もし本当に君が強くて優しくて

 傷付きにくくて、きれいで

 ひとりが平気な僕を必要だって言うんなら
 
 それは、本当は、

 僕のことは必要ないって言っているのと

 変わらないよね。





 *


 面接の日。天候は曇り。キャリアウーマン風な女性とお調子者な雰囲気の男性。どちらも私より少し年上かな、という印象を持った二人だった。
 私の履歴書を見ながら女性の方は顔色一つ変えずに堅い表情をしていたが逆に男性面接官はフランクな感じで、場を和ませてくれた。そのお陰か質問には笑顔で淡々とミス無く答える事が出来たようにも感じる。

 面接の途中、なぜか出てきた��社長�≠フ話題。難しい話をしはじめた二人にとりあえずよそ行きの笑顔を絶やすことなく、なんとかその場を切り抜けた。そのとき二人が話していた社長のことで印象に残っているのは女性面接官が言っていた、

『社長は取っつきづらくて、話しかけにくくて、近寄りがたくて、傍にいると緊張し過ぎて、全身筋肉痛になってしまいそうな人ですが私はとても尊敬しております』

 という、もうそれは褒めていると言うよりも、悪口に片足を突っ込んでいますよね?と言いたくなるような内容の部分。

「一目見たときから、この人はサイボーグなのだろうと、私は思いました」
「俳優みたいなスタイルとお手本のようにそつのない動作に驚かされますよね〜」

 そんな二人の話を聞いていて初手思ったのは、ただのクールなだけじゃなくて、とてもこわい人なんだなあ、ということだ。

「近づいたら必ず、怪我をします」
「分かります!それって肉体的にでもあり精神的にもって感じですよね〜」

 言ったあと、なぜか二人でアハハ、クスクスと緩い感じでそれでも品よく笑っていて置き去り感満載の空気に、すこし動揺した。
 社長ネタを聞き流していた刹那、女性の面接官から言われた言葉に、私は絶句する。

「名字さんの履歴書の内容ですと、社長のお傍で働いてもいいかもしれませんね」

 ……ん? はて? え、なんて?
 私、ただの末端の末端の事務処理係ですよね?なんて——当たり前に言い返せるわけもなく。

「とても良い経験が積めますよ」
「……は、はぁ」
「これから先どんなビジョンを持って仕事に取り組んでいくのか、明確になります」

 きょとんとしている私を置き去りに男性の面接官も「あーそうですね、秘書さん産休入っちゃいましたもんねー」なんて、軽い口調で言い放つ。

「彼女は社長と古い付き合いなので、今は産休に入った方の秘書代理をやっているんですよー」

 『彼女』と言って男性が手のひらを返して隣に座っていた堅い表情が印象的で綺麗な女性面接官を指し示す。

「彼女はなんでも卒なく熟せますからね。なんでここの会社に配属になったのか不明なくらいで」
「そんなことありません。私の話はいいですから
名字さんなら社長とうまくやっていけそうですね」
「おっ!見る目ありますもんね〜、社長もみょうじさんもっ!」
「名字さんは社長とご年齢も近いようですし、お話が合うかも知れませんよ」
「……は、はぁ、」

 ねえ、大丈夫なのかな、この会社。派遣社員、しかもまだまだ素性の知らない人に社長の雑務をまかせちゃって。
 ただの数十分の面接なのに指定された面接場所のビルから外に出た私は、何歳か老けた気がするほど疲れ切っていた。それこそそれは、肉体的にかもしれないし、精神的にかもしれない……。

「なんか……落ちてもいいや。」

 私は無意識に、そんな野心の欠片もない発言が思わず口をついて出てしまっていたのだった。


 *


 それから数日後、同棲中の彼氏、寿が午後からバスケ部の練習を控えていた土曜日——午前十時頃に私の携帯電話に着信が入った。電話の相手は派遣会社の担当者だった。出れば第一声に「おめでとうございます。採用が決まりましたよ!」と言われて、ややあって状況を把握した私はまた、何歳か老け込んだ気分になった。
 電話を切ってから落ち込んだ風に同居人の彼に受かった旨を伝えたとき、彼に言われたひと言。

「就活中の大学生なんかが、今のそのお前の姿を見たらよ、お前、速攻で刺されんぞ」

 そう言ってワッハッハと笑って、ソファに横になる彼を見て、またどっと疲れる。

 そして初出勤の日、久しぶりの通勤ラッシュを覚悟していたが、私の勤務時間はAM:10:00〜PM:20:00の間の九時間。内、休憩時間が一時間なので実質、八時間労働だ。
 十時頃に出勤してくれてもいいし遅い時間なら十一時に出勤してもOK。服装に関してはスーツでもオフィスカジュアルでも可、との話だった。
 だからさ、大丈夫なの?って、ここの会社……なんか適当なんだよなぁ。まあ、いいけど。とか考えつつもとりあえず行きは言うほどのラッシュに巻き込まれなくて済むのは、ありがたかった。
 え、待って。逆にいい職場じゃない?なんて、それだけで呑気な思考に切り替えていた私にまもなく、天罰が下される。


 *


 職場は新しい綺麗なビルの中でそれだけでテンションがあがった。何とも単純な女だと我ながら苦笑してしまう。
 オフィス内で挨拶をしたときも、面接のときの男性同様にアットホームな雰囲気でみんな優しく迎え入れてくれて安心した。
 その日、半日を過ぎた頃、彼氏から一通のメッセージが届く。

三井寿

初出勤、ドジは何回した?



