いつもより早く目が覚めた。
ベッドから下りて、部屋の中を見渡してみる。

絹のベッド、私専用に渡された子電伝虫、読みかけの本。最近買った香水。買ってもらったブレスレット。それだけの部屋。だけど優しく守られている部屋。

ベッドカバーやシーツを剥がし、布団を畳んでまとめておいた。

そうこうしているうちに、扉の向こうからコン、コン、と音が鳴る。「はい」と短く返事をすると、カタクリさんが部屋に入ってきて「起きたのか」と低くささやいた。

いつもと変わらない気品高いその姿。
いつ、どこにいても彼は、完璧で、気高さも含め、大人の男の姿なのだ。

荷物をまとめると、小さなハンドバッグと紙袋だけになった。部屋を出ると、カタクリさんが扉の前で立っていた。

「忘れ物はないか」
「はい」
「迎えはもう回している。行くか」
「……はい」

カタクリさんのお城の使用人が、先に門を開ける。殺風景でも、豪華な城。だけどカタクリさんの息遣いや体温が、確かに、刻み込まれている。

いつも、カタクリさんと食事をした帰りなんかには、こうしてお城に泊めさせてもらっていた。帰るときには毎回、またこうして来れたらいいな。と思うのだ。

お世話になりました、とお辞儀して、門を出た。
カタクリさんは、門番に私を引き合わせると、振り返ることなく中へ戻ってしまった。


スイートシティへ向かい、幹部室に入る。
廊下の窓から入る陽光の匂いや、幹部室の中で楽しく談笑している気配が、不意に私を呼ぶ声に変わる。

「おーおー、朝帰りかァ?」
「また、カタクリのところか」
「若いなぁ……羨ましい限りだぜぇ、ペロリン」

温かくて、それなのにばつの悪いような、よそよそしさも感じてしまう。心を、外に置いてきたからかもしれない。時間が経てば、またいつもの私に戻っていくのだろう。

ダイフクさんは、荷物を置く私の動作を横目に見ながら

「うちの最高傑作は、幹部会より女か」

といった。
その表情の優しさから、前よりも態度が軟化して、信を置いているのであろうことが伺えた。

カタクリさんは、私をあずかる日には必ず、ペロスペローさんに断りの連絡を律儀に入れてくれていた。毎回、直接やりとりしていたらしいことを最近になって知り、やはり自分だけが蚊帳の外であったのだと再確認する。

そしてそうなった要因は、自分が身の振り方を判断できなかったことにあるのだ。ここは海賊の世界。万国は新世界の中心にあるのだ。

つぎからは、自分の身は自分で守れるようにしようと思う。もう甘えたり、もたれかかるだけの存在であることはやめよう。自分でも選択肢をいくつか用意しておけるようにしよう。

そうする必要があると気付いたのは、呆れとも叱責ともつかない視線があったからだ。
出会った頃からずっと、カタクリさんが私を見つめていたからだった。



麦わら海賊団との抗争のすえ、万国の幹部連中も、たいへんな被害を被った。カタクリさんが万国から姿を消したのは、あの日から一週間ほど経ってからのこと。

カタクリさんの連絡先をダイフクさんに聞くと、「自分で訊くんだな」と、意地悪く言いながらも教えてくれたが、電話したとて、なんて言おうか……机に頬杖をついてあれこれ考えて、形式ばった文章を紙に書き出してみて、電伝虫を押してみる。

だが、カタクリさんは出てはくれなかった。
伝言は残したが、一週間たっても応答はなかった。

(無視かぁ……)

自室のベッドの上に横たわり、目を閉じていると、カタクリさんのお城のベッドを思い出す。いつだったか、なかなか起きてこない私を心配して……私の頬の温度を確かめる、長い指の感触があった。

薄く目を開けると、カタクリさんが、私を無表情で見下ろしている。
私は「夢かな…」と、口走った。

カタクリさんは、微かに目を細めて
――“お前にとっては、そのほうがよかったか”と言った。

でも、
夢じゃなくてよかった。


(もう、二度と会えないのかな……)


