tiimalasi−最愛−
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大好きだった。
家までの道を毎日ふたりで帰った。明るい春の日も暑い夏の日も夕暮れの秋の日も。離れ離れになるなんて、思わなかった。
寿のことが、大好きだった——。
ここで彼のことを『大好きだった』と過去形にしている事が気になるところだけれども。これは数年前の彼への想いを諦めたのかそれとも数年後に再会したときに『昔の寿が好きだった』と振り返っているだけか……どちらも可能性はあるが、自分でも、よくわからない時期があった。
気が付くとふと考えていることがある。もしもあのとき、違う道を選んでいたとしたら。もしも��あの人�≠ノ会っていなければ。もしもあのときあの場所に行っていなければ。もしも明日この世が終わるとしたらその瞬間にも私は��もしも�≠�考え続けているのだろう。
悲しい出来事が続くと母がよく夢に出て来た。夢の中の母は若くて綺麗で優しい。そしてすこしだけ、その身体を傾けて私の顔を見る。
『 頑張らなくていい 』
『 名前なら、大丈夫だから 』
頼りなくて弱い未熟な私を守ろうとする母親の気持ちだったのだろうか。私は母がいたあの頃に戻りたいと思っているからそんな夢を見ていたのかも知れない。大人になった今は一度も母は夢に出て来なくなった。
��最愛の彼�≠ナある幼馴染の彼、寿との出会い別れ再会を幾度となく繰り返し大人になったいままたこうして私の隣には彼、寿がいる。私たちの間にはたくさんの時間が流れ過ぎていてそれでもやっぱり彼を想う気持ちだけは、消し去ることが出来なかった。それは大好きや愛しているを超えて、もう私にとっては『寿が全て』という領域に入っているからなのかもしれないとも思う。彼の存在が、自分の体の一部になってしまっているのかもしれない。だからこそ私は寿が好きだったという言葉で、過去形にしているのだろう。
そう気づけたのは実は最近の話だ。婚約者との出会い、婚約者の海外赴任、職場を寿退社、婚約者との別れ、そして寿との復縁。いま私は、寿と同棲をしている。言葉はなくともこれは『結婚』に繋がる過程での同棲だという事をきっとお互い認識している。
長く勤めていた職場を離れたあとは資格を取ったり臨時で働いたり有り余る時間の中でいろいろと、自分なりにも手を付けてみた。それはそれで有意義な時間を過ごすことが出来たけれど、寿と復縁して約二年。一緒の屋根の下で暮らすようになってからやっぱり今の若くて動ける内に社会に貢献するべきだという考えに至ったのもつい最近の話だ。それは寿からの影響も大きかった。彼が与えてくる影響は、いつだって絶大だ。
彼が楽しそうに湘北高校の生徒たちの話をする姿を見るたび私にも何か��生き甲斐�≠ェ欲しいと思ったのだ。そう��彼�∴ネ外の……生き甲斐が。自慢できること、モノ。頑張っている事、目標。そんなものが、純粋に私も欲しいと思った。
登録していた派遣会社の一社から、仕事の話が入ってきたのは、珍しく豪雨と言っても過言ではない酷く荒れた天気の日の事だった。仕事内容を簡単に説明するのならば、ITビジネスや株取引を主に扱う会社の末端の事務だ。大手企業から枝分かれしたらしい子会社で社長は私と同じくらいの年齢なのだそう。派遣社員なんかは特に、末端の末端と言ってもいいような仕事内容となれば大手企業の面接に社長が出張ってくることなど、そうそうない。だから社長がどんな人なのかなんて、特に考えもしていなかったのだ。時給もそこそこよかったし福利厚生もしっかりしていたので社会復帰のリハビリがてら、受けてみようと思った。そんな些細な理由。なんとなくの心意気。
寿にそれを説明したとき仕事内容の説明の途中で「?」と言いたげに聞き流していたのを、その表情を見てすぐに察した。コイツ絶対に理解していないな、って。それでも「ふーん」「へえ」「いーんじゃね?」とテレビを見ながら相づちを打っていた彼だったが一瞬だけ顔を歪めた瞬間があった。それは、勤務先との距離の話のときだ。都心に構えるその会社は今住んでいるマンションから、電車でも片道一時間ほどかかる。
「わざわざそっちまで通うのかよ?」
と、はじめはテレビを気にしながら聞いていた彼が胸の前で腕組みをして頭を捻り出したのだ。
「まあ、そうだね。すこし遠いけど……」
「片道一時間だぜ?もっと、近場で探せばいいんじゃねーのか?」
勤務先までの距離を言うほど気にしていなかった私だったが、まあ、彼の言い分もわからなくもない。正直なところ、卒業後に晴れて新社会人!というわけでも正社員としてしっかりと就職したい!といった志で面接に臨むわけでもない。この会社に是が非でも受かりたい、という事もないのだけれど……。
「あー、でもさ?落ちるかもだしね?」
「いや、受かるだろーよ」
「いやいや本社が大手企業らしいからさ〜しかも私ブランクあるからね?」
「関係ねえだろ。働き盛りな歳だし事務なら経験済みでも未経験でもなんとかなんだろ?」
「どうかな……でも、まだ受かったって決まったわけじゃないから」
私の謙遜ぎみな態度に彼は「そーか?」と言いながらもあまり納得した感じは見受けられなかった。とりあえず彼に面接日を伝えた私は面接用に美容院で面接官にウケのよさそうな髪色にカラーリングをしてもらい、久しぶりにお高めなトリートメントで艶も出してもらった。ちょっとおざなりになっていたハンドネイルも、オフィスカジュアルっぽい感じの、ピンクと白がメインのものに変えてもらった。面接があるからという理由付けだったとしても美容院やネイルサロンに行くだけでテンションがあがってしまうのは女性の性なのかもしれない。
面接二日前の私のそんな変身ぶりに、仕事から帰宅した幼馴染の彼は呆れたふうに「完全に受かる気満々じゃねーかよ」と、軽口を叩いていた。
そんな言葉に二人で笑い合っていたうちはまだ幸せだったのだと思う。
まさかその会社で彼と会うなんてこと、夢にも思っていなかったから——。
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