昼下がり、のんびりとした空気にそぐわない足音が、城の廊下に響き渡る。

チラリと幹部室の扉へと視線を向けると、勢いよくその扉が開かれた。

「カタクリさぁあああーん!!」

涙目で室内に入って来たナマエは、扉が開ききって、再度閉まる音に負けじと俺の名を呼ぶ。

悲嘆に満ちたその表情に、彼女の身になにかが起こったのは明白であったが、割と日常的に行われる行動でもあったので、あまり焦りは沸かない。

「どうした、ナマエ」

ソファに座ったままナマエに呼びかける。
入って来た勢いのまま俺の座るソファに辿り着いたナマエは、すかさず隣に座る。

パンツが見えるぞと、ちょっと焦ったけれども、口に出すと更に大声を浴びせられそうだったので、そのまま視線を彼女へと戻した。

「ダイフクさんに食べられたああああ」

胸の前で組んでいた俺の腕を掴み、そこに額を押し付けたナマエは、俺に悲嘆を訴える。

だが、その言葉の中途半端具合では、ダイフクになにかされたということしか解からない。

否、それどころか普段のダイフクの食欲を知らない相手なら、誤解を充分に孕んだ言葉にしか聞こえなかったことだろう。

「なんだ、一体なんの食い物を食われたってんだ」

兄弟の間に、いらぬ詮索をされないために、補足説明するがごとく、ナマエに質問を投げ掛ける。

ぐすりと鼻を鳴らしたナマエは、顔はあげたものの、今度はソファに両足を乗せて膝を抱えたまま、訥々と言葉を並べ始めた。

「おやつに大福を買いに行ったんです」
「ああ…そう言えばおまえ、今朝もそんなことを言っていたな」

今朝の幹部会のときか、そのあとだかに大福を買いに行くのだと宣言されていたことを思い出す。それと同時に、昼飯の弁当を買うだの、ついでに限定プリンも買おうかだのと意気込んでいたナマエや、財布の中身を確認していたナマエの姿が頭を過ぎった。

「で、プリンは買えなくて。売り切れで。だから大福は6個入りのやつを買って、ダイフクさんとは半分こね、ってしてたんです」
「ほう…」
「半分こって言ったんですよ?」
「……そもそも、なぜそこにダイフクがいたんだ」
「なんか、着いて来ました。俺にも食わせろって」
「……なるほど(あの野郎…)」
「先にお弁当食べて、6個入りの…いちごが入った大福を最後に食べようと残してたら……」

そこまで言って、じわりと目元に涙を浮かべたナマエは唇を尖らせて言葉を詰まらせる。
思い出し泣きのような状況に陥ったナマエに、ぎょっと目を見開いて宥めにかかる。

「ああ、もうわかった」

ナマエの頭の天辺に手のひらを置いて撫でるというよりも、頭をストレッチするようにぐるぐると回してやる。

目を細めてそれを享受したナマエはスンスンと鼻を鳴らしてぐずった。

「かわいそうになぁ」

唇を尖らせて不平を全面に押し出したナマエは、大福でなくても好きな食べ物を一番最後まで食べない性質だ。
ラーメン(俺は食わんが)のチャーシュー然り、ショートケーキのいちご然り。

そしてそれを残していることで何も考えていない食欲無尽蔵のダイフクらが、ナマエから取り上げて泣かすか怒らせるのもまた日常で、最終的には俺かペロス兄に泣きついてくるまでが王道パターンってやつだった。

いつも何かしらの食い物を用意しておくのも、ひとえにナマエのためだった。

「大福じゃなくて悪いが、これでも食っておけ」

テーブルの下に置いていた箱を取り上げ、その箱の中からひとつを取り出し、ナマエの口の中に差し入れる。
抵抗も無くそれに噛み付いたナマエは、ぱくぱくとそれを咀嚼する。

ゴクンと頭を揺らして飲み込んだのを確認して、彼女の口で半分に割られたそれをナマエの手に持たせた。ナマエは膝を抱えていた腕を離して、上体を起こした。

「ドーナツ!」
「ああ」

言いながら箱をナマエの目の前のテーブルに置く。目を細めてそれを見据えたナマエは、顔をほころばせて俺を見上げた。

「餅なんかよりドーナツが好き」

微妙に鼻に詰まったような声で喜ぶナマエが、大福とは言わずに略する彼女らしさに苦笑する。

「そうか。よかったな、お嬢。全部食っていいぞ」

彼女は俺に持たされたままのドーナツの半分をじっと見て、それを唇に挟む。食い終わると満足気な顔をして、もっとくれといわんばかりに、あーんと口を開けてみせる。

「自分で食え、目の前に山ほどあるだろう」
「ちぇっ…」

無防備なその様子に、照れくささを感じる必要はない。俺とナマエの距離の近さもまた、通常の範囲のものだ。自ら箱に手を伸ばし、美味そうにドーナツを食っているナマエ。

出会った頃、ひとり寂しそうにこの部屋で、ペロス兄からの仕事を片付けていた姿を思い出しながらも、ナマエを餌付けるかのごとくドーナツを食わせてやった。

腹が膨れて満足したのか、あとでダイフクを懲らしめてやるんだと不敵に笑うナマエに、腕を組んだまま肩を竦めて、溜息を吐いた。

「あっ、でもね?わたし」
「……?なんだ」
「やっぱり餅は、大好きです!」

やっぱり菓子の中でも大福が好きだと言いたいのか、それとも…

彼女の真意は解りかねるが、ナマエが笑っていてくれるのならば、どちらでもいいかと、思わず俺は情けなく、ふっと息を漏らして目を細めた。





だいすきなんだ、君が