「シャーロットカタクリ」
「り…、力士」
「シャーロットカタクリ」
「リ……、リンゴ」
「ゴロゴロの実?」
「水」
「ずんだ餅?」
「ち………血飛沫」
「こっわ、『き』かぁ……騎士」
「それよりお前……俺の名前を何回出すんだ」
クリスマスが今年もやって来た♪
ただいま将星の一人としりとり中。
「世界中のどこにクリスマスにしりとりをする奴がいるんだ」
「こらカタクリさん。次は『し』ですよ?」
「おまえは人の話が聞けねェのか」
さっきから文句ばっかり垂れてるのは、晴れて彼氏になってくれた将星・シャーロットカタクリ様。
今宵はクリスマス。
イエス・キリストの誕生日。恋人同士の私たちにとって、今日がどれほど大事なのかは知っている。
「しかしね?将星カタクリ様。あなたは今日をプレゼント交換日だとか思ってないですかい?」
「おまえは……どんなキャラなんだ」
「正しくは今日は、キリストの誕生日なんですよ?海外諸国のその華やかさに憧れて、無理やり作った商業的かつ、作為的な大人の汚い事情の混じった特別な1日なんです」
「一応、特別という認識はあるんだな…」
「だからそんな明らかな策略に乗らなくてもよし。とりあえず恋人同士の私たちが今日できることは」
「できることは、なんだ」
「書類や手配書の整理!」
「お前はいつもだろうが」
返答するたびに溜め息が濃くなっていくシャーロット・カタクリ様。このままだときりがない。
「だって悪いですけど、私以上にカタクリさんはやばいんですからね」
「なにがだ」
「クリスマスに私の御守りなんかやらされてるから」
「……俺のことはいい」
「かわいそうにね、カタクリさん」
私がカタクリさんを覗き込むと、カタクリさんは腕を組んだまま微かにぷいっと横を向いた。
12月25日。
クリスマスのこの日に、来るのを迷ったけど(仕事を押し付けられるから)毎週、幹部会の開かれるスイートシティに一応、足を運んだはいいけれど、私は全くクリスマスモードじゃない。やっぱりねって感じだけど。
手配書やらお茶会の書類やら招待状やらを、テーブルに広げてカタクリさんと隣合わせに座っている。
「お前も毎度毎度……よく飽きねェな」
「なにがです?」
「ここに来ると仕事を振られることをわかっていてよく来るな、と」
「飽きてたまりますかってんだ。私はこの国の居候として、のほほんと暮らしていける程お金持ってないんですぅー」
クリスマスに仕事なんて嫌だけど。
でも頑張った分、幹部連中から小遣い貰えるし。
「とりあえず、なんもないとカタクリさんがヘソ曲げると思ったからクッキー焼いてきました」
「なんだ、そうだったのか」
言った瞬間、目を見開いてすぐに優しく目を細めた彼にこっちまで顔が綻ぶ。
「カタクリさんは好きですよねぇ、私の手作りが」
「ん?……まあな」
照れくさそうに答えながら、渡されたクッキーをテーブルに置いたカタクリさん。
「そして将星カタクリ様は私のことも大好きですよねー」
「……調子にのるな」
揶揄うと、すぐ真っ赤になって怒る。ひょっとしたら、私よりもかわいいんじゃないの?この人。
カタクリさんと、将星だの幹部だのって肩書と板挟みな私。“結婚”っていう夢みたいな話に寄り掛かると、カタクリさんは任務とか責任とかがほったらかしになるから私は口に出さない。
任務や立場にばっかり寄り掛かると、私のほうをほったらかしになこともあるけれど、それでもカタクリさんは頑張って両立してくれてる方だと思う。両立なんて私には無理。だからカタクリさんってやっぱり超人だと思う。
「……はぁ」
そんなことをぼやっと考えてしまって、思わずこぼれる溜め息。
「溜め息をつくと幸せが……」
「逃げるんですよね、わかってますよ」
カタクリさんの言葉を遮って言う。
カタクリさんは、ちょっとむっとしたみたいだったけど押し黙った。
「……せっかくのクリスマスだってのに」
「へ?」
「お前のその態度はなんなんだ」
ああ、始まった。
「私はカタクリさんみたいに余裕ないですから。誰かさんみたいに超人なわけじゃないし」
「あ?」
