1/2


「お返し、くれると思います?」

テーブルを挟んだ向かい側のソファの席、神妙な顔付きで問われた質問に、思わず苦笑する。

刹那、「ちゃんと聞いてるんですか!?」と、
机を叩かんとする勢いでこちらに身を乗り出してくるものだから、慌てたように両手を前に出して、落ち着け、と隠しきれない溜息を乗せて言葉を吐く。

「ああ、聞いてはいる」
「その割に面倒くせぇって顔に出てましたけど」
「分かってるなら帰ってくれねえか……」
「ほらぁ!もう……」

相手にしていると疲れる、と辟易した顔でその手をしっしと振れば、従うようにソファに下ろされた彼女の腰。

「でも、受け取っては貰えたんだろう?」
「……まあ……」

頭に浮かんだ一つの事実を口にすれば、相手の唇が拗ねたように突き出されたもんだから、その行動の幼さに思わず笑った。

何か思う所があるのだろう、相手の顔を思い浮かべているのか、納得しない様子で一つ頷かれる。

「じゃあ返してくれるんじゃないか?その辺りは義理深いやつだと思ってはいるがな」
「はあ〜……」
「どうした?辛気臭いツラして」
「こんな事ならオーブンさんを好きになればよかったなあって」
「すまない」
「……なんで速攻で謝ったんですか」
「俺ではナマエの希望にはこたえられないと思うぞ」
「なんでそんな就職面接みたいな受け答えなんですか!」

再び前のめりになりそうな身体を、肩ごとソファに押しつけてなだめる。

彼女の立ち位置というのは、とても奇異なものだった。幹部や俺たちの血縁とか、そういうわけでもなく。かと言って恋人と言うわけでもなく。

ダイフクに聞いた話じゃ、こんな細っちい身体でも戦闘はそこそこやれるらしい。

なんでも、噂に聞いた話だと、プリンの結婚式事件の後から、なにやら麦わらの一味と面識を持ったらしく、だからこそ他の内通者の連中のようにこうして時折、万国のパイプとして役に立ってくれているわけなんだが。

……まあそれが女、ということと、ビッグマム海賊団の人間に恋をしてしまっているということが問題なわけで。

「だからお前は今日ここに来ていたのか」

持ちかけられたチョコレートの話と、今日の日付を照らし合わせながら問いかければ、渋々頷きながら彼女が言う。

「ダイフクさんに手伝いしてくれって呼ばれたんで、一応仕事ではありますけど、」
「あわよくば、……って感じか」
「……はい……」

素直に一度首を縦に振って、あからさまに落ち込んだナマエを横目で見ながら、仕方ないとテーブルをこつりと叩いて俯いている彼女の思考を浮上させる。

「今日、あいつなら本部に居るぞ?会えれば貰えるかもしれないな」

喜ばせるための一言だったとは言えども、これは決して嘘ではなかった。

この一言に、さっきまでの鬱蒼とした表情が嘘のようにパアっと顔を明らめた彼女が、瞳を輝かせてテーブルをつついた俺の手を握ってくる。

「オーブンさん!大好き!」
「ああ、分かったから早く行け。こんなとこアイツに見られたらどうすんだ」

包まれるように握られた手のひらに体温が伝わる。

俺が彼女に気が無いとは分かっていても、もし相手に見られたら堪ったものじゃない。
そう思い、無理やりその手を引っぺがすと、一度扉を向いた視線がまたこちらに引き戻される。

「……あの、どこに居るか分かります?」

会いに行くと勇んでみたはいいものの、本部の部屋数を思い浮かべて焦燥したのか、見るからに慌て始めた彼女に適当に合わせて返す。

「……恐らくペロス兄の所か、それでなくとも探せば会えるだろう」
「うわ、今また面倒くせぇって顔しましたねオーブンさん」
「バレたか……」
「……」

一瞬泣きそうな顔をしたかと思えば、扉へと向き直ったナマエのその小さな背中に、声をかける。

「……頑張れよ」
「……はい」

木目調の大きな扉が押しだされ、その外へと彼女が消えていくのを視認して、どっと押し寄せてきた疲れにはあ、と溜息をもらす。

彼女には言わなかったが、今年、あいつはその類を一切受け取らなかったと聞いた。
それに加えて、無理やり渡そうとしてきた女のプレゼントは、全て目の前で捨てたとも。

証言者がクラッカーだから、いまいち信憑性には欠けるが、それに関して奴がはやし立てているのに対して、あいつ本人も、そのとき側にいたダイフクも何も言い返していない様子を見るに、きっと事実だったのだろう。

──これは、脈ありかも知れねえな。

まるで娘を思う父親のような気持ちになりながら、彼女の恋が実るようにと瞳を伏せた。