カタクリさんって、どういう人なんだろう。そんなことを考えているうちに、いつのまにか好きになっていたから驚いてしまう。わたし、惚れやすいわけではないはずなのに、おかしいな。
カタクリさんは背が高すぎて顔がよく見えなかったけれど、幹部室でお仕事している横顔がすごくきれいで。通りすぎたときに、ドーナツみたいな、甘い匂いがしたときとか。幹部会が難航したとき、それまで黙っていたのに、カタクリさんの鶴の一声で事態が収束したり。目が合ったとき「どうした」って目を微かに細めることもあった。そういう小さな積み重ねで少しずつ恋に至っていったのだと思う。
同じ空間にいるだけで嬉しくなるし毎日胸がいっぱいだ。だからどうにかなろうという気概はない。ただの使用人のひとりのままでいい。
好きだと気づいたときから、告白はしないと決めていた。
*****
そうしろと命じられたわけではないのだけれども、住まわせてもらっている身分なので自ら立候補して得た私のポジションは、ビッグマム海賊団の幹部の方々のサポート。それが今では基本的に私に与えられている任務というか……まあ、お仕事だ。
「あれ?」
カタクリさんが幹部室に入ってきたので思わず声が先に出てしまった。今日の幹部会は明日に延期になったため既にここには誰もいない。私も来月のお茶会の招待状の下書きを書き終えたらすぐにここを出るつもりだった。今日は、来月のお茶会の試作品を屋上で食べられるとのことだったから。
「……今日の幹部会、延期だって連絡はいってませんでした?」
「いや、知っている」
「ですよね、よかった」
「皆、もう屋上にいるぞ」
いきなりカタクリさんが姿を見せた事にびっくりしたしカタクリさんと普通に喋ってることにもびっくりしている。それに、ここにふたりきりだという事態がゆっくりと私の体温を上げる。緊張すると、ぺらぺらといらないことまで話してしまいそうになるから、そっと唇を噛んだ。
「お前は——」
「え?」
「忙しそうだ」
「あ……私は、下書き。あの、来月のお茶会の招待状の」
「そうか」
「先に行っててください。すぐ行きますから」
「ああ」
……お前、と彼は言った。私の名前、憶えてくれていないんだな。使用人と変わらないし、部下は何千、何万といるのだから当たり前かもしれないけどなんだかちょっとしゅんとした。
カタクリさんはやわらかそうに目元を緩めて笑っていないのに笑ったみたいなやさしい顔をしている。そのままじっと私を見てくるから、私は彼を二度見して頭がこんぐらがってきそうになる。彼がぐっと絨毯を踏んでこちらに近づいてきて、私は静かにパニックに陥った。
「さっきまで寝ていただろう」
「え?」
「テーブルに顔をつけて」
「……」
「コーヒーシュガーがついている」
私の頬のまえで指をくるりと回して今度こそカタクリさんは微かに笑った。頬を触るとザラザラと、粉砂糖が落ちてくる。カタクリさんは私を通りすぎると真後ろのペロスペローさんの席でなにかを探しはじめた。……息が、止まるかと思った。焦った。静かに笑った顔の、とろけそうな目じりが、ストールに隠された唇から漏れた微かな息が、なんだかすごかったから。
はやく、書き切らなくちゃ……動揺している余裕なんてないのに。
「字がうまいな」
「!?」
あれ、いい匂いがする。と思ったらカタクリさんが私の座っているソファの頭上から招待状を覗きこんでいた。気を抜いていなかったら、ギャー!とかワー!とかギエー!とか、そんなことを叫んでいたと思う。ぐっと耐えて深呼吸して努めて冷静を装って。慌てない慌てない。呼吸を整えよう。
「えー、汚いないですよ、癖あるし」
「……」
「はは……」