すごく近くにいてくれる気がするのに。






*****


もう一度、伝言を残してみたが、やはり返事の連絡はなく、年が明けて正月。
一方的でもいいやと、年始のあいさつを電伝虫の留守電に残す。

元旦は、スイートシティ本部で新年を祝うお茶会があり、その後、万国の大幹部連中も、つかの間の休息が与えられる。
島を出て休暇を楽しむ者、家族そろってゆっくりと過ごす者。私はいつもの幹部たちと、ワノ国へ初詣に向かった。

家内安全、一族繁栄を願う。
500ベリーをお賽銭にして、かなり私情を挟んだ願掛けをした。

どうか、家族が今年一年無事に過ごせますように。
それから、カタクリさんにとってよい一年になりますように。
あと、電伝虫が鳴りますように、と。

500ベリーのお賽銭が効を成したのか、カタクリさんが気まぐれを起こしたのかはわからない。
その日の午後、万国にカタクリさんからの便りが届いた。

『明けましておめでとう。万国にとって益々の躍進の年となるよう祈っている
シャーロット・カタクリ』


「えっ」


ワノ国から帰省して、何の気なしに、ペロスペローさんの机を見たら、そんな手紙が上がっていた。

思わず、素っ頓狂な声を上げてしまう。幹部室にいたペロスペローさんとオーブンさんがちら、とこちらに顔を向けた。ダイフクさんは、お屠蘇をまずそうに飲んでいたが、私の狼狽は奇異だったらしく、ダイフクさんも不審げに私を一瞥した。

私は、それを手に握りしめたまま、逃れるように幹部室を出て、別室に入って、深呼吸する。


(明けましておめでとう。万国にとって益々の躍進の年となるよう………)


私は、文面を繰り返し読んだ。
最初は連絡する気はなかったが、どうしても気になることがあったので、子電伝虫を取り出してボタンを押した。

今回も、どうせ出ないのだろうと思ったのも束の間、30秒ほどして繋がった。

「……躍進を祈るのは、万国だけにですか?」
「………」
「カタクリさん………」
「無論、ナマエも含めてのことだが」
「………」

なんか、いろいろと、どうしようか迷って、もう一度口を開く。


「会いたいです」


だが、それには返答せずに、電話は切られた。





*****


2月になり、多忙の日々がつづく。
幹部の手伝いを行ううちに、一日一日は矢のように過ぎていく。ただ、なにもせずに毎日を送っていたころよりは、ハリのある生活を送っていた。

夕方、ダイフクさんの代筆をするために墨を擦っていると、玄関の門ほうから、ペロスペローさんが私を呼ぶ声がしてきた。

行ってみると、なんとカタクリさんが立っていた。彼は、私を呼ばれるとは想定していなかったらしい。

なんだか、無表情は無表情でも、具合の悪そうに、しまったという顔をしているように見えた。

「久しぶりだな」

と、カタクリさんはいった。
私も肯き、一礼した。

ペロスペローさんが、カタクリさんに渡すための書類たちをまとめている間、相手をしていてくれペロリン、ということだったらしい。

カタクリさんに、城の中に入るよう勧めたが、彼は固辞した。だから、門の外の庭のほうを案内することにした。
ベンチに座るよう勧め、まず自分が座ってみせると、カタクリさんは不承不承、腰を下ろした。

すぐ使用人がきて、熱い紅茶とお菓子を出してくれて、カタクリさんは無言で受け取っていた。

上下、黒い革の服。
以前のように肌は見せていない。
まるでお葬式の帰りのように陰気そうに見える。

二か月ぶりに姿を見たが、痩せたとか、太ったとか、そういう変化は全然なかった。硬そうなシャープな輪郭に、冬の鈍い陽光が照っている。庭を眺める横顔の唇を、淡いため息が湿度となって、ストールの間から白くけぶった。

庭は真冬とはいえ苔が生し、一定の湿度と温度が保たれている。綴れ織りを広げたような深い緑色の苔は、触ってみたくなるような、いかにもしっとりとした生命力があり、いじらしい愛らしさが感じられる。
いまの季節にちょうど蕾をつける梅や、あでやかな椿の花々はこの島にはないけれど、侘びた石と緑の景色が私は好きだった。

