「今のドレスってほんとにみーんな肩出してるんだなー」

今朝、幹部室にブリュレがやってきて、新作のファッションカタログを置いて行った。
そのページをパラパラと捲っていると、最後の方に、ウェディング用全般の掲載面があった。

ドレスしかり、髪型、メイク、どれもみんなふわふわしててすごく素敵。そして、モデルさんが死ぬほどに可愛い。

私には長い間、想いを寄せているひとがいる。
名をシャーロット・カタクリという。

このひとが、もう超くせ者で、万国を納めているビッグマム海賊団の大幹部なのだけれど、超人だの、最高傑作だのと崇められているわりに、全体的になにを考えてるかさっぱりわからない人なのだ。

わたしは大好き。けれど、向こうも私のことを好きだとか、惚れているだのって他の兄弟は、揶揄ってくるけれど、当の本人は、否定も肯定もせずに、日々、時間だけが過ぎていく。

今年、年を明けた辺りから、そろそろじゃねーか?ああ、そろそろだな!と、なにやら兄弟の連中は私の前でわざとらしく話をするけれど、淡い期待をもっていても、もう今年は間もなく終わりそうだ。目の前にクリスマスが迫っている。と、いうことは、間もなく年が明けてしまう。

今日もカタクリさんは遠征に出ていて任務を遂行している。
私はクリスマスに開かれる年内最後のお茶会の準備やら確認やらで、いまだスイートシティに滞在していた。

時計を見れば午後8時。
幹部室のソファで、映像電伝虫をつけて、ブリュレの置いていったファッションカタログを開いて、夕飯は食べなくてもいいかな、なんてだらだらと考える。

なんか、もう、わたしたち、結ばれることはありえないような気がしてきた。
なんだかカタクリさんは、そもそも結婚とかは皆無そうだし、女性とお付き合いする気があるのかないのかさえ微妙だし。
……でもなあ、きっと嫌われてはいないよね。

カタログを開いたまま給湯室に行く。
新しい紅茶を淹れて、ため息をひとつ。
いや、今の生活もなかなか楽しいからすきだよ。満足はしてる。

私は猫背になりながら、とぼとぼとソファに戻った。座った先に見えた書類の山と、カタログをチラ見して、また溜め息が零れる。

「はあーあ……」

このカタログ、
当分先まで私には必要ないかも。
これを置いて行ったときの、ブリュレの謎の笑顔に胸が痛む。

「どうした、溜め息なんかついて」
「きゃー!」

耳元で声がした。
驚いて振り向くと、微かに眉間に皺を寄せて、不思議そうに私を見やるカタクリさんがいた。

「ちょ、ちょっと!ノックくらいしてくださいよ!」
「した」
「うぇ!?ノックしました!?」
「そもそも開けっ放しになっていた、扉が」

あ、そうだ……!
さっき空気の入れ替えをしようとして、自分で扉を開け放っておいたの忘れてた!

カタクリさんは隙の無い動作で移動をして、ソファの私の隣に掛けた。そして、長い足と腕を組んで、ローテーブルの上に散らばっている書類やらに視線を落としていた。

「あ、おかえりなさい」
「ああ。おまえも仕事をしていたのか」
「あ、はい…お茶会の準備で慌ただしくて…」
「そうか、手間を掛けさせるな」
「いえ、好んでいただいてる仕事ですから」

私はテーブルの上に散らばったままの書類を簡単に纏めて、テーブルの隅に追いやった。

「紅茶でも持ってきますね」
「ああ、悪いな」

いえ、と返して私はソファから立ち上がり、紅茶を淹れに行くべく、幹部室の奥の部屋の給湯室へ向かうため、カタクリさんに背を向けて歩き出した。

あーびっくりした。心臓止まるかと思った。

「ん、これは」
「え?」
「これだ」

急に声を掛けられて、咄嗟に振り返った私の目には、カタクリさんが胸の前で腕を組みながら、小さく人差し指でにゅっと目の前の本を差している姿。

あ、カタログ!
カタクリさん登場に、存在をすっかり忘れてた!

