私、カタクリさんが好きです。

告白する私の震える脚を眺めてカタクリさんは目をすこしだけ細めた。夕暮れのスイートシティは春先を迎え、尖った冬の輪郭をまろやかに包んでいる。

私の着古したジャケット、カタクリさんのかちっとしたライダース。上着の時点で既に不釣り合いなことに気づいたのは告白が済んでからだった。

「……ああ、俺もナマエが好きだ」
「!」
「だが俺でいいのか?寂しい思いをさせると思うが」
「も、もちろん! カタクリさんじゃなきゃダメで、」
「まあ、嘘だったと言ってもすでに手遅れだがな」
「え?」
「取り消すことはさせない。都度、善処する」

カタクリさんなりのジョークだろうけど。でもカタクリさんがそうやって落ち着いた声色で話すだけで、とびきり空気があたたかくなる。告白してOKをもらったこともうまく飲み込めず、彼が私に目を細めてくれたことが、ただ胸をいっぱいにしていた。



*****

夕方、スイートシティの中心部で待ち合わせて夕食を取り、辺りをすこし一緒に歩いた。カタクリさんを見掛けると街の者は足を止め誰もが平伏する。店を出ると街はすっかり夜の顔になり、美しいライトの光りや酔っぱらいの喧騒が響いている。

「うまかったか?」
「はい、すっごく美味しかったです」
「じゃあナマエ、よかったらあと一軒どうだ」

それで喜んでバーに向かった。静かで素敵なひとときを噛み締めながら、ふとカタクリさんがかつて寂しい思いさせると思う≠ニ言った表情が脳裏をよぎる。

カタクリさんは必要なければ無駄に連絡してこない人だが、それでもほっとかれていると思ったことはない。ちゃんと、ときおり家族を通して通知がくる。

『カタクリが気に掛けていた』とオーブンさんに私の好きなお菓子を持たせて運ばせてくれたり『カタクリがナマエの言ってたやつを次の茶会で出すとか言ってたぜ』とダイフクさんに感想を言づけてくれたり、そういうほんの些細なやりとりに癒されている。突拍子もなく突然『今日会えるか』と時間を作ってもくれる。

私は一人で過ごす時間も好きだから寂しいと思ったことはない。会って、別れるとき以外は。


カウンター越しの店主の話に笑いながら、あ、と思った。もうじきお開きの流れになるなって。

外に出てありがとうございました、と私が言いカタクリさんが呼びつけたであろう馬車に乗り込む。カタクリさんは見えなくなるまで立っているが、やがて踵を返してホールケーキ城に戻る。これからまた仕事なのだろう。このプロセスは、これまで幾たびも体験したし、これからも繰り返していく。

あぁ、寂しいってこういうことなんだ。
会えないからじゃない。私の片思いみたいな関係だから。同じ気持じゃないから寂しいんだ。

カタクリさんは、俺もナマエが好きだと言ってくれた。
でも、カタクリさんの心の中に私はきっといない。せいぜい輪郭に触れるくらいの存在なのだろう。こんなに強い人だから、凛としているから、他者に依存心がないから内側まで入り込めない。だが私の胸の真ん中にはカタクリさんがいる。出会った頃からずっと。

自分でも持て余すほどの強い感情――執着、依存。そんな表現がちらつくほどに。




*****

「眉間にシワができている」

ふ、と笑いながら長い指が私の前髪をさらりと鳴らした。指の触れていった肌に生々しい余韻を刻んだが本人はそんなことまるで気づいていない。

「どうした、考え事か?」
「……」

美しい目蓋の下にある鋭い理知的な赤い瞳。
私は唇を噛む。なんでもないんです。そう答える自分を想像する。曖昧に笑って、それよりさっきの話、と話題を変える。カタクリさんはそれ以上追求しない。大人だし私の心理をいつだって汲み取ってくれる。ゆっくり進展していけばいいと思ってくれている。