「あれから平和に過ごしているか」

ふわっと、呼気のように浮上したかに聞こえた、低いかすれ声。ざらざらした余韻を残すようで、耳がくすぐったいような気になる。

「はい。平和そのものです。カタクリさんはいかがでしょうか?」
「ああ、変わりない。最近もここに出入りしているのか」
「はい、手伝いのために。といっても、雑用しかできませんけど」
「お前がいれば場が華やぐと評判のようだな。出入りの者が洩らしていた」
「そんなことありません。邪魔ばかりしてしまって……。でも、てっきりカタクリさんには叱られると思いました。本部に女子供が出入りするなんて。」
「そんなことはない。堂々としていればいい」
「はい……」

そうだよね――
私は、身のすくむような思いがして、弱々しく微笑した。

ママ公認で――だから、カタクリさんは私を守ってくれていた。

私はカタクリさんが何者でも、好きになっただろうけれど、カタクリさんはそうではない。初めから対等な関係ではなかった。私だけの一方的な気持ちなのだ。

だったら、迷惑にならないように押し殺してしまったほうがいいのかもしれない……。

言おうか言うまいか迷いあぐねて、顔を上げる。そのとき、庭を見ていたはずのカタクリさんが、私を見つめていた。

気だるそうな、どこか怒ったような、その顔。切れ長の瞳が、目が合った瞬間、わずかに大きく開かれた。

「……もう、お目にかかれないのかと思いました」

私の訴えに、彼は、ふたたび目を細める。

「……できれば、そのつもりだったが」
「……」
「……」

気まずくなったときに、ペロスペローさんが書類を束ねてやってきた。

「見送りしてあげなさい。家族には丁重にするものだろう、ペロリン」

というものだから、いたたまれない空気を噛みしめながら、カタクリさんを迎えの待つ場所までお送りする。

お菓子の枝と枝が、天蓋のように差し交す小道をふたりで歩いた。鈍い木漏れ日が、小鹿の背のような水玉模様を描いて、カタクリさんの髪を茶色っぽく照らしている。ほんとうは小豆色の髪色なのに。

彼はとても美しかった。
まるで、永遠につづく美しさのように感じられた。

夢の中で見たそれよりも、ずっと生々しく、ずっと迫力があった。人を寄せ付けない人だからこそ、かえってその端正な容姿が皮肉めいて美しい。

彼は、じゃり、と立ち止まり、「ここでいい。邪魔をしたな」といった。

「はい。お気をつけて」

というと、カタクリさんは「ナマエもな」と短くいった。

「……」
「……じゃあ」
「はい……」

カタクリさんは、二秒ほど私を見つめていたが、顔を背けるように歩き出した。

小さな声で、さようなら、とつぶやくと、ものすごい喪失感に襲われる。今度こそ本当に、二度と会えないような気が、真実味を持って迫ってくる。

きっともう会うことはない……
たとえ近くにいたとしても。

この人には幸せになってほしい。
そのためには彼は、自由でなければならない――海賊世界との縁は、万国だけで充分だ。

そんなことを考えていると、彼が不意に立ち止まった。足音が消えたことを不思議に思っていた瞬間、私の目の前にまた、仏頂面が現れた。

「ところで、気になっていたんだが……」
「え……?」
「刺青を入れたいと言っていたな。いまもそうなのか」

カタクリさんは、冷静に私の様子を観察している。私は一瞬、呆気に取られたが、機械的に肯いた。

「あ、はい。そうですけど……。?」
「だったら、以前とは状況が違っている。お前はいま本部に出入りしていて、いわば万国の表に立つ身だ。海賊に狙われれば逃げ場がないことくらいは想像できるだろう――つまり」
「……」
「俺は反対だ。目立つことは極力避けたほうがいい」
「……ええ。わかります」
「わかりました、ではなく、わかります、か」

