あなたの声が、わたしを侵す。
わたしの体内に入り込んでは、
絶対に抜けやしない、薬みたいに。
ぐるぐるぐるぐる頭ん中で、まわって、めぐって。
もっと聴きたい。
そう思う脳を、拒絶したかった。
否定するのに必死だったのに。
夕暮れ時の幹部室は、一人になるにはもってこいの場所。
幹部と言いながら、こんな遅い時間まで糞真面目に書類に目を通す海賊なんかこの国にはいない。だからこの時間帯の幹部室はがら空き。
この広い部屋の中には、ずらーっと並んだ本棚があって、ほとんど難しすぎて読めないけれど、ペロスペローさんの席を横切り、4棚目の奥へ進む。名書ばかり並んだ4棚目。
その中の一冊を手に取り、開く。
同時に、廊下から使用人の人たちの帰り際の会話が聞こえた。
只今の時刻、午後五時半。
スイートシティの門が閉まるのは六時半。
窓の外では本日の業務を終えたであろう、使用人たちが門を出て行く声がする。
この時間でも、のほほんと幹部室内で過ごせているのは、ひとえに、この城に泊まることを、ペロスペローさんから許されている私の特権。
私は本を棚に戻して、ペロスペローさんの机に向かった。ペロスペローさんの机の上に並べられてある本を手に取ってパラパラと広げる。
ソファの目の前のテーブルに置いたままだった子電伝虫が鳴る。その音から察するに、シャーロット家の次男からだろう。
そして、ゆっくり静かに開かれた幹部室の扉。
「………」
子電伝虫には出ずに、扉に背を向けてまた別の本を手にした。ときだった。
「この野郎」
表紙をめくろうとした指が止まる。
振り返らなくったってわかってる。
「クラッカーさんのお守りはもう済んだんですか?」
ペロスペローさんの椅子の真横に移動して、顔をあげて見れば、電伝虫を持ったまま腕を組んで、入口の扉によりかかる人影。
将星シャーロット・カタクリ。
「ああ。もう帰らせた」
「ふーん……じゃあなんで幹部室にいるんですかね」
電伝虫を手にしたままこっちに歩み寄って来る。
本をぺらぺらとめくり、面白くなさそうだったから戻した。
カタクリさんは電伝虫をペロスペローさんの机の上に置いて、その席に座った。
「なんで出ねェんだ」
ギイっと椅子を半回転させた軋む音がして、長い足と腕を組んで微かに首を傾げながら、まっすぐに私を見る、夕陽よりも赤い瞳。
(あなたの声を直接聴いたら…わたしは、)
「登録されてないひとからのは、出ない主義なんで」
口から零れたでまかせは、きっとこの人には通じない。
「登録機能なんてあったのか」
「おまえの子電伝虫には」って言って。
ほら、笑う。
ストールの上からでもわかるんだからね。
私は、また違う本に手を伸ばす。
間が持たないなんて、表に出したらいけない。
「─────」
ふいに誰かの手が、私の手を掴んだ。
誰って、ひとりしかいない。
「……なんですか?」
目を細めて真横の彼を見れば、全部見透かしたような瞳。
「知っているぞ」
ゆっくり、口元を開いて。
私だけ知ってる真実を、口にする。
「俺の声が、大好きなんだろう」
核心に触れられる。
掴まれた手を、振りほどこうとしても、当然敵わなくて。
私の背中は後ろの壁に預けられる。
椅子に座ったまま私を壁に追いやるカタクリさんが問う。
「耐えられるのか」
耳元でする、『声』が。
ただの人間の、『声』が。
わたしの脳を侵してく。
侵されて。冒されて。
犯されて。
「………ッ」
微かに震え出す自分が、
信じられなかった。
くすっと彼は笑い、
首筋にキスをする。
「なぁ、ナマエ」
「……な、なんですか」
あまり呼ばれたことのない私の名前を、彼の『声』は発音する。吐息混じりに。
額に彼の額が触れ、鼻がぶつかる。
そして囁かれる、
「人は、声だけで感じるんだな………」
落とされて、侵されて。
墜とされて、犯される。
「……や、やめてください!」
「無理だ」
「やめて……カタクリさん、!」
侵される。
蝕まれる。
(もっと、
聴きたい。)
「やめて………」
(もっと、聴きたい。)
「……馬鹿だな、ナマエは」
「………ひ、あっ……!」
さあ、
部屋の電気を落として
鍵をかけて
真っ暗な空間で
始めよう
その『声』で。