 お昼休憩に見たそのメッセージに思わず小さく舌を打ち鳴らしてしまった。最近何かと舌打ちをする癖が出ていることに気が付いて、いけない、いけない(絶対に寿のせい)気を付けなければと舌打ちしたことが、周りに聞かれていないことを願って咳払いで誤魔化した。

名前

ゼロ。残念だったね当てられなくて〜


三井寿

まだ半日あるからな。初日のドジネタ楽しみにしてる


名前

激しくうざいね(笑)


三井寿

てか、今日の晩飯なに?



 お昼休憩はOLのそれみたいに外に出て食べようかとも思ったがとりあえず初日だしオフィス内に設けられている休憩スペースで、ビル一階にあるコンビニから買って来た無添加のサンドイッチを食べた。無添加ってだけでどうしてこんなに高いのか。明日からは節約も兼ねてお弁当でも作ってこようかな、なんて思った。
 サンドイッチを選んだ後に『昔ながらのいちごみるく』という紙パックを見つけて高校時代よく水戸くんからご馳走になったなあと思い出したら無意識にそれを持ってレジに向かっていた。テーブルの脇に置いていたいちごみるくを品よく音が鳴らないように啜っていたとき、私の面接をしてくれた、美人なキャリアウーマン(名前を忘れたので)の上司が、背後から私の名を呼んだ。

「名字さん」

 座ったまま振り返った先——彼女と初見の男性社員が二人立っている。こちらに駆け寄って来た彼女が小さな声で私に耳打ちする。

「社長が今このフロア降りて来ています。珍しいことですが」
「あ、そうなんですか……?」

 「挨拶をしておきますか?」と、私の耳元から体を離して彼女が言った。

「休憩中だと思いますので無理強いはしません」

 そう言われ「いえ、挨拶させてください」と、返して私は立ち上がった。
 食べ掛けのままで申し訳ないと思いつつ、その場にそれを置き去りにして貴重品だけ入れたバスケットボールが小さく刺繍で施されている小ぶりのエコバックを持って彼女の後ろを着いていく。
 休憩室を出た先、地毛なのか茶色くみえる艶のある髪をした男性の後ろ姿が目に映る。そばまで彼女と一緒に歩み寄ってその背後から彼女が遠慮がちに「社長」と声を投げ掛ければ、振り返った相手は——。

「……」
「……」

 一瞬にして、時間が止まるとはこのこと。目を見開いてぎょっとしている私に反して社長の彼は一度だけ、ゆっくりと瞬きをする。

「名字さん、本社の取締役兼、当社の社長こと、藤真健司です。」
「……、」

 言葉を無くしてしまったような私を置き去りにして藤真さんが私に向けていた目を微かに細めたあとすぐに、いつもの無表情に戻ってその視線を面接官だった彼女に向けた。

「いつから?」
「はい、本日が初出社です」
「このオフィス?」
「はい、こちらの階のオフィスではじめは業務をしていただく予定です」
「そうか。」

 藤真さんの視線が、チラッと私に向く。ここで私情を挟んで目をそらしてはいけない、と思った私は、必死にその目を見返す。

「頑張って。」

 さらっと短く言われたそのひと言に「はい!」とか「任せてください!」とか、とにかく何でもいいから返さなければと思ったが、やはり私情を挟まないと気は張っても体は正直なようで言葉が出て来ないのだ。
 ややあってから不審に思ったのか面接官をしてくれた彼女が「名字さん?」と声を掛けてきたことで「なにか返事をしなさい」と言いたげなその圧に負けて「はい」と小さく返事をした。それ切り、藤真さんは私を見ることもなかった。
 そのあと��藤真社長�≠ヘ忙しかったのかすぐに私たちのいる階から出て行った。とりあえず呆然としたまま休憩室に戻って、さきほど座っていた椅子に腰をおろし直す。食べかけのサンドイッチ飲みかけのいちごみるく、寿からのメッセージ。

(……ああ、そうだ。寿、なんだっけ。)

 思い立って、もう一度携帯電話の画面を見れば彼も休み時間だったのか、はたまた私からの返信がないことに気を病んだのか二通ほど連続でメッセージが入っていた。

三井寿

希望はハンバーグかオムライスで


三井寿

さっきのこと気にしてんなら冗談だからな。頑張れよ、初日。名前なら大丈夫だ



 ハンバーグか、オムライス。ああ……、じゃあ帰りに軽く買い物をしていかなきゃな。
 わたしなら、大丈夫……大丈夫。いや、大丈夫じゃないよね?この状況、確実に——。


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