カタクリさんは、侮蔑的な目元を歪めて微笑した。

「相変わらず頑固な奴だな」
「カタクリさんのご忠告も加味して検討したいと思います。まだ入れないという判断には至っていませんけど」
「……。どうしても入れるつもりなら、手配は俺がする」
「ありがとうございます……だけど、これ以上カタクリさんのお手を煩わすわけにはいきません。それに、予算が許さないと思いますし……きっと、カタクリさん御用達だと値が張りません?」
「……。金なら心配をする必要はない。ナマエ、お前は、過去に桜色の刺青を入れたいと言ったな。刺青自体に特別、興味があるわけでもねぇだろう」
「はい。カタクリさんみたいな色、綺麗だなーって……」
「だったら、俺のデザインをやる」

私が、ぎょっとしていると、カタクリさんは、自身の腕に軽く触れ、つぎに私の腕をつーっと撫でてその綺麗な長い指は、静かに離れていった。

「え?いいえ、そんなの、ダメですよ。同じ柄なんて入れれるはずがないじゃないですか」
「なぜだ。お前の望みは叶えられるだろう。それに俺が公認なら、一応安心できる。これでお前に選択の余地はないはずだが」
「いえ、でも、そんなことをしていただく理由がありません。ダメですよ、カタクリさん」
「意地を張らず受け入れろ。お前は、すべて自分でなんとかしなければ気が咎めるのだろうが、しかしそうするだけの術を持っていない。刺青を入れるのをあきらめるか、俺と同じデザインにするか、どちらか妥協しなければならない」
「でも、カタクリさんに決めていただく理由はないです。私にも選択の余地はあるはずです。カタクリさんのデザインをいただくくらいなら……ペロスペローさんたちにデザインを決めてもらいます」
「ペロス兄たちはお前が刺青を入れることは断固として反対だそうだ。許容されないだろうな」
「えぇ……そんなバカな……」
「お前は自分の背景を把握できているのか。お前の周囲は、目に見える関係だけではないんだぞ」

静かに、淡々と、抑揚なく言い争いをした。
カタクリさんは一歩も引かなかった。私も引かなかった。こんな言い合いは初めてだと私は思った。

冷静に、だが微かな怒気を瞳に浮かべて、私を見下ろしている顔。
私が彼に恋愛感情を抱いているのでなければ、根負けしてしまっただろうと思うほど、迫力があった。

「なるほど。……俺と同じが嫌なのか」
「……!嫌なわけないじゃないですか!……願ってもみない事態ですよ、ほんとに……どうしよう」
「?……」
「私が、万国の本部預かりだからとはいえ、そこまでしていただく価値はありません。カタクリさんが責任を負う必要は一切ありません……。逆に私が、それだけの価値がある人間になるみたいで、とてもつらいです」
「……」
「親切にしてくださるのはありがたいですけれど……」

ああ……言ってしまった。

弱々しく訴えたあと、意気消沈して、うつむいていたが、カタクリさんがどんな顔をしているのかが気になって、そっと様子をうかがった。

カタクリさんは、もっと怒った顔をして私を睨んでいた。海賊どころか、明王様みたいな顔をしているのだ。ひっ!と、声が出なかった自分を誉めてやりたい気分だ。

「なにもわかってねぇな」

だが、穏やかな声だった。
聞いただけで、ざわ、と皮下で細胞が騒ぎ立つ。

「お前は、充分価値のある人間だ。自分を否定して何が残るのか俺にはわからない。卑屈な、弱い人間のすることだな。二度とそんなことを口にしてもらいたくはねぇ」
「カタクリさんが仰ったんですよ?私には、自分で自分のことができるほどの術がないと」
「だがそれは事実だ。それがお前の価値を決めるわけではない」
「私みたいな平凡な人間でも?」

カタクリさんは、眉根をゆがめ、嫌な顔をした。

「確かに、お前がママ公認で本部預かりの身でなければ、俺はお前を守りはしなかっただろうな」
「………」
「ただ、お前が別の人間性を持っていたら、俺はこれほど関わりはしなかっただろう。それだけは断言できる。……馬鹿で、軽薄な女だったらよかったのにとさえ思う。そうだったら、これほど苦労することはなかっただろうからな」
「………」
「ナマエこそ、万国の血筋というものを重んじすぎているんじゃねぇのか。俺が、ママ公認というだけでここまですると思っているなら、お前は間違っている」