「邪魔したら悪いな。なんだ、もう終わりか」
「うん、よし、終わりました!」
「お疲れさん」
「ありがとうございます」
「行くぞ」
「え」
「屋上だ」
……一緒に、行くということ?いや、待っててくれたのかな?幹部の偉い方なら部下をエスコートするのは当然なのかもだけど。でも——うそでしょ、どうしよう。よろけそう。呼吸、呼吸。
「……遠いな」
「…………そうですね」
カタクリさんは、エレベーターを素通りして歩きはじめる。あ、なるほど。使用人は使えないのか、エレベーターなんかご立派なものは。それにしても……歩き方がほんとうに優雅だ。私はカタクリさんを見上げた。背伸びしても、到底届きそうにない。本当に背が高いんだなぁ5メートルくらいあるんだっけ。
そのまま無言で長い廊下を突っ切って屋上に繋がる階段を上った。踊り場の立派な鏡にカタクリさんと私の姿が映っている。カタクリさんは背が高すぎて肩くらいで途切れているけど。恥ずかしくなって鏡からすぐに目を逸らした。
幹部室自体、かなり上階にあるので、屋上にたどり着くまではそう時間はかからなかった。屋上につくと、やわらかい風がそよ、と吹いてきた。水色の空に、群青色の穏やかな海が見える。眩しいほどの青い風景。耳を澄ませば潮騒が届くほどの。
ふと人の気配が途切れた瞬間に見せる、海のあるこの景色が、私は好きだった。なにか懐かしく心落ち着く風情があるから。そんな瞬間にカタクリさんと過ごせたことを幸福に思った。
「いい天気だ」
「そうですね」
「風も気持ちいい」
「うん、そうですね……」
本当にそうだなと思った。カタクリさんは、心なしか気持ちよさそうな顔をしているように見える。
気がつくと自分もリラックスしている事に気がついた。さっきはあんなに慌てていたのに。まだドキドキはしているけど沈黙が全然苦しくない。なにも喋らなくていいだろうし、なにを喋ってもカタクリさんは聞いてくれるだろう。身構えなくていい。肩の力を吸い取ってくれるような、そんな大らかさがある。
カタクリさんって、シャーロット家の家族の中でもとくに不思議な人だ。私はこれ以上カタクリさんのことを知ったら、きっとつらくなるくらい好きになってしまう気がする。
「試食は初めてか」
「はい!はじめてです」
「出ているものは好きに食べていい」
「承知しました!あっ、今日は確かマカロンがメインですよね?あ、それとドーナツとシフォンケーキも」
「全て把握しているのか」
「いや、そんな事ないですよ、たまたまです」
「……そうか」
カタクリさんがちら、と私を見てくるから、あわあわしそうになるけどそうならないように唇を噛む。
青い空と海。風。洗礼されたこの空間。綺麗なお菓子の並ぶテーブルの前まで辿り着いてしまった。もう、この二人きりの空間は終わってしまう。こんな奇跡みたいなこと、もう二度とないんだろうな。
「マカロンってカラフルで見ているだけでわくわくしちゃいますよね!」
「……ああ」
「そういえば、はちみつがかかったドーナツを試作で作ったとか聞きましたしフランぺちゃんもいるのかなぁ?」
「……フランぺと、面識があるのか」
面識はない。実は姿もまだこの目でみた事がない。それでも、ロクミツ島ナナミツタウンはちみつ大臣にしてカタクリファンクラブ会長兼特攻隊長という肩書は万国では有名で私ですら知っているくらいだ。いいなぁ、さりげなく今名前を呼んでもらえてたな、いいなぁ、フランぺちゃん……。
「フランぺちゃんって、カタクリさんのファンクラブを立ち上げた人ですよね?」
「……」
「え、知らなかったんですか?」
「……興味がない」
「えぇ……」
「ナマエのことは大丈夫だ」
「わたし? なんでですか?」