壁を作っているのは私。
いつまでも憧れの人を追いかけているような気分でカタクリさんのとなりを歩いている。

思い返せばカタクリさんはずっと、寄り添ってくれようとしていたのに。そう、出会った頃からずっと……。


「……カタクリさん」
「ん?」
「――もう少し、一緒にいたいです」

そっと小さく放った言葉がグラスの中で曇った気がした。店主は他の客と談笑している。カタクリさんは物憂げな横顔でグラスを眺めていた。まあるい滑らかなボール型の氷がカタクリさんに見つめられて恥ずかしげに溶けていく。


「……じゃあ、一緒にいれるとこに行くか」
「……」
「ん? そういう意味じゃなかったのか?」
「いえ、あの……」

その眠そうな声は紫煙のようにただよい、ほろ苦い余韻を残した。
自分から言い出しておいて赤くなって過緊張に陥っていた。横目に見れば、ふふと浅く笑うカタクリさんがいる。あぁ、自分がイヤになる。

「不安か?」
「……」
「だろうな、……そんなに伝えられてなかったか、俺は」

ちらと、端正な顔に複雑な表情がよぎり、すっと消えた。どうすればいいか考えてくれている。だが、すぐにためらいなく私をまっすぐ見つめてくれた。

赤い、冴え冴えとした美しい瞳だった。
眉と目の間が近くて、なんでこんなに顔が整っているんだろうと思う。CGじゃないのにこんなに綺麗な目鼻立ちになることある?瞳の引力のあと、高く細い鼻梁や、しゅっとした頬や、ストールの中に隠された唇に動揺する。

それで思う、私とは全然違うなって。

カタクリさんはただ容姿がいいだけじゃない、その容姿はただの付属にすぎない。彼の本質は強者の頭脳と生命力にある。それが瞳に、口元に、背景に反映されているのだ。

カタクリさんが
そんなに美しくなければよかった。
カタクリさんが
そんなに強くなければ、よかった。


「私は、……カタクリさんにふさわしくないっていう気持ちが、ずっとあるんです」

ふさわしくない。
そんな気持ちを抱く時点で本当にふさわしくない。今日、関係は終わるかもしれない、とふと思った。

そのほうがいいのかもしれない。無理しないほうがいい。カタクリさんを困らせなくて済む。そんな発想がひたひたと滲み、身を委ねてしまいたくなる。だけど……。


「ナマエ」

カタクリさんが私の顔を覗きこんだ。

「俺はそうは思わない。それを言ったらふさわしくないのは俺の方だ。歳も離れている上に、最近では、ほぼ万国にいない」
「……」
「お前の親がこの世にいたら猛反対しそうだ」

ふっ、と短く笑って、でもまじめな顔をした。

「それにナマエを不安にさせてしまってる」
「……違います、カタクリさんのせいじゃないんです。私が、勝手に、」
「……」
「勝手に、めんどくさいこと、考えてしまうから――」
「ああ」

鼻にかかる、とろんとした声だった。

「知っている」
「……」
「そういうところも、俺は知ってる。ナマエのことは、これでもよく見ているつもりだ」
「……」
「その上で、誘っていいか」


カウンターの下。私の手を、カタクリさんの手が握った。
きゅっと胸が細くなり、息が詰まる。大きなあたたかい手。荒々しくも繊細にもなるその手をいつも見ていた。


「二人になれるところに、行こう」


自分は彼にふさわしくないのだ。
それでもカタクリさんの特別になりたかった。


「……はい」

と、声に出して肯いた。

カタクリさんが、すっ、と店主に目配せして、すぐバーを後にする。手は握られたまま。

ためらいなく向かう先がどこなのか考えれば動揺するから、ただカタクリさんの高い位置にある横顔を見つめる。そしてうつむいた。

薄暗い宵の中でも彼はきらきらしている。
小豆色の短い髪、凛としたその表情は、笑っていなくても優しい眼差しをしている。

彼の一歩後ろばかりを歩いていてはダメだ。

カタクリさんと肩を並べて歩くと、すこしだけ勇気が湧く気がした。






夜明けの海を憎んでも