たいそう不機嫌そうに私に睨みを効かせる。
その鋭い視線で、持っていた万年筆が絨毯に落ちた。
「怖いなぁ……なんですぐ怒るかなぁ、なんでそうやって睨むんですか?」
私もカタクリさんを睨む。
カタクリさんが私を見据える。
「カタクリさんには関係ない」
私がそう、吐き捨てた時だった。
「ふざけるな」
カタクリさんが低く呟いて、私の方へ腕を伸ばして腕を掴んだ。そのままソファに押し倒される。
「……」
驚いてカタクリさんを見ると、怒ってるかと思ったら意外にも切なそうな顔した、将星シャーロットカタクリがいた。
「関係ないだと?」
私は恐怖で思わず目を細める。
カタクリさんは起き上がりかけた私の身体に乗り、額をこつんと合わせながら目を瞑った。
「不安なんだろう」
私の身体がぴくり、と反応した。
「一言くらい、言ってくれたっていいんじゃねェのか」
目の前で響くシャーロットカタクリの声がリアルで。将星だの、幹部なんていう正体不明のシロモノなんかよりも、ずっとずっと。
「俺は、ナマエのものなんだろう?」
普段は寡黙で、凛としてて、不安なんて言葉が体内に存在していないような冷酷人間なくせして、こんなときだけ素直になるの。
本当に。
「ずるい、です……」
泣きそうになるのをぐっとこらえて、彼の広い背中に腕を回す。
「どうせカタクリさんに言ったって馬鹿にされるだけですもん」
「馬鹿にはしねェ」
「どーだかね」
情けなくけらけら笑ってやると、カタクリさんも小さく笑った。
「ナマエ」
「ん?」
「しりとりの続きでもするか」
「へ?いいですけど……なんでしたっけ、『し』からでしたっけ?」
こんな状況でなにを言うか、って思ったけど口には出さないでおこう。
「言葉はなんでもありだ、単語に限らず」
「なにそれ……なにその勝手なルール」
「『し』か、そうだな……“死ぬまで”」
「……で?そんなのないですよ……」
「“ナマエを”」
え?
カタクリさんは急に私の耳に口を近付けた。
咄嗟に離れようとするにもカタクリさんが、がっちり私を腕で押さえてるから動けない。
「愛してる……」
思わず、口を手で押さえた。
カタクリさんの声が脳に直に伝わる。
「ずっと……」
「っや………!」
耳元で囁かれるたびに身体がびくっと反応する。
「ナマエは、耳が弱かったな」
「や、しゃべんないでっ……くださいっ」
私が必死に身体を離そうとするのをカタクリさんは鼻で笑った。
「手を出してみろ」
「ちょっ、だから耳元で……!」
「早く出せ」
言ってもやめてくれない彼に従うのは癪に障ったけど、従わないとどうなるかわからない。だから右手をカタクリさんに差し出す。
「馬鹿野郎、逆だ」
「え?」
私が出した右手をあっさり拒否して。
左手を掴まれる。
「………」
「安物だが」
カタクリさんが私の左手の薬指につけた、絶対に安物では無さそうな……でも、私の好みっぽい可愛らしいキラキラとしたリング。
これが“クリスマスプレゼント”と言うなれば、婚約指輪なんかを送られたあかつきには、重さで指がもぎ取れるのではと、ちょっとぞっとした。
カタクリさんはキャラじゃないくせに、そこにそっとキスをした。
私はまた、泣きそうになった。
「………っ」
私が立場だの、責任だの身分だのってひとりであたふたしてる時に。完璧なこの人は、私のために一生懸命、指輪選んで買ってくれたっていうの?
わざわざ自分からお店に出向いて行って?
「っごめんなさ、……」
子供だな、とことん私は。
「なにを謝っている。らしくねェな」
カタクリさんは笑った。
らしくないのはカタクリさんでしょ?
「ありがと……ございます」
目が合った。
照れくさくなって、お互いに笑い合う。
「じゃあ、ナマエからのプレゼントは身体で払ってもらうとするか」
「なっ!?そ、それとこれとは話が違うでしょーが!」
「うるせぇ。ナマエの方が乗り気だった。聖なる夜こそ繋がるべきだろう」
「な!!なにバカなこと言ってんですか!?」
メリークリスマス。
ごめんねカタクリさん。ありがとう。
こんなどうしようもない私だけど
ずっとそばにいてね。