「で?ナマエは今年も告白できずにアローンクリスマスってわけ?」
「も、もうほっといて!いいのわたしはっ」
三週間前、二年間片思いしてた人と付き合うことになった親友のプリン。相手はあの麦わら海賊団の一味。遠距離じゃないかい!とは、言わないでおこう。とは言え、幸せオーラむんむんなまま、アローンな私にそう言い放つ。
「もう二年半経ったのに、まだ踏ん切りつかないわけ?」
プリンにそう言われるのは仕方ない。二年半も片思いしてるのは事実だ。
私が、もっとかわいくて、明るくて、積極的な子だったら自信持てたのかもしれない、けど。
「あ、ほら来たわよ!」
「!」
プリンが突然、お城の門の方を見ながら、私の肩を叩いた。町中の女子がざわめいて、その人が城の中から出てくるのがわかる。
もう嫌。私はたったそれだけのことで心臓が死にそう。
彼は、それほどの人だから。
「ナマエ、昼は食べたのか」
私とプリンに気付いて歩み寄ってきて、見た目に反して優しい口調で囁くのは、万国中、男女ともに大人気、万国のアイドルと言っても過言では無い、シャーロット・カタクリ様。
「あ、ま…まだ、です」
「今日はこのまま島に戻る。その前に飯でも行くか」
「いえ、結構で……す」
返事の言葉をばっちし噛んだ私に、カタクリさんは優しくそう言ってくれたのにも関わらず、私は小心者で咄嗟に断ってしまう。
ペロスペローさんを筆頭に、幹部の方々から仰せつかっている仕事も、本日、クリスマスの今日で年内は終わりだ。万国の人たちも同様で、今日から休暇となる。
クリスマスと、仕事納めに浮かれた町の雰囲気に、私は少なからず居心地の悪さを感じる。
カタクリさんは私に「そうか」と小さく頷いて踵を返した。歩く先でも、やっぱりきゃあきゃあ言われながら、迎えの待つ場所まで凛とした足取りで歩いて行った。
「………」
「まったくもう。数少ないチャンスなんだから、当たって砕けてみなさいよね」
絶大な人気を誇る彼に、溜め息をつく私を見ながらプリンは呆れたようにそう呟く。
「来年は兄さん、恋する暇なんかないかもよ?遠征多くなるって言ってたから」
「ごもっともです……」
本当にもっともだ。
でも、あんな王子様に私が相手をしてもらえるとは思えない。
むしろ、私なんかがカタクリさんと話してたら、カタクリさんファンの古参女子たちに殺されそうだ。
私は今年も、ひとりで悲しいクリスマスですよ、どうせ。
その日の午後。
ドラマチックな奇跡なんてひとつも起こらないまま迎えた夕暮れ。あと数十分もしたら真っ暗になる。冬は怖い。
私は幹部室でひたすら最後の仕事を片付けていた。
ドラマじゃないから、私が丁度よく大きな窓際で、沈む太陽を見ながら物思いにふける、なんてこ洒落た真似もできない。
カタクリさんよりもクラッカーさんとか、ダイフクさんがよく居座っている不幸など真ん中のソファの上に腰を掛けて(失礼)、テーブルに向かって文字が細か過ぎるペロスペローさんから渡された書類を埋めていく。
クリスマス?笑っちゃうよ。
だいたいここは万国なんですよ。どちらかと言うと、ビックマム教徒。全然キリスト教徒じゃないんですよ。
「………」
わたし最悪。
ちょっと真面目に万年筆を動かしてただけで、日が沈み切っていつの間にか真っ暗になった幹部室内。電気を点けに行く気にもならない。
「二年半、か……」
早いな、季節は。
丁度、三年前。私はこの国に降り立った。
それから半年ほど経った頃、見たこともない種族とか、万国の雰囲気にうまく馴染めなかった無様な私を、幹部会の後、珍しくスイートシティに在中していたカタクリさんが見兼ねて相談に乗ってくれた。
いまみたいな夕暮れに、私はやっぱり、このど真ん中のソファにいて。
こんな時間に、もう幹部連中はとっくに自身の島に帰っているのに、カタクリさんだって自分の島に帰らなきゃいけなかっただろうに。
