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武装解除の伝達が広がり、私たちが元の島に戻れるようになったのは、その翌日だった。
昼食をコムギ島でとり、体力を万全に整えてから前と後ろをカタクリさんの部下たちに守ってもらいつつ、ひとりずつ島に上陸する。

生存者の一番最後に船に残っていた私が島に上陸しようと空を見上げれば半分曇った薄い水色の空が、どんな晴天よりも眩しく感じられた。思わず目を細めると、私の前に黒い影が落ちてきた。

それは、私に向かって手を差し出しているカタクリさんの影だった。
逆光を浴びて、どんな顔をしているのかは見えない。その手を取ると、ぐいっと持ち上げられて容易に地上に降り立つことができた。

よく見なれた浜辺と街並みだが、まさかゾンビだらけであったとはと今更ながらに驚いてしまう。助かったことが嬉しくそれなのに信じられず、まだ自分の顔が強張っているのがわかる。

「ありがとうございます」

助け起こしてくれたことも。
守ってくれたことも。優しいと、言ってくれたことも。
深々とお辞儀して顔を上げると、カタクリさんは「いや」と言い一度静かにかぶりを振った。

「皆無事でよかった」
「本当に。皆さんのお蔭です、なんてお礼言えばいいか…」

「礼ならペロス兄に」と彼は控えめに目尻を下げる。そして辺りを一瞥し、やんわりと眉をひそめた。

「しばらく復興の関係で慌ただしくなりそうだ」

煤けた建物。灰色の煙。ひっくり返った馬車。
そこらじゅうに落ちている、火炎瓶や手榴弾。
こうなるまでに繰り広げられた戦乱を想像したあと、今後の復旧過程を想像する。

多分、ほとんど綺麗に元に戻るだろう。
そして元に戻らないものも…。おそらくは私自身までもが、昨日の恐怖を記憶の中で風化させてしまうに違いなかった。

「カタクリさんは、夕べ以上にお忙しくなりそうですね」
「そうなるだろうな。さて、どこから着手すべきか…」

見通しを立てているのか、腕を胸の前で組んで珍しく考え込むその端正な横顔に私は微笑する。数秒置いて不意に、視線に気づいたらしく彼がふと私に振り返った。

「外はモルガンズの連中が詰めかけている、捕まると厄介だ。人数分の足を手配している、そいつで街に向うといい」
「あ、はい。至れり尽くせりなんですね…」
「…今日くらいはな。それに、ナマエには俺のほうこそ世話になった」
「え?そうでしたっけ?」

むしろ、足手まといでしかなかったような……。
カタクリさんはお世辞を言うタイプにも見えないし。
本気で疑問に思っていると、私の顔がおもしろかったのか彼は低く微笑んだ。

「そんなに、難しい話じゃねェ」
「そうですか?」
「ああ、ただ…夕べ会えたことが嬉しかった」

さらりと普通に、思いがけないことを言われて、私は少し赤くなる。
放心していたり、泣き出したり、抱きしめられたり…なんて恥ずかしい夜だったことだろう。だがあの一連の流れでようやく、気付いたことがある。

 カタクリさん。
わたし、あなたのことが好きです。

ひそかに胸につぶやくと、たしかな重力を持ち、一滴の波紋となる。
ひたひたに気持が満たされて、ゆうべの涙のように溢れて、零れ落ちてしまいそうだ。





笑うだけが幸せじゃない