「……」
……��ナマエ�≠ニ彼は言った。私の名前、憶えてくれてたんだ。
カタクリさんはちょっと考えるみたいな感じで目を細めて「なんでだろうな」と、言った。
待って……すごくきれいな顔で笑うじゃん。
「名前はナマエ」
「え?あ、はい? そうですよ??」
「綴りはこうだろう」
と、長く綺麗な指先で中空に名前を書きだすから、私はどんな顔をすればいいのかわからなくなった。お願いだから��実は同じ名前の妹がいる�≠ニか��ペロス兄から聞いた�≠ニか、なんでもいいから理由を言ってほしい。盛大に私、勘違いをしてしまいそうだから。
「あってるか」
「うん、あって……ます。」
席に着いた、もうだいぶ前に。それなのに、カタクリさんは、目の前に並ぶお菓子には手をつけず、じっと私を見下ろしてくる。それで、すこしだけ困ったように微かに眉を寄せて頬笑んだ。
「……ナマエ」
「なんですか?」
「食うまえに……深呼吸するか」
「!!……」
「大丈夫だ、落ち着け。」
「いやだ、もぅ………………赤いですか?」
「ああ」
たぶん、私はユデダコみたいになっている。顔が熱い。たぶん、信じられないくらい赤い。これじゃあ、勘違いしてるみたいだ……いや、みたいじゃなくて、しちゃってるのかな。
絶対手が届かない人なのに。淡い、片思いなはずなのに。好きなだけで満足なだけだったのに。
「スーハー、スーハー」
「……このまま帰るか」
「え! それはだめですよ!」
「ああ、」
そうだな、と肯いてカタクリさんは思案顔で私を大きな掌で扇いでくれる。
「なんで? あ、帰りたいんですか?」
「海にでも行けば落ち着くかと思ってな」
「え、海? 行きたいです!」
「そうか」
好きだってこと、ばれてるのかな?恥ずかしいな。カタクリさんは微かに笑ってるし。ストールで隠しきれてないもん。
だめだ、こんなこと考えるから血の気が引かないのだ。呼吸呼吸、呼吸!
「おぉー、カタクリに、付き人じゃねぇーか」
しまいには、後ろからのダイフクさんに声を掛けられた。待って、付き人て……。でもおかげでさっと蒼褪めて、なんとか大丈夫な顔色になっただろう。
カタクリさんが、ダイフクさんを一瞥する。続けて幹部やら兄弟たちも同じテーブルに集まって来てとたんに活気に包まれてカタクリさんと私は、ふたりきりではなくなってしまった。ほっとしたような、残念なような。
我に返りここは上座だと思い立って急いでカタクリさんの隣の席から移動しようと椅子から立ち上がろうとした時。カタクリさんがそっと耳打ちした。
「海は、後日だな」
掻き消すように、使用人たちが運んで来た、ガラガラガラ〜というお菓子を乗せたカートの音が鳴り響く。でも低い声の吐息がまだ耳元の髪に残っていた。
「ナマエちゃん、ってオイ、顔が赤いんだがァ!?熱でもあるのかい!?ペロリン」
「大丈夫です!なんでもない!今日も頑張りましょう!」
「赤いな」「赤いわ」「赤くないですよ!」と傍に座る家族と応酬して襟を整えて、そうこうしている内に目の前のテーブルに追加でお菓子が並べられる。
カタクリさんと離れた席に座って、ようやく一息ついたとき、視線を感じてちらとカタクリさんのほうを横目に見るとカタクリさんがこちらを見ていた。なんだかやさしくて、それで、楽しそうな眼差しで。
「……」
私は——期待してしまってる、どうしようもなく。勘違いしてしまっている。
このままもっと好きになったら、どうなってしまうんだろう。欲張りになってしまうのかな叶いっこないのに、好きなだけで満足できなくなってしまうのかな。もしかしてもう、なってしまってるのかな。
その証拠に��後日�≠ェ待ち遠しくて、たまらないのだ。