カタクリさんの目の前には、ウェディングの掲載ページが開かれたままになっているファッションカタログ。

「や、あの、ブリュレが置いて行ったんです、なんか!あははー」
「……いいな、このドレス」
「そそそれ、片付けますね!今度来たとき返さなくちゃ!」

私がパタパタとカタクリさんに駆け寄り、カタログを取り返そうと、手を伸ばした、そんなときだった。

「どれでも選べ」
「へ!?は、はい!?」

私は思考回路が停止して、動きも止まってピタッと固まる。

「好きな服を買ったらいい」
「ああ、洋服のほう……」
「コムギ島の支払いにしておけ、俺が全て支払う」
「あ、いいえ…悪いです、そんなの」

私は、ようやく呪縛が解かれて、そっとテーブルの上からカタログを取ると、胸の前でぎゅっと抱えた。

一瞬の沈黙。ふう、と小さく深呼吸をして私は、そのままくるりとカタクリさんに背を向けて、給湯室に向かおうとした、その瞬間。

「そのドレス」
「………」
「ナマエが着たら似合うんだろうな」

カタクリさんは、そうぽつりと呟いた。

「────……」

脚が止まる。
脳も止まる。
振り返って、また時間が止まる。
そりゃ止まるよ。だって今、このひとなんて言った?

「……カタクリさん」
「薄紫もいいが、やっぱり白だな、純白の」
「カ、……カタ……」
「着てみるか」
「………!」

私は頭がおかしくなったのかな?幻聴?
今は、映像電伝虫の音すらも、うるさくてしょうがない。

カタクリさんは、そんな私の思考を読み取ったみたいに、映像電伝虫の電源を切った。そしてカタクリさんの長い腕が、私の腕を引いた。あっという間に膝の上に乗せられて、鼻の上にキスされた。ストールの毛先があたって、少しこそばゆかった。

「………」
「なにを黙っている」
「………え、や、えと……」
「………」


 だめだ。


「………────ッ」


 涙しか出てこない。


「すまない。はぐらかしていたな、ずっと」
「………」
「ナマエの気持ちは知っていた」
「………っく」
「俺も同じ気持ちだ」


カタクリさんのキスが降る。
一回、二回、いやだ、もっとして。

もう離さないで────。


「ナマエ」
「……?」
「もう一度訊いてもいいか」
「、え……な、なんですか」
「俺のためにウェディングドレスを着てくれるか」
「……はい」

返事と一緒に、カタクリさんに抱きついた。
カタクリさんは優しく目を細めて、くすりと笑った。

やっぱり私たちは、心のどこかで逃げていたのかもしれない。
話題を出すのを、怖がっていただけなんだろうな……きっかけさえあれば、それでよかったんだ。

「じゃあこの本はブリュレには返せねェな」
「うん」

わたしがこくりと頷くと、

「……かわいいな、ナマエは。」

ちゅっと小さな口付け。
か、かわいいって……照れます、いい加減。
早く慣れたいな、わたしも。

「……カタクリさん」
「ん?」
「夕飯、どこかに食べに行きましょうか」

今夜はごちそうだよ、もう。
紅茶なんて淹れてる場合じゃなくなった。

「いや、コムギ島に向かおう」
「え?」
「城に案内する、俺はナマエの手料理が食いたい」

カタクリさんは、綺麗な瞳を潜めてそう呟いた。意外と家庭的なんだな、カタクリさんって。

明日、みんなに報告したら、どんな顔をするのだろうか。
けれど、私の夢は一気にふたつも叶ってしまったのだから、暫くは惚気話を聞いてもらわなくっちゃね。

カタクリさんとお付き合いしたい、
カタクリさんと結婚したい────。

そんな儚い夢でも、
夢のままで終わらせるかどうかは
きっと、自分次第なんだね。





姫君に告ぐ

ずっと傍にいてくれないか