勝手に泣いてた私を見つけて、慰めて、大丈夫だって頭を撫でながら
「言いたいことがあるなら言ってみろ。聞いてやる、俺でよかったら」
そのとき既に将星様だった彼はそう言った。
だから最近、よくこの部屋で会えるのはすごく嬉しかった。以前はカタクリさんは忙しくて幹部会に出席することは少なかったから。珍しく私にも奇跡が起きたって思った。
『数少ないチャンスなんだから』
プリンの言う通りだ。
でも、私は、やっぱり自分に自信が持てない。
クリスマスとか、幹部の人たちの手伝いとか、そんなものがちゃんと味方にあるのに、言い出せない。
──ガチャ
突如、開かれた幹部室の扉。
「………ナマエか」
「カタクリさん………」
扉を開けた主は、彼だった。
「電気を点けないのか、真っ暗だぞ」
カタクリさんは幹部室に入ると同時に、真横の壁の電気のスイッチに手をかけた。
「待って!」
私はソファから立ち上がって制止する。
「………」
「点けないで……ください」
いま、こんな情けない顔見られたらそれこそ私、終わりだから。
「……仕事がしづらいだろう」
カタクリさんにもっともなことを言われる。
私は言葉に詰まった。けれど、カタクリさんはスイッチを押す気はないようで、こちらにツカツカと歩いて来た。
私は緊張で言葉が出なくて、立ったまま。
頭の中は真っ白で、脳がおかしくなりそう。
やっぱりかっこいい、すごいかっこいい。
わたし、この人が好きだ、大好き。
どうしよう。
「………っ」
好きすぎてどうしようもない。
涙が滲んできたわたしに、
「今日はクリスマスだったな」
突拍子もなくカタクリさんがそんな台詞を吐いた。思わず長身の彼を見上げる。綺麗な顔。見蕩れていたらカタクリさんが目を細めて言葉を漏らす。
「俺は好かない、クリスマスなんかくだらねェ行事は」
「……」
「でも今年は、ナマエがいるから大丈夫だと思っていた」
そんなことを言った。
私は書類を書いていた万年筆をあほかってくらいに握りしめる。
「現にこうして、聖なる夜に二人きりだ」
嘘みたいな彼の言葉に、
涙が止まらない。
この人は
ほんとにどっかの国の王子様なんじゃないの?
「………すき」
高ぶった脳が、私にそう呟かせた。
カタクリさんは無表情にゆっくりと私を見た。
その真っ赤な瞳と、目が合う。
「好き………」
一瞬だけ目を瞑って、溜まってた涙を流して、また開けて、彼を見る。
彼は、シャーロットカタクリ様は、少し困惑したように眉根を寄せた。
「………俺もだ、と言ったらどうする」
「─────」
思考停止。
でも気付いたときには私は、大きなカタクリさんの身体に、腕に、包まれていた。力が強過ぎて驚いて、つい万年筆を取り落とす。
「二年くらい前に、カタクリさん、わたしの話を聞いてくれて……」
「ああ、覚えている」
「そのときから好きで、ずっと」
「そうか、なら俺のほうが早いな」
「……え?」
カタクリさんが心なしか嬉しそうに言ったから、私はつい聞き返す。
「俺は出会ったときからだ」
「うそ………」
「ほっとけない奴だなと思っていた」
夢みたい。むしろ夢?ううん、夢じゃないの。
クリスマスの奇跡……神様ありがとう。
「そんなことよりも」
「は、はい」
「こんなに暗いと俺も変な気起こしかねない」
「………!」
カタクリさんの言葉に、びっくりして離れようとしたら、突然キスされた。
「うえぇ!?」
腰が抜けそうになって、品のない声を出してしまった私を、カタクリさんは抱きしめて支える。
「ナマエへのクリスマスプレゼントは俺だ」
「………」
「俺へのプレゼントは……」
「………わたし」
なんてメルヘンチックな台詞を二人で言って、キスをする。
真っ暗な幹部室での、クリスマスの奇跡。
プリンに明日報告しなくっちゃ、ね!