確かにそのとき、カタクリさんはすこぶる機嫌が悪かった。
それはきっと、次回の遠征が日帰りではなく、長期(一週間)に伸びてしまったからなんだろうなと、私は思っていた。
だから、いつも通り頑張って万国を支えている彼を称えると共に、励ましの言葉を掛けてあげた。それだけのこと。
それなのにカタクリさんは、急に私にギロリと睨みを効かせ、幹部室を出て行ってしまったのだ。
「へ?」
「どうしたんだい?ナマエちゃん、ペロリン」
「カタクリさん、なんか怒ってませんでした?」
「アイツは元から仏頂面だ」
「はあ……、そうですか?」
困惑する私をよそに、一緒に幹部室内にいたダイフクさんは特に気に留める様子もなく欠伸をしていた。
その日もいつも通りに仕事を終えて、まだ残っている幹部たちに挨拶をして幹部室を出た。
お城の門を出ようとしたところで、比較的仲のよい部下のひとりを見かけた。
声をかけてみると、どうやら幹部室とは別の階の応接間にカタクリさんがいるらしく、新作のドーナツが手に入ったため持っていくのだと言う。
今朝のカタクリさんの様子も気になっていたので、私に運ばせて欲しいと申し出ると、快く了承してくれた。
今日のお昼過ぎに、やっぱり少し気になって、電伝虫を鳴らしたけれど、出てもらえなかったので、二人きりで話すのか、と想像すると、いつもは無い緊張感を少し感じた。
廊下の時計の針の音だけが、ちくたくと響く。
私は溜息をひとつ吐いてから、彼のいる部屋へ向かった。
このままじゃらちがあかないし、好きなひとと変な感じで一日を終えたくないという、私の勝手な自己満なのだけれども。
とりあえず、廊下をひたひた歩き、彼のいる部屋の扉をノックする。
「カタクリさん?ナマエです」
言ってもシン、としていて反応が無い。
あれ、いる……んだよね?部屋間違ってないよね?
私は一度キョロキョロと辺りを見渡したが、この部屋の扉が一番、豪華で派手で大きかったため、大幹部がいるとするならば、やはりこの部屋しかありえないだろうと思った。
「入っちゃってもいいですか?」
聞こえていない訳はないし、なにも言わないなら肯定と受け取ることにしますね、カタクリさん。
ガチャリと、重いようで実は軽いような、そうでないような扉を開く。
中に入ると、電気もなにも点いてない真っ暗な空間。廊下の電気の光を頼りに目を凝らすと、幹部室にあるソファよりも大きくて豪華なソファに、いつもの体勢で足と腕を組んで座っている彼の姿。
電気を点けようとスイッチに手を伸ばすと、カタクリさんが、やめろ。と呟いた。
仕方ないので手を引っ込める。
どうしようか考えながら入口で突っ立っていると次に、閉めろ。なんて声が聞こえた。
「閉めろと言っている」
今度ははっきりと聞こえ、あからさまに不機嫌そうな彼にやはり私は困惑する。
扉を閉めると、当然真っ暗で、黒ばかりが視界に広がる。
きっとカタクリさんはもう、目が慣れているだろうから、私の姿は見えているんだろう。
当の私は、全く見えていないけれど。
「ナマエ、俺は怒っている」
どんな台詞ですか。
思わずそう言いたくなったけれど、そんなことを言っても怒りを煽るだけだから黙る。
「理由がわかるか」
長期遠征になったからじゃないの?
