tiimalasi−最愛−
side:藤真

 かけがえのないものと聞いて何を思い浮かべるか。家族、友人、恋人……ではそれらを持たない人間は——?

 大手銀行の頭取だった父親がよく言っていた。経営になりより必要なのは��情熱�≠セと。


 『 健司——お前は、それを持っている。』


 俺は自分を受け入れてくれた��この場所�≠�、何よりも大切に思っている。会社のため、自分のため、どんなことでもした。今まで俺がしてきたことに後悔はない。寂しい人間と言われようと、それが俺の人生だ。

 それぞれの価値基準の中で『最愛』という言葉は、必ずしも人間である必要はないと俺は思っている。俺にとっての��最愛�≠ヘ、今ならば迷わず『仕事』と答えるだろう。それでもそれが正しい間違っているという答えなど何処にもないのだ。
 自分を強く見せたり自分を巧く見せたり。どうして俺たち人間はこんな息苦しい生き方を選ぶのだろうか。
 ずっと敷かれたレールの上を歩いて行けと言われることに抗って生きてきた。けれどその中でもひとつだけ、確かなことがあった。��君�≠�想うたびにこの胸が何かを叫んでいるということだ。それだけは、俺にも抗いようのない事実だった。

 世の中は孤独と折り合いをつけられる人間と、そうではない人間がいる。��彼女�≠ヘおそらく、俺とは真逆だった。それだけじゃない。彼女は、すべてにおいて俺と正反対の人種。惹かれることなどあるわけがない、そう思っていたのに——。

 凍えそうなベンチで、彼女がひとり座り込んでいたあの日のことをよく思い出す。寄り添い歩く恋人たちを通り越し、無意識に足が彼女の元へと向かっていた。往来の中で聞こえる雑音にも似た声の波。いくつもの愛の言葉が、生まれては消える。そして、むき出しの言葉だけを片端に捨てたあの日……。

『無駄な努力を重ねて、お互いのことを
 完全に嫌いになる前に、別れよう——』

 その向こう側の優しさに今なら気付けていたのにな。いまならよく分かる。好きだった、間違いなく。
 永遠なんてモノは何処にもない。誰も、触れることはできない。でも君が笑うとその先を信じてみたくなったよ。そばにいると、今でもこの手を無意識に伸ばしたくなるんだ。
 君と出会ってから終わるまでの数ヵ月間。俺の人生の中であのときが一番人間らしかったのかも知れないと、ふと思う。

 俺の両親は、幼い頃から多忙だった。それでも欲しい物は、なんでも与えてくれた。たくさんの友人だって出来た。バスケだってあった。高校生になり、ルーキーと呼ばれ、三年生に進級したらキャプテン兼、監督になり。一緒に目標に向かう仲間はいたけれど、俺はいつだって孤独だった。
 大手企業に就職して。あれよあれよと言う間に昇進。会社では最年少で海外赴任。戻ってきた頃には、しっかりとした地位と、名誉が約束されていた。けれど、俺の人生はそうまくはいかない。
 末端の末端——子会社への、急な転属の辞令。思ったよ。日本はとことん年功序列の国なんだなって。民主制国家。どんなに努力しても抗えない現実だった。前任の奴が何故休職願いを出したかなんて、もうどうでもよかった。それでもひとつ救われたのは海外赴任の前から共に戦った戦友。女性にして人の上に立つ器量を持っていたみょうじが配属先にいるということ。
 海外にいる間に末端の子会社とは言え経営規模を考慮して新たに部署を設けることにした。人員確保について当時は日本を離れていたので初めて人事だけに一任した。その役目を言づけたのが、その彼女、みょうじだった。
 履歴書はファクスで送らせて確認した。何枚もある履歴書を片手間に確認していた時ふと一枚の履歴書に目が止まった。その履歴書の内容に特に異論はなかった。だが、仕事において俺は私情を一切挟まない。贔屓もしない。俺の基盤であり、モットー。たとえそれが自身の配偶者であったとしても、血を分けた身内だったとしてもだ。
 なので言うなれば人事の希望で彼女の本採用が決まっただけの話。俺が選んだとか、手を回したとか、そういった事実は一切ない。
 世間ではこれを�� 運命 �≠ニ呼ぶのだろうか。

 だが残念なことに結局俺も——��ただの人間�≠セったと思い知らされた。
 彼女と過ごす時間の中で芽生えた、例えようのない、人間じみた感情。俺にとっては生きて行く上で、一番無駄な感情だったはずなのに。

 この気持ちにやっぱり答えなど何処にもない。誰も教えてはくれない。自分でも、わからない。けれど君を想うとこの胸は、痛みを抱きしめる。
 それだけが悔しいけれど俺の、真実(リアル)だった。


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