カタクリさんは、ちっとも優しい顔をしなかった。
こわい顔をしつづけていた。

怒りをぶつけられているのではなく、いわば教育のためにわざとそういう顔をして、叱られているような気になった。

そういえば、初めて会ったとき、カタクリさんは軽蔑の視線しかよこさない人だった。

すごく丁寧で、すごく冷たくて、憎まれているのかとさえ思った、あの態度。

一体いつから、こんなに心配性な人になったのだろう。いや、実はもともとだったのか。もともと、ただの家族想いの……

「ナマエ」
「……」
「それよりお前はまだ、答えを出していない。刺青についての選択肢は提供した」
「え。あ……」
「諦めるか、同じにするか、お前が選べ。」

同じデザインにするのは、恐れ多く抵抗があったが、カタクリさんはいずれかを選択し、約束しなければ気が済まないだろう。

私は、彼をちらと見上げた。
こわい目元が、さらに私を見降ろしている。

「じゃあ同じにします。本当にいいんですか?」
「ああ。いつにする」
「え、じゃ、じゃあ……来週の日曜日はご都合いかがでしょうか」
「その日なら、夕方から空いている」
「ではその日、お願いします」
「ああ」

これは、大変なことになってしまった、と私は思った。

カタクリさんは背を向けて歩き出すと、今度こそ本当に去っていった。

どうして同じにするなんて言ってしまったのだろう?まず、他のみんなになんて説明をしようか。カタクリさんは構わないというだろうけれど、こうしてどんどん迷惑をかけてしまうのはいやだ。

日曜日かぁ……
あ……あれ?

「……あ、」

これって、もしかして
デート……?

「………」

……いや、期待するのは、やめよう。
舞い上がっていい相手ではないのだから。
あの人は、あの、カタクリさんなんだから……

自分にそう言い聞かせてみても、なんだかそわそわして、指先が微かに震えて、とても落ち着いてはいられない。

幹部室に戻ってからも、夢じゃないかしら、ほんとうに約束したのかしら、と、唇を噛んで、手にクリームを擦りこんでみたり、新聞を取って広げてみたり。とても落ち着かない気持ちでソファに座っていると、ダイフクさんが幹部室に入ってきた。

たまたま近くで別件の仕事があったらしく、今日はスイートシティに泊まるようだ。

ダイフクさんは、私の向かい側に座って、映像電伝虫を壁に投影し、ウタのライブを鑑賞しながらビールを開ける。使用人が入ってきて、テーブルにつまみの焼き菓子の皿が置かれた。映像を見ながら、お酒を飲んでいるその姿。不意に、出会った頃に見た、ペロスペローさんの姿を思い出した。

「きょう、カタクリがきたろ」

いきなり、ダイフクさんがそんなことをいう。
私は、考えていたことを読まれていた気がして、どきっとしてダイフクさんを見つめた。

「おまえも食うか?」

お菓子を刺したフォークを差し出されるけれど、私は首を横に振る。

「カタクリさん、必要な資料を取りに来られたみたいで。用が済むとすぐお帰りになりました」
「へえー」
「……それが、どうかしました?」
「や、さっきカタクリから電話があってな」
「え……」
「ペロス兄宛だったが」
「そ、そうですか…」
「日曜、ナマエを借りてえって――」
「へっ……」
「別に俺らの許可取らなくていいって言っといたけどな」
「……」
「もう話はついてるんだろ、デートかァ?」
「……」

「いいよなァ」と、茶化しながらも、ダイフクさんも複雑な胸中なのか、お茶を濁すようにビールを呷って黙りこんだ。
ますます居た堪れなくなって、私も黙りこんでしまう。

デートか、デートじゃないのかなんて、私にもわからない。カタクリさんだけが答えを握っているのだ。
でも、もしデートだとしたら、ダイフクさん含め、ペロスペローさんもオーブンさんも、どんな顔をするのだろう。

すこしだけ不機嫌そうなダイフクさんの横顔は、私にもしも、父がいたとしたら、こうだろうか、と感じさせた。





最悪は一日にしてならず

笑いたいのに顔が引きつる