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夢の内容ははっきりと覚えているし、寝起きとは思えないくらいにすっきりしている頭に私は、居てもたってもいられなくて、すぐさまカタクリさんの電伝虫へ電話を入れる。
こちらから電話をするのは、もしかしたら初めてかもしれなかったけれど、そんな事を気にしている余裕なんて私には無かった。
(お願い……繋がって……)
ボタンを押したした後、すぐさま発せられるプル、プル……という電波キャッチの音に、不安が駆り立てられる。
そうしてややあって、プルプルプル……という音に切り替わった時、私は神にも祈る思いだったのだけれど。
──プルプルプル♪
「……え……?」
聞きなれない呼び出し音が私の耳に飛び込んできた。
──プルプルプル♪
「この部屋から、聞こえる……?」
電伝虫を手から離して、音の聞こえる方へ歩いて行くと、テーブルの上で見慣れた電伝虫が、音を立てて震えていた。
「カタクリさんの……なんで私の部屋に……?」
黒と紫のツートーンの電伝虫は、間違いなくカタクリさんが使っていたものだった。
「どうしてここに……」
私がそう呟くのと、家の呼び鈴が鳴るのはほぼ同時の出来事だった。
もしかしたらカタクリさんが来たのかも知れないと思った私は、ろくに確認もせずにドアを開ける。なりふりなんて構っていられなかった。
でも、そこに居たのはカタクリさんでは無く──黄色いコートに身を包んだ知らない男性だった。
帽子を被り、長い舌を覗かせる男性は、貫禄のある顔だちをしていた。
しっかりとした彼の鋭い眼差しが無遠慮に私を貫く。その顔に、なぜだか少しだけカタクリさんが重なって、私はなんともいえない気持ちになって、ゆっくりと視線を外した。
「君が、ナマエさんかな?ペロリン」
彼は私の不躾な態度が気にならなかったのか、私の名前を言うとそのまま私を見定めるように上から下へと視線を流す。
そういえば、と思い自分の身なりを確認すれば、目に映ったそれは夢の中での服装と違い、普段から愛用している寝間着だった。
知っている者の来客だと思っていたとはいえ、もう少し気を使えば良かったかもしれないと思いながらも、気にしている場合ではないと思い相手に返す。
「えっと……はい。あの……どちらさまでしょうか……?」
「ああ……申し訳ない。……カタクリ、と言ったら分かりますか。私、カタクリの知り合いの者でね……ペロリン」
カタクリ、という名前が、目の前の人から発せられたことに驚いたものの、その言葉の続きが気になり彼を玄関の中へ通すと無言で先を促す。
「……彼は今、スイートシティ内で手当てをしているんだ、ペロリン」
「え……?」
「先日、家族の結婚式があったのだが……その時に怪我をしてね」
「……」
「かろうじて一命を取り留めたものの、危ない状態が続いているんだよ、ペロリン」
「……」
どうして、なんで、
──そんな言葉が一気に頭を駆け巡る。
「そこで話は本題なのだがね……」
「……?」
「カタクリに会ってもらいたいんだよ、ペロリン」
カタクリさんが、そんな事になっていただなんて思わなかった。それじゃあ、今までの夢は?本当に私の願望だったのだろうか。
それにしては、どこまでもリアルな、現実味を帯びすぎている夢だったと思う。だからカタクリさんはあんな顔をしていたのだろうか。
危ない状況で、私に会いたいと少しでも思ってくれていたのだろうか。そこまで思案して、夢の中でのカタクリさんと現実のカタクリさんの顔が頭に蘇り、思わず泣きそうになる。
「……でも、そんな状態の所に私が行ったら、迷惑なんじゃ……」
下唇を噛み締め、カタクリさんの電伝虫を握りしめながら、私は問う。すると目の前に居る男性は、ふっと笑って私の手の中のものを指さした。
「それは……。どこにあったのかな?」
「えっ……?」
「それ、カタクリの電伝虫ではないのかな?ペロリン」
「あっ……はい。そうですけど……」
確かに、カタクリさんの電伝虫を私が持っているのはおかしいかもしれない。でも、私でさえどうしてこれがここにあるのかが分からないのだから仕方が無かった。
困ったように眉根を寄せれば、彼にもそれが分かったのだろう。「いや、」と、言葉を続ける。
「私達はカタクリが怪我を負った時から、それを探していたのだよ」
「……」
「身内総出で探していたのだが、暫く行方が分からなかった。それが昨日、突然電波がひっかってね」
「……」
「調べたらここに繋がっていたんです。ナマエさん、貴方の部屋に」
「怪我をした時、から……?」
「どうもおかしい。ミロワールドで、カタクリが電伝虫を使用するところを見たって人間が居たのにね」
「………」
「カタクリの衣類からも、現場からも見つからなかった。おまけに、電波が繋がらないと来たもので我々も驚いていたんだよ」
「それが、私の部屋に……でもどうしてあなたが……」