いや、言ったら怒鳴られかねない。私はとりあえず押し黙る。
「なにか言え」
それきり沈黙が生まれた。
私もカタクリさんもとても負けず嫌いだ。
きっと、カタクリさんは私がなにか言うまで何も話さないだろう。
「………わかりません」
呟くと、ぎしっ、とソファが鳴った。
カタクリさんが動いたらしい。
私の目は、未だ暗闇に慣れていない。馬鹿な目だ。
「おまえ、本気か」
心なしか声が聞こえてくる場所が近付いた気がする。でもそれは、彼の声がさっきよりも少しだけ、大きくなったからかもしれない。
「今朝、俺がペロス兄と幹部室に戻ってきたときに」
「……?」
「喋っていただろう」
怒りが増した声を放つカタクリさん。
「えっ……、誰とですか?」
わたしが問うと、
「………ダイフクだ」
そう答える。
「えっ?そんなの毎日ですよ?」
今更なにを言われるのかと思った。
ダイフクさんとかと話すことなんて、日常すぎて、わざわざ記憶にすら刻まれない。
幹部会の最中でも、お茶会でも、どんなときでも、ダイフクさんに限らず家族みんなと話す。
ペロスペローさんとカタクリさんはよく幹部室を離れるけれど、幹部会が終わって、その日の仕事の指示をもらうまでの間、私はどうしても暇になる。そんな時間に相手をしてくれるのが、ダイフクさんとかオーブンさんとかそこらへん、ってだけだ。
「ふざけるな」
ぎし、とまたソファが鳴った。
すると、突然カタクリさんの匂いがした。
「頭を撫でられていたな」
視界がだんだんクリアになっていく。
匂いが近いのは、カタクリさんが私の目の前にいるからだ。思わず後ずさると、どん、と扉に背中をぶつけた。
カタクリさんは、私の左側に腕を置いた。
そして、左手でかちゃっと内鍵を締めた。そのまま扉と彼に挟まれた形になる。
ドクドクと心臓がうるさい。
呼吸を整えようと、神経を心臓に集中させていたら、カタクリさんの首に巻かれているストールが、私の頬を掠めた気がした。
きっとカタクリさんが、しゃがんだのだろう。
「糸くずを……」
「……」
「髪に糸くずが付いていて……それをダイフクさんが取ってくれたんです」
そのままの理由だ。
それ以外に言いようがない。
頭を撫でられたように見えてたなんて。
しかも糸くずをつけたまま来たなんて、なんで好きなひとに報告しないといけないのか。なんだか、追い詰められているこっちが逆に、恥ずかしくなってきた。
「俺以外の男に触らせていいと言ったか」
「はい!?」
このひと何を言っているんだろうと、更に混乱でパニック状態に陥る。なのにカタクリさんは、耳元で私に囁く。吐息がかかる。重低音が芯まで響く。
「な、なんですかそれ、どんな独占欲ですか!?」
私が声を上擦らせながら言い返した瞬間、
私の視界は一瞬にして天井へと変わった。
急にお姫様抱っこをされて、ソファに捨てられた。そんな気がする。天井だった視界には、シャーロットカタクリ様がいるから。
ああ、はじめてのお姫様抱っこは、もっとロマンチックに…なんて夢見ていたのに。どうしてくれるんだろうか、この最高傑作は。
「も、も、もしかして……!?」
「……なんだ」
「い、怒りにまかせて襲っちゃう感じですか!!?」
「減らず口を叩くのはこの口か」
態度も台詞も怖いくせに、どうしてキスだけは甘いのか。って……!いや、待って、待って待って待って!キ、キスしてる!!?
「さっきも言ったが、俺は怒っている」
唇を離すと、彼はそう言った。
「………そのことを忘れるな」
あ、笑った。
シャーロットカタクリ様はドSなんだな。
そうなのかなとは予想していたけど。
……って!だから!!!!
呑気に分析してる場合じゃないって!
言うや否や、ブラウスのボタンをもぎ取られた。引き裂く、引きちぎる、どっちでもいいけど、もうそんな感じでビリッと。
「カタクリさん……」
「なんだ」
「服……弁償してくださいね?」
私が諦めて呟くと、下着のホックを外した彼が「カタクリと呼べ」なんて言い放つ。
「よ、呼びませんよ!!なに言ってんですか!?あなたはずっとカタクリさんですよ!!」
「……チッ」
えー……
独占欲強い他に、すぐいじけるんだな、案外。
そういうところは次男っぽい。可愛いな。
……って!だから、呑気に分析してる場合じゃ…!
カタクリさんは、舌を打ち鳴らしたあと、ふっと口元をつり上げた。
「…あの……、もう11時ですけど……」
「…知らねェ」
言われて、私が思わずすこし微笑んだとき、コンコンコンと扉がノックされ「カタクリ居るかー」なんて、呑気なダイフクさんの声がした。
声聞こえちゃうからやめましょうよ……って、
言ってももう無駄か!