうちに、いつのまにか好きになっていたから驚いてしまう。惚れやすいわけではないはずのに、おかしいな。

カタクリさんは、背が高すぎて顔がよく見えなかったけれど、幹部室でお仕事している横顔がすごくきれいで。通りすぎたときにドーナツみたいな甘い匂いがしたときとか。幹部会が難航したとき、それまで黙っていたのに、カタクリさんの鶴の一声で事態が収束したり。目が合ったとき、「どうした」って、目を微かに細めることもあった。

そういう小さな積み重ねで、すこしずつ恋に至っていったのだと思う。

同じ空間にいるだけで嬉しくなるし、毎日胸がいっぱいだ。だから、どうにかなろうという気概はない。ただの“使用人”のひとりのままでいい。
好きだと気づいたときから、告白はしないと決めた。



そうしろと命じられたわけではないのだけれど、住まわせてもらっている身なので、自ら立候補して得た私のポジションは、ビックマム海賊団の幹部の方々のサポート。それがいまでは基本的に私に与えられている任務というか、まあ、お仕事だ。

「あれ?」

カタクリさんが幹部室に入ってきたので、思わず声が先に出てしまった。
今日の幹部会は明日に延期になったため、既にここには誰もいない。私も来月のお茶会の招待状の下書きを書き終えたら、すぐにここを出るつもりだった。
今日は、来月のお茶会の試作品を屋上で食べられるとのことだったから。

「……今日の幹部会、延期だって連絡はいってませんでした?」
「いや、知っている」
「ですよね、よかった。」
「皆、もう屋上にいるぞ」

いきなりカタクリさんが姿を見せたことにびっくりしたし、カタクリさんと普通に喋ってることにもびっくりしている。

それに、ここにふたりきりだという事態が、ゆっくりと私の体温を上げる。
緊張すると、ぺらぺらといらないことまで話してしまいそうになるから、そっと唇を噛んだ。

「……お前は」
「え……」
「忙しそうだ」
「あ……私は下書き。あの、来月のお茶会の招待状の。」
「そうか」
「先行っててください。すぐ行きますから」
「ああ」

……お前、と彼は言った。
私の名前、憶えてくれてないんだな。
使用人と変わらないし、部下は何千、何万といるのだから当たり前かもしれないけど、なんだかちょっとしゅんとした。

カタクリさんは、やわらかそうに目元を緩めて、笑っていないのに笑ったみたいな、やさしい顔をしている。

そのままじっと私を見てくるから、私は彼を二度見して、頭がこんぐらがってきそうになる。彼がぐ、と絨毯を踏んで、こちらに近づいてきて、私は静かにパニックに陥った。

「さっきまで寝ていただろう」
「え?」
「テーブルに顔をつけて」
「……」
「コーヒーシュガーがついている」

私の頬のまえで指をくるりと回して、今度こそカタクリさんは微かに笑った。

頬を触ると、ザラザラと粉砂糖が落ちてくる。
カタクリさんは私を通りすぎると、真後ろのペロスペローさんの席でなにかを探しはじめた。

……息が止まるかと思った。焦った……。

静かに笑った顔の、とろけそうな目じりが、ストールに隠された唇から漏れた微かな息が、なんだか、すごかったから。

(はやく、書き切らなくちゃ……)

動揺している余裕なんてないのに。



「字がうまいな」
「!?」

あれ、いい匂いがする。と思ったら、カタクリさんが、私の座っているソファの頭上から招待状を覗きこんでいた。

気を抜いていなかったら、ギャー!とか、ワー!とか、ギエー!とか、そんなことを叫んでいたと思う。ぐっと耐えて、深呼吸して、努めて冷静を装って。慌てない慌てない。呼吸を整えよう。

「えー、汚いないですよ、癖あるし」
「……」
「はは……」
「邪魔したら悪いな…なんだ、もう終わりか」
「うん、よし、終わりました!」
「お疲れさん」
「ありがとうございます」
「行くぞ」
「え」
「屋上だ」

………。
一緒に行くということ?
いや、待っててくれたのかな?幹部の偉い方なら、部下をエスコートするのは当然なのかもだけど……
うそでしょ、どうしよう。よろけそう。呼吸、呼吸。



「……遠いな」
「…………そうですね」

カタクリさんは、エレベーターを素通りして歩きはじめる。あ、なるほど。使用人は使えないのか、エレベーターなんかご立派なものは。

それにしても……歩き方がほんとうに優雅だ。
私はカタクリさんを見上げた。背伸びしても、到底届きそうにない。本当に背が高いんだなぁ……5メートルくらいあるんだっけ。

そのまま、無言で長い廊下を突っ切って、屋上に繋がる階段を上った。踊り場の立派な鏡に、カタクリさんと、私の姿が映っている。
カタクリさんは背が高すぎて、肩くらいで途切れているけれど。恥ずかしくなって、鏡からすぐに目を逸らした。

幹部室自体、かなり上階にあるので、屋上にたどり着くまではそう時間はかからなかった。

屋上につくと、やわらかい風がそよ、と吹いてきた。水色の空に、群青色の穏やかな海が見える。眩しいほどの青い風景。耳を澄ませば潮騒が届くほどの。

ふと人の気配が途切れた瞬間に見せる、海のあるこの景色が、私は好きだった。なにか懐かしく、心落ち着く風情があるから。

そんな瞬間に、カタクリさんと過ごせたことを、幸福に思った。

「いい天気だ」
「そうですね」
「風も気持ちいい」
「うん、そうですね…」

本当にそうだなと思った。
カタクリさんは、心なしか気持ちよさそうな顔をしているように見える。

気がつくと、自分もリラックスしていることに気がついた。さっきはあんなに慌てていたのに。まだドキドキはしているけど、沈黙が全然苦しくない。なにも喋らなくていいだろうし、なにを喋ってもカタクリさんは聞いてくれるだろう。身構えなくていい。肩の力を吸い取ってくれるような、そんな大らかさがある。

カタクリさんって、シャーロット家の家族の中でもとくに、不思議な人だ。私は、これ以上カタクリさんのことを知ったら、きっとつらくなるくらい好きになってしまう気がする。

「試食は初めてか」
「はい!はじめてです」
「出ているものは好きに食べていい」
「承知しました!あっ、今日は確かマカロンがメインですよね?あ、それとドーナツとシフォンケーキも」
「全て把握しているのか」
「いや、そんなことないですよ、たまたまです」
「……そうか」

カタクリさんがちら、と私を見てくるから、あわあわしそうになるけど、そうならないように唇を噛む。

青い空と海。風。洗礼されたこの空間。
綺麗なお菓子の並ぶテーブルの前まで辿り着いてしまった。もう、このふたりきりの空間は終わってしまう。こんな奇跡みたいなこと、もう二度とないんだろうな。

「マカロンって、カラフルで見ているだけでわくわくしちゃいますよね!」
「……ああ」
「そういえば、はちみつがかかったドーナツを試作で作ったとか聞きましたし、フランぺちゃんもいるのかなぁ?」
「……フランぺと面識があるのか」

面識はない。実は姿もまだ、この目でみたことがない。それでも、ロクミツ島ナナミツタウンはちみつ大臣にして、カタクリファンクラブ会長兼特攻隊長という肩書は万国では有名で、私ですら知っているくらいだ。
いいなぁ、さりげなくいま名前呼んでもらえてたな、いいなぁフランぺちゃん……

「フランぺちゃんって、カタクリさんのファンクラブ立ち上げた人ですよね?」
「……」
「え、しらなかったんですか?」
「……興味がない」
「えぇ……」
「ナマエのことは大丈夫だ」
「わたし?なんでですか?」
「……」

……“ナマエ”と彼は言った。
私の名前、憶えてくれてたんだ。

カタクリさんはちょっと考えるみたいな感じで目を細めて、「なんでだろうな」と言った。

待って……すごくきれいな顔で笑うじゃん。

「名前はナマエ」
「え?あ?はい?そうですよ???」
「綴りはこうだろう」

と、長く綺麗な指先で中空に、名前を書きだすから、私は、どんな顔をすればいいのかわからなくなった。

お願いだから、“実は同じ名前の妹がいる”とか“ペロス兄から聞いた”とか、なんでもいいから理由を言ってほしい。盛大に勘違いしてしまいそうだから。

「あってるか」
「うん、あって……ます。」

席に着いた、もうだいぶ前に。それなのにカタクリさんは、目の前に並ぶお菓子には手をつけず、じっと私を見下ろしてくる。
それで、すこしだけ困ったように、微かに眉を寄せて頬笑んだ。

「……ナマエ」
「なんですか?」
「食うまえに……深呼吸するか」
「!!……」
「大丈夫だ、落ち着け。」
「いやだ、もぅ………………赤いですか?」
「ああ」

たぶん、私はユデダコみたいになっている。
顔が熱い。たぶん信じられないくらい赤い。

これじゃ、勘違いしてるみたいだ……いや、みたいじゃなくて、しちゃってるのかな。
絶対手が届かない人なのに。淡い片思いなはずなのに。好きなだけで満足、なだけだったのに。

「スーハー、スーハー」
「……このまま帰るか」
「え!それはだめですよ!」
「ああ、」

そうだな、と肯いて、カタクリさんは思案顔で、私を大きな掌で扇いでくれる。

「なんで?あ、帰りたいんですか?」
「海にでも行けば落ち着くかと思ってな」
「え、海?行きたいです!」
「そうか」

好きだってこと、ばれてるのかな?
恥ずかしいな。カタクリさんは微かに笑ってるし。
ストールで隠しきれてないもん。

だめだ、
こんなこと考えるから血の気が引かないのだ。
呼吸呼吸、呼吸!

「おぉー、カタクリに、付き人じゃねぇーか」

しまいには、後ろからのダイフクさんに声を掛けられた。待って、付き人て……。でも、おかげでさっと蒼褪めて、なんとか大丈夫な顔色になっただろう。

カタクリさんが、ダイフクさんを一瞥する。続けて、幹部やら兄弟たちも同じテーブルに集まって来て、とたんに活気に包まれて、カタクリさんと私はふたりきりではなくなってしまった。ほっとしたような、残念なような。

我に返り、ここは上座だと思い立って、急いでカタクリさんの隣の席から移動しようと、椅子から立ち上がろうとしたとき。カタクリさんがそっと耳打ちした。

「海は後日だな」

掻き消すように、使用人たちが運んで来た、ガラガラガラ〜というお菓子を乗せたカートの音が鳴り響く。

でも、低い声の吐息が、まだ耳元の髪に残っていた。

「ナマエちゃん、ってオイ、顔が赤いんだがァ!?熱でもあるのかい!?ペロリン」
「大丈夫です!なんでもない!きょうも頑張りましょう!」

「赤いな」、「赤いわ」「赤くないですよ!」と傍に座る家族と応酬して、襟を整えて、そうこうしているうちに目の前のテーブルに、追加でお菓子が並べられる。

カタクリさんと離れた席に座って、ようやく一息ついたとき、視線を感じて、ちらとカタクリさんのほうを横目に見ると、カタクリさんがこちらを見ていた。なんだか、やさしくて、それで楽しそうな眼差しで。

「……」

私は、期待してしまってる、どうしようもなく。
勘違いしてしまっている。

このまま、もっと好きになったら、どうなってしまうんだろう。欲張りになってしまうのかな、叶いっこないのに、好きなだけで満足できなくなってしまうのかな。
もしかしてもう、なってしまってるのかな。

その証拠に、
“後日”が待ち遠しくてたまらないのだ。





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