そんなに大事なカタクリさんの電伝虫が、どうして私の部屋にあったのだろう。それも、怪我をしたときには手元にあったはずのものが、どうして。
そして彼は、この電伝虫を探しに来たと言っていたけれど、なぜここに来たのだろう。電波が取れたのなら、直接カタクリさんの電伝虫にかけて、私に持ってくるよう頼むことだってできたのに。
そう思って端的に問えば、彼は首を傾げて僅かに唸ると、納得したように「ああ……そうか」と、一つだけ呟いて。嬉しそうに笑った。
その顔だちや体躯から凄く年上な印象を持っていたけれど、それはどこか幼い笑顔だった。
カタクリさんとよく似た──と、そこまで考えて、何故だろう、と思う。さっきからこの人には度々、カタクリさんが重なるような気がする。
「カタクリから、何も聞いていないのかい?」
「えっ……?」
「カタクリが何をしているのか、具体的なことなどは?」
「えっと……」
「ふっ……。やっぱり……。……なら尚更、君には来てもらわなくちゃいけないね。そんなにもあいつに大切にされていたのなら、ペロリン」
この人が私の部屋を訪れてから、めまぐるしく進展していく状況に私の頭は混乱する。
カタクリさんが私のことを大切にしていたってどういうことだろう、その思いが顔に出ていたのか、先ほどのように優しく笑った男性は
「君が居てくれてよかった」
そう言って、私に着替えるように命じると、ドアノブに手をかけて「……そうそう」と、こちらを振り返る。
「……私、ビッグマム海賊団という組織の幹部を勤めさせて貰っている、シャーロット・ペロスペローというものです、ペロリン」
「……え、シャーロ……」
「あいつは……カタクリとは、兄弟でしてね。私はシャーロット家の長男、彼は次男だ」
「……」
「ビッグマム海賊団というのは……そうだねぇ、簡単に言うなら、この国は我々のアジト。一般でいう、海賊の集まりみたいなところなんだよ、ペロリン」
「ビッグマム海賊団……」
それは万国に住んでいる者なら、一度は聞いたことがある単語だった。その、大きな組織の幹部が、今目の前に居る。
そして、その大幹部の兄弟が、カタクリさんだったなんて。
私は驚きと同時に、どこか納得している自分がいることに気付いていた。確かに、そう言われてみればカタクリさんも、そしてお兄様も、一般とはかけ離れた雰囲気を持っている人間だ。
そして、このお兄様に、カタクリさんがたびたび重なる理由も、ここにあるような気がした。
居直ったお兄様が、ドアノブから手を離して再び体ごとこちらに向き直る。その拍子に彼から香った、キャンディのような甘いほのかな香りが鼻を刺激する。
「来て欲しいと言った手前、こんなことを言うのはおかしな話なのだが……」
「……?」
「ついてきたらきっと、元の生活には戻れないよ。だからこそカタクリも、貴方には自分の正体を隠していたのだろう」
「……」
「……普通の人間としての幸せを、君に見つけたのかも知れないね、ペロリン」
ビッグマム海賊団の人間と接触していたことが分かれば、私も狙われるということだろうか。だからこうして、幹部自ら出向いてくれたということだろうか。私にはわからなかったけれど。何だかそれは少し違うような気がして、口ごもる。
「……」
「ここで電伝虫をお返し下されば、そこで話は終わりなのだが……今後、この件に関して貴方に捜査が及ぶことも、危害が加わることもないと保障するよ」
……でも。
ここでこれを返してしまったらいけない、ということは馬鹿な私でも理解していた。
──だってこれは
お兄様のでも、私のでもなくて、
カタクリさんのものだから。
「あの……お兄様、」
「……ん?」
「……。一つだけ、聞きたいことがあります」
「なんだい?ペロリン」
カタクリさんのことは、これから沢山本人から聞いてやろう。だから、一つだけ。
「……お兄様がここに来たのは、カタクリさんの兄弟だから、ですよね?」
先からずっと考えていたこと。
どうしてビッグマム海賊団の幹部ともなる人間が、わざわざここまで足を運んだのだろうって。
カタクリさんの電伝虫が大事なものだとか、私がどんな人間なのか気になっていたとか。要因は沢山考えられたけれど、どれも違ったような気がして。
私には海賊のことは何一つ分からないけれど、ただ、ここにカタクリさんの電伝虫があったから。それだけで。カタクリさんのことを大切に思っているから、それだけで、私のことも気にかけてくれて、だからここに来てくれたんじゃないかって。そう思えて。
私の言葉にお兄様は、一瞬驚いたように瞳を広げると、参ったね……、と小さく呟いて、頬を掻いて笑って見せる。
「……心配は、いらなかったみたいだね。貴方は良い女性だ。カタクリが大事にするのも、頷ける」
「……」
「ここに来てよかったよ。カタクリも、大切にされていたんだね……」
「お兄様……」
「脅すような真似をして悪かったね。……行こうか。カタクリが